目標としていた“マーチ・マッドネス”への出場は叶わなかったが…

現在のアメリカでは、すべてのカレッジ・バスケットボーラーの夢であるNCAAトーナメントが盛大に行なわれている。NCAAディヴィジョン1に属する68チームが参加し、全米を舞台に開催される大学バスケの優勝決定戦だ。

バスケットボールファン以外も巻き込み、尋常ではない盛り上がりを見せることから通称“マーチ・マッドネス(3月の狂気)”と呼ばれる。母校、地方愛に根ざした応援合戦が繰り広げられるがゆえに、日本の高校野球の甲子園に例えられることも多い。アメリカでは大統領が公に優勝予想を公表するほどだから、その熱気は甲子園よりもNCAAトーナメントの方が上といっていいだろう。

過去4年間、この大会への出場を最大の目標に掲げてプレーを続けた日本人プレーヤーがいる。ジョージ・ワシントン大学で活躍した渡邊雄太だ。

“日本バスケットボール界期待の星”と呼ばれる渡邊は、1年生からジョージ・ワシントン大の主力として活躍。最上級生となった今季は平均16.3得点、6.1リバウンドという堂々たる数字をマークし、A-10カンファレンスのディフェンシブ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー(最優秀守備選手)に選ばれた。

渡邊の頑張りも及ばず、この4年間のジョージ・ワシントン大は“マーチ・マッドネス”への出場は叶わなかった。過去3年は惜しくも届かず、今季もNCAAトーナメントに直結するA-10カンファレンス・トーナメントの2回戦で惜敗。最後は右足首を故障してコートに立てなくなるというという残念な形で、渡邊はアメリカでの学生生活を終えた。

これまで常々“マーチ・マッドネス”への出場を目標に掲げていただけに、渡邊の中に悔恨は残るはずだ。ただ、だからといって23歳の日本プレーヤーのキャリアが終わったわけではもちろんない。むしろ、まだ始まったばかりだ。

ディフェンスと献身的な姿勢への称賛 ドラフト指名の可能性は?

次の大目標はもちろんNBAである。今季最後の20戦はすべて2桁得点を挙げ、最後の10戦では平均19.7得点、5.9リバウンドという見事なプレーを続ける過程で、渡邊は多くのNBA関係者、スカウトから注目を集めるに至った。

「前例が数少ない中で、日本から来た選手がディヴィジョン1でやっていくことに対するプレッシャーはすごかっただろう。特に“選ばれしもの(Chosen One)”なんていうニックネームを冠せられていたらなおさらだ。しかし、渡邊が謙虚な態度とチーム優先の姿勢で同僚たちから愛されていることは明白だった。そして、彼のサイズの選手としてはユニークなスキルに磨きをかけ、4年生時にはスターと呼び得る選手に成長した。非常に多才で、特にディフェンス面での貢献は素晴らしい」

A-10トーナメントでジョージ・ワシントン大のゲームを解説したNBCスポーツネット局のジョーダン・コーネットも、日本の俊才をそんなふうに絶賛していた。コーネットの言葉には日本人記者への気遣いも多少はあっただろうが、渡邊のディフェンスと献身的姿勢への称賛は多くの識者のほぼ共通した意見でもある。

PGからPFまでガード可能で、イン&アウトのどちらでも得点できるウィングはプロレベルでも貴重な人材。今季のディフェンシブ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー獲得が示す通り、特に2年生頃から急成長した渡邊のペリメーター・ディフェンスに対する極めて評価は高い。そんな渡邊は、自身も最大目標に掲げるNBAに届くのか。今年6月のドラフトで指名される可能性はあるのか。

(C)Getty Images

有力代理人の語る渡邊の現在地 キーワードは“3&D”

今回はアメリカ東海岸で活動し、これまで多くの選手をNBAに送り出してきた有力代理人に意見を求めてみた。匿名が条件ゆえに、正直な評価が聞ける。その言葉からは、日本人選手としては田臥勇太以来のNBAプレーヤーを目指す渡邊の現在地が見えてくる。

