スノーボード界の“生ける伝説”に挑む平野歩夢

いよいよ開幕した平昌オリンピック。史上最多のメダル獲得も、と噂される日本人選手団の中で、特に金メダルの期待がかかるのが、スノーボード・ハーフパイプの平野歩夢だ。15歳74日で参加した2014年のソチオリンピックでは銀メダルを獲得。19歳になった平野が挑むのは、金メダルと、スノーボード界のレジェンド、ショーン・ホワイト(アメリカ)からの王座奪取だ。

二回目のオリンピックに挑む平野歩夢は、小学4年生にして世界的なスノーボードブランドBurton(バートン)に見出された。バートンはスノーボーダーにはお馴染みの世界一名の知れたメジャーブランドだが、黎明期からプロスノーボーダーを支え続け、その時代時代のスター選手だけをサポートする“目利き”としても知られる。小学4年生の平野をバートンが認めたということは、バートンの顔であるショーン・ホワイトの後継者だと認めたということにも等しい。13歳でバートンと契約し、約束された道をそのまま歩んできたショーンと同じ道を平野は歩むことになる。

小学生にして将来を約束されたエリートは、その期待通りに順調にキャリアを重ねてきた。14歳にして世界最高峰の大会、X Gamesで史上最年少銀メダルを獲得すると、同じ年にヨーロッパオープンでシニア大会初制覇、W杯初優勝を果たし、名実ともに“ネクスト・ショーン”として世界から認められる存在に。

エアの高さではすでにショーンをしのぐと言われ、試技中最初のジャンプ“ファースト・ヒット”のエアーの高さは7メートルを超え、世界一高いとされている。

ハーフパイプの技は、一目見ただけでは何がどう回っているのかわからないほど複雑化している。ショーンの代名詞である縦2回転、横3回転半回る「ダブルマックツイスト1260」が一世を風靡したが、平昌のメダルラインは、横に4回転、縦への2回転を組み合わせた大技「フロントサイドダブルコーク1440」の成否、しかも最高難度の4回転技を複数回成功させることだと言われている。

実際に今シーズンのX gamesで平野が「フロントサイドダブルコーク1440」からの「キャブダブルコーク1440」というとんでもないコンビネーションを成功させていて、4回転を2回連続で決めるルーティンを持つ唯一の選手として「ショーン超え」の期待がさらに高まっている。

もちろん“絶対王者”ショーン・ホワイトも黙って王座を明け渡すつもりはない。スポーツ界を席巻するエクストリーム系スポーツ(Xスポーツ)を代表するアイコンであり、31歳にしてスノーボード界のレジェンドの仲間入りを果たした“特別な選手”であるショーンは、X gamesで夏はスケートボード、冬はスノーボードの二刀流で計15の金メダルを手にしていて、スポンサー収入を含めた年収は10億円を超えるとも言われている。

昨年10月のトレーニング中に顔面を63針も縫う大ケガをしたが、数週間で復帰。周囲の心配をよそにX gamesで100点満点をたたき出すなどオリンピックに向けて完全復活を遂げている。

平野歩夢はショーン・ホワイトのライバル対決はそれだけで「平昌の目玉の一つ」と言えるトピックスだが、この対決にさらなる深みを持たせる事実をいくつか紹介したい。

物語は、スノーボードが成立していく歴史と、オリンピック競技として定着していく過程まで遡る。

「ショーン・ホワイト以前」のスノーボード

ショーン・ホワイト以前、スノーボードが普及していく過程において、何人かのレジェンドが存在した。

スノーボードの“神”として最初に歴史に名を刻んだのは、シーンの黎明期とも言える80年代後半から活躍したクレイグ・ケリーだった。クレイグは、“スキーの亜種”扱いだった競技スノーボードの世界で圧倒的な強さを誇り、「パークでのパフォーマンス」だったハーフパイプを競技として成立させた立役者の一人だ。競技としてのスノーボードは、いまではスピードを競うアルペンと、総合点を競う採点競技であるハーフパイプという大別がされているが、クレイグはその両方に出場、しかもハーフパイプやフリーライドで使用される短めのボードにソフトブーツというマテリアルで当時のアルペンライダーたちと渡り合っていた。