1.今季の渡邊を見て最も成長したと感じる部分は?
「多くの面で向上したが、中でも最も大きかったのは3ポイントシュートが進歩したことだ。アウトサイドからのジャンパーに安定感が増した」

2.NBAを目標とした上で、向上させる余地があるのは?
「さらに身体を強くすることと、左右に動く際のフットワークのクイックネスを増すことだ」

3.NBAドラフトで指名される可能性はあるか? 
「最終的にはドラフト前のワークアウトでどれだけアピールできるかにかかってくる。ただ、個人的には指名は十分にあり得ると思っている」

4.ドラフト指名にかかわらず、将来的にNBAに到達できると思うか?
「複数のポジションをガードできること、3ポイントシュートが武器になることを考慮すれば、NBAに入れる可能性は非常に高い。NBAのチームは“3&D”タイプを求めていて、彼はまさにそういった選手だからだ」

5.タイプ的に似ている元、現NBA選手としてはトニー・クーコッチ、テイシャーン・プリンス、タボ・セフォローシャといった名前が挙がっているが、それについてどう思うか?
「プリンスとタボに関してはほぼ完璧な比較だと思う」

この代理人に今季開始直後に話を聞いた際には、「渡邊にはNBA入りのチャンスはあるが、そのためにまずは3ポイントシュートを高確率で決められるようにしなければいけない」と述べていた。

今季の渡邊の3ポイントシュート成功率は36.4%であり、この数字だけを見ればまだ物足りないと思うかもしれない。しかし、シーズンが進むごとに成績を向上させた点を忘れるべきではない。A-10カンファレンス・ゲーム開始以降では41.9%(39/93)で、特に最後の8戦は43.2%という高数値だった。

代理人の言葉にある通り、昨今のNBAではロングジャンパーとディフェンスに特化したいわゆる“3&D”タイプが重宝される。この役割に必要なのは、花形ではなくとも集中力を保ち、自らの仕事を黙々とこなす献身的姿勢。相対的なウィングプレーヤーの人材難もあり、チーム内システムの理解度に優れた“3&D”プレーヤーへの需要は高まる一方だ。 

“複数のポジションを守れるディフェンス力”“ロングジャンパー”“チーム重視の姿勢”をすべて備えた渡邊は、上質な“3&D”プレーヤーになる素養を持っている。特に今季後半に3ポイントシュートの成功率を引き上げたのは値千金だった。だとすれば、代理人の言葉通り、「NBAに入れる可能性は非常に高い」と考えて良いのだろうか。

(C)Getty Images

NBAスカウトの語る渡邊の課題 プロレベルへの適応は?

もっとも、“渡邊がNBAへ”と沸き立つのはまだ早いかもしれない。NBAの某イースタン・カンファレンスチームのスカウトは、渡邊のプロレベルへの適応に関してもう少し慎重だった。ネックになるのは体力面だという。

「この1年間でスキルを大きく向上させ、シーズン後半にはチームを引っ張ろうという積極的な姿勢を身につけたのも良かった。あれだけのディフェンス力は貴重で、能力だけを考えれば上のレベルでも通用するだろう。ただ、懸念材料はフィジカルの弱さと体力面だ。NBAのスケジュールの厳しさはNCAAとは比較にならず、渡邊に関してはシーズンを乗り切る体力に不安が残る」

今季の渡邊は昨年11月から今年の3月までに33戦にプレーしたが、NBAの1シーズンは82試合。アメリカ各地を飛び回りながら、2日連戦、4日間で3試合といったハードスケジュールをこなすのは並大抵の難しさではない。

NBAの日程の厳しさに関しては、渡邊本人も「ちょっと考えられないほどハード」と苦笑いで漏らしていたことがあった。プロでは学業の負担はなくなるし、NBAでは大学時代よりプレー時間が減るのだとしても、渡邊は学生レベルでも痩身だっただけに、確かにフィジカル面で疑問が呈されるのは仕方あるまい。