平野歩夢が使用するスノーボードと、アルペンの竹内智香の板を見比べてもらえば一目瞭然だが、当時も現在も、二つの種目はほぼ別のものだ。アルペンはスキーのようなハードブーツだし、ハーフパイプなどのフリースタイルはソフトブーツ。初期にはクレイグの逆でハードブーツでハーフパイプを滑るダミアン・サンダースのような異色ライダーは存在したが、ソフトブーツでアルペンでも結果を出すクレイグのスタイルは大きなインパクトを与えた。

クレイグはその後、競技を引退し、バックカントリーと呼ばれるフリーライドの世界を開拓した。まだ誰も滑ったことのないスノーボードの新雪を踏みしめてきたクレイグは、残念ながら2003年に雪崩事故で帰らぬ人になってしまったが、その功績はスノーボードの歴史に深く刻まれている。

90年代に入ると日本でもスノーボードの普及が進んだ。雪国で育った筆者は、ちょうどスノーボードが普及していく過程をリアルタイムで体験し、幼い頃から慣れ親しんだスキー板をスノーボードに乗り換えた経験がある。まだスノーボード専用ゲレンデなどはなく、ゲレンデを横断するスノーボードとスキーの摩擦が起きたり、ビンディングをはめるために座り込むスノーボーダーを敵視するスキーヤーがトラブルを起こしたりしていた時代のことだ。

当時のスノーボードはすでにクレイグ・ケリーが道をつけた後で、競技よりその自由さ、スケートボードやサーフィンといったヨコ乗りスポーツのカルチャーの一種として若者を中心に人気を集めていった。サーフ・ファッション誌『fine』がスノーボード特集を組んだのもこの頃で、腰履きのズボンにダブダブのシャツ、少し背伸びしたストリート・ファッションとともに、スノーボードを始める仲間が増えていったことを覚えている。

テリエとジェイミー 競技とカルチャー、スタイルの狭間で

90年代のスノーボードシーンでは、クレイグ・ケリーから派生した二つのムーブメントが絡み合いながら発展していくことになる。ムーブメントの一つは、クレイグの競技面での圧倒的なパフォーマンスを受け継いだテリエ・ハーコンセン(ノルウェー)が築いた王道路線だ。ISF(国際スノーボード連盟)主催のハーフパイプ世界選手権で、1993年から97年までの期間で三連覇を達成し、2000年代に至るまでこの競技のチャンピオンであり続けたテリエは、ショーン・ホワイトの一世代前の絶対王者。ショーンももっとも影響を受けたライダーにテリエの名前を挙げている。
 
一方で、バックカントリーの世界に主戦場を移したクレイグの「スタイリッシュな側面」を押し出したのが、ジェイミー・リン(アメリカ)をはじめとする独特のスタイルを持ったライダーたちだった。彼らは競技会に出ても結果を残すが、そのライディングスタイルやファッションがとにかくかっこよかった。特にジェイミーのガニ股スタンスから繰り出されるトゥイークや、雪山をグローブなしで滑り、当時流行った板をつかむ技「グラブ」を多用しないという、二つの意味での“ノーグラブスタイル”は、40代以上のスノーボーダーならば一度は真似した憧れのスタイルだった。ジェイミーはボードのデザインを手がけたり、音楽活動を行ったりと多才ぶりを見せ、スノーボードのカルチャー化に大きく貢献することになる。
 
ジェイミーの時代は、“ビデオライダー”が人気を博した時代でもあった。彼らがシーズンごとに発表するビデオクリップは、情報の少ない日本のスノーボーダーたちの貴重な情報源だった。
 
現在のスノーボード界を語る上でターニングポイントとなったのが、長野オリンピックを巡る混乱と、時の世界王者テリエ・ハーコンセンが表明した姿勢だった。爆発的に競技人口を増やしたスノーボードは、1998年に行われた長野オリンピックで正式種目として採用された。当時、スノーボード界はISFの主幹で世界選手権を行っていたが、IOCは、オリンピックでの仕切りをFIS(国際スキー連盟)に委託。ISF所属のライダーたちがこれに反発するという事件が起きた。
 
IOCにしてみれば、オリンピックの経験が豊富なFISに任せておけば安心という腹づもりがあったのかもしれないが、スキーとスノーボードはまったく別物という思いの強いテリエらISFライダーは、結局出場をボイコット。スノーボードの持つ自由な精神を体現した『アークティックチャレンジ』という主催大会を開催するに至ったのだ。
 