「23歳はすでに完成されているはずの年齢。将来性よりも、即戦力として力が求められることも渡邊のNBA入りを微妙にする要素だ。そんな渡邊がやるべきことは、まずサマーリーグで力を見せ、その後はGリーグ(※)でプロの水に慣れること。そこで能力を発揮し、シーズン途中のNBA昇格を狙うべきだろう」
※Gリーグ:NBAゲータレード・リーグの略称。将来のNBA選手を育成する目的で運営されているリーグ。2017-18シーズンよりNBAデベロップメント・リーグ(NBADL)から改称された。

NBAへの道は一つではない モデルケースとなる2人のプレーヤー

(C)Getty Images

総合的に見て、スカウトのそんな提言は実に現実的なように思える。ドラフト指名を受けた上で開幕からロースター入りすることがすべてではなく、NBA入りにはさまざまな方法がある。実際に渡邊の身近に2つの分かりやすい例がある。

ジョージ・ワシントン大で2016年までチームメイトだったアルゼンチン人のパトリシオ・ガリーノは、ドラフト指名漏れした後、2016-17シーズンはサンアントニオ・スパーズのGリーグチームで49戦に出場。そこで力を蓄えると、2017年4月にオーランド・マジックの一員としてNBAで5戦に出場した。

2016-17年のジョージ・ワシントン大でエースだったタイラー・キャバナーは、今季のNBAシーズン開幕後にアトランタ・ホークスと2ウェイ契約(※)を締結。チームの故障者続出もあってプレー時間を得るようになり、昨年12月18日には2年間の正式契約を結ぶに至った。
※2ウェイ契約:今季から採用された新制度。基本はNBAチーム傘下のGリーグチームでプレーするが、1シーズンに45日間だけNBAでロースター登録が許される。各チームは2人と2ウェイ契約を結ぶことできる。これによってロースターに登録できる選手数は15人から17人になった。

それぞれの形でNBAに到達した2人の先輩たちが、渡邊の今後のモデルケースになる。その力を熟知する関係者の話をまとめると、ガリーノ、キャバナー同様、渡邊はNBAに届くかどうかのボーダーライン上にいる。6月のドラフトで即戦力として指名されるのは難しいが、それでNBA行きの道が閉ざされるわけではない。

ドラフト外でも、あるいはドラフト2巡目指名を受けたとしても、まずはGリーグに送られることが濃厚。そこでプロのフィジカルに慣れ、シーズン中にNBAからコールアップされるだけの力を養うのが基本線となるのではないか。

ケガ人が続出するか、あるいはプレーオフ進出が厳しくなったチームから来季中に声がかかることは考えられる。遅くとも、ガリーノと同じように、一部のチームが人員不足となる3〜4月頃には力試しの機会が与えられても不思議はない。「NBAに入れる可能性は非常に高い」と述べた代理人の頭には、そんなシナリオが描かれていることは容易に推測できる。

もちろんすべては渡邊が今夏以降も大きなケガなくプレーを続け、着実に適応、成長した場合である。対戦する相手のレベルも上がるだけに、それは簡単なことではあるまい。ただ、一歩ずつでも確実に前に進み続けたカレッジでの4年間を思い返せば、渡邊がプロでもアジャストメントに成功する姿を想像するのは難しくはない。だとすれば、今後にまだ多少の時間が必要になろうと、渡邊のNBA入りはもう単なる夢物語ではないはずだ。

<了>

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杉浦大介

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBAなどを題材に執筆活動中。『スポーツナビ』『スポルティーバ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』『スポーツコミュニケーションズ』『NBA Japan』などに寄稿。著書に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)、「イチローがいた幸せ」(悟空出版)、「MLBに挑んだ7人のサムライ」(サンクチュアリ出版)など。