ちなみに日本でもJSBA(日本スノーボード協会)とSAJ(全日本スキー連盟)の登録問題が勃発し、長野に限っては「本物は山にいるからオリンピックなんて出ないぜ」という空気があった。

スノーボード界を再統一したショーン・ホワイト、次代を担う平野歩夢

こうした経緯を経て軋轢が生まれてしまったスノーボード界とオリンピックだったが、その壁を軽々と乗り越えていったのが、ショーン・ホワイトだった。2006年、すでに世界的な人気を博していたX gamesで圧倒的な強さを誇っていたショーンは、トリノオリンピックで誰の目にも明らかな圧倒的な“違い”を見せつけて金メダルを獲得。スタイルと実力、オリンピックを通じてスノーボード界以外の世界中のスポーツファンにその実力を認知された最初のスターになった。続くバンクーバーでも金メダルを獲得したショーンはソチではメダルを逃したものの、依然として絶対王者の地位をキープしている。
 
クレイグ・ケリーが種を蒔き、テリエ・ハーコンセンが耕し、数多のライダーたちがそのスタイルを確立していったスノーボード界は、ショーン・ホワイトによって一気に世界のメジャースポーツとして認知が進んだ。
 
平昌での平野歩夢は、「金メダルが期待される日本人スノーボーダー」ではなく、ショーン・ホワイトが切り拓いたスノーボードの新時代を継ぐ、その次の世代を担う存在なのだ。
 
無心で臨んだソチから、平野自身もさまざまな経験を経て成長を遂げている。この数年で平野が経験したことと言えば、苦しいことの方が多かった。
 
ソチオリンピック後、平野自身は無関係だったものの、日本スノーボード界は選手の未成年飲酒騒動に揺れた。競技とカルチャー、その独特のスタイルの狭間で揺れるスノーボードは、過去に起きた國母和宏の腰パン問題と謝罪騒動、最近になって発覚した海外遠征での大麻使用問題など、競技としてはネガティブな問題が続いている。
 
こうした問題は、平野をはじめとする選手たちの活動にも影響を与えた。飲酒問題の調査を受け、思うように活動ができなかった2016-17シーズンの最終戦、事件は起きた。
 
大技「キャブダブルコーク1440」の着地に失敗し、左膝のじん帯に加え、内臓にまでダメージを負う大ケガを負ってしまったのだ。ここまで止まることなく成長を続けてきた平野にとって数ヵ月のブランクは数年にも感じられたようで、5月にボードに乗って練習を再開した際には「すごく長かった」と漏らしている。
 
その間、「考える時間がものすごくあった」という平野は、スノーボードの怖さを知り、痛みを知り、そして楽しさを知ったという。
 
平昌オリンピックの男子ハーフパイプの予選は13日に開始、14日には決勝が行われる。平野歩夢は絶対王者、ショーン・ホワイトからその王座を奪取できるのか? 王位に就いた後、どんな未来を描いていくのか? 現在のスノーボード界はここで紹介したかつての王者たちが時代ごとに歩んできた道の上に成り立っていることは間違いない。
 
ショーン・ホワイトと平野歩夢の争いは、単なる金メダル争いにあらず。スノーボードの歴史、その重みを継承する戦いになるはずだ。
 
<了>

「チーム羽生結弦」は、メディアにも完勝した。金メダル獲得の裏にあった情報戦略

平昌オリンピックは日本との時差がないこともあり、生中継された競技が多い大会となりました。メダル獲得やそれに絡む選手が多かったことも、各メディアの報道量を増加させました。特に連日報道されたのが、羽生結弦選手の金メダル。ケガからの復帰、感動の金メダルは「フィクションを超えたノンフィクション」「マンガでも出来すぎでボツになる」と話題になりました。 事実、ケガによるブランクを克服して金メダルを掴んだ羽生選手ですが、その勝利の陰にはチーム羽生の情報戦略がありました。チーム羽生の情報戦略、オリンピック報道のあり方について作家・スポーツライターの小林信也氏に寄稿いただきました。(文=小林信也)(※初出時、記事内に時制が事実と異なる箇所がございました。お詫びして修正をさせていただきます)

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平昌最大の快挙は、レデツカの“2冠”である。その凄さを解説する

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大塚一樹

著者プロフィール 大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。