ガイドラインで示された“適切な活動時間”は次善策として評価できる

スポーツ庁が「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を策定した。
ガイドラインには「適切な休養日の設定」という項目があり、活動時間の目安は次のようになっている。

 〇学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。平日に1日、週末に1日。
 〇運動部活動以外にも多様な活動を行うことができるよう、ある程度長期の休養期間(オフシーズン)を設ける。
 〇1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日は3時間程度。

部活動は本来、自主的な活動であり、自分たちで適切な活動時間を決めることができるはずだ。スポーツ庁から押し付けられるのはおかしいという意見もあるだろう。しかし、米国のスポーツ医学による研究(Sociodemographic prediction of sport injury in adolescents)では、週に16時間以上の活動をしている高校生は怪我のリスクが高まると報告している。子どもたちには疲労回復の時間が必要だ。ガイドラインで適切な活動時間を示したことは、最善ではないかもしれないが、次善の策として私は評価している。

このガイドラインを元に、それぞれの学校で、顧問、生徒、保護者が活動方針について合意形成できれば理想だとも考えている。競技種目によっては、準備時間や強度が異なる。例えば、月曜から金曜まで1.5時間活動し、土・日のいずれかに3時間の練習試合を組んでもいいだろうし、2.5時間の練習を週3回行い、それに加えて週末の1日だけは3~4時間活動するのもいいだろう。

ただ、このガイドライン通りの活動時間では、日本の競技力が落ちるのではないか、という懸念の声もあるようだ。しかし、日本を代表するような期待を背負っている選手でも、将来があるからこそ、身体をすり減らすような練習を課すべきではないと思う。また、運動部活動に参加している中高生の大多数はオリンピアンにもプロ選手にもなるわけではないのだから、運動部活動だけに打ち込むように求めるべきではないだろう。

もし、一般的な公立中学校で開成高校や灘高校の入試に特化した授業を行えば、恩恵を受ける生徒よりも、デメリットを被る生徒の方が多くなるはずだ。運動部活動でも同じことが言えるのではないか。公立校の運動部はスーパーエリート養成所ではない。多様な生徒が参加する学校運動部の全体練習は、このガイドラインから大きく逸脱するべきではないと思う。

しかし、もっと練習したいと訴える子どもの気持ちは大事にしたいという思いもある。そういう子どもには、自主的な個別トレーニングをするのがいいのではないか。そこに指導者が加わると“自主的”という名の強制になるので、子ども自身と保護者責任で行うしかないだろう。これもまた、難関校の合格者が学校とは別の場所でも学習していることを思い浮かべてもらえばいいと思う。ガイドライン通りに活動時間を設定すれば週11時間となるので、スポーツ医科学のデータを目安に考えると、週に2時間程度なら自主的な練習を上積みすることができるだろう。

ガイドライン導入によって起こる、子どものスポーツ産業の変化

次に自主練習、個別練習を希望する子どもとその保護者、そしてスポーツビジネスの視点から、ガイドライン導入後の動向を予測してみたい。

もし、私がスポーツビジネスの分野で働いているのならば、このガイドラインは絶好のビジネスチャンスと捉える。スポーツ庁のガイドラインには、学校運動部と地域のスポーツクラブとの連携についても盛り込まれているが、スポーツ産業参入のスピードはそれを上回るだろう。

例えば、運動部の休養日を利用して、フォームなどをチェックし、コツをつかめる個別指導サービスを有料で提供する。子どもが集中力を維持し、練習過多にならないよう、個人レッスンの時間は30分に抑える。運動部の練習だけでは身につけられなかった技術を個別指導でマスターしてくれれば、業者としてはやりがいがあるだろう。

スポーツに打ち込んでいる子どもは、少しでもうまくなりたいと考える。保護者も我が子の希望を聞き入れたいと考える。学習塾産業では「夏を制するものが受験を制す」と夏期講習の受講を呼び掛けているように、夏に長期の休養期間(オフシーズン)が設けられるのであれば、夏期指導サービスを始めるのもいいかもしれない。いずれにしても、新たな需要を創出できるはずだ。

ただし、私がダークサイドに落ちて悪徳業者に成り下がったら、パフォーマンス向上やオーバーユースの防止よりも、利益の追求に傾くだろう。レッスン収入を確保するため、指導時間を増やして「学校の練習で疲れていても個人レッスンは休むな」と指示するかもしれない。なぜ、学校の運動部活動が週休2日、1日2時間程度にするガイドラインが検討されたのかなど、どうでもいいと考える業者が現れることは懸念となるかもしれない。

米国のユーススポーツ産業の実情は?

私はスポーツビジネスが発展し、商魂たくましい米国に住んでいるが、前述したような子どもを対象にしたスポーツ指導の有料サービスは、米国では一般的となっている。昨年10月、米タイム誌は、米国のユーススポーツが約150億ドルの市場規模であると伝えている。

米国の学校運動部はシーズン制で、活動期間は3カ月程度。夏休みの練習も、日本の運動部に比べてはるかに少ない。しかし、シーズンオフには学校外のスポーツチームで活動する生徒もいる。夏休みにはお金を支払って民間業者の提供する個別レッスンやスポーツ合宿にも参加している。

学校外のクラブには、非営利団体が運営するものから営利企業が経営するものまであり、費用もさまざまだ。米国では学校外クラブとの組み合わせで競技力を高めているといえるが、地理的、経済的な事情で、学校外クラブに参加できなかったり、民間レッスンを受けられない子どももいる。競技力だけに限れば、学校運動部で3カ月だけ活動している子どもは、シーズンオフに学校外クラブで活動している子どもに比べて不利だといえるだろう。

その一方で、学校の運動部活動だけで十分だと感じていれば、オフシーズンには他の活動をすることもできるようになる。そうした時間や選択肢が子どもたちに与えられているともいえるだろう。

保護者の役割とは? 求められる保護者への啓蒙

民間が提供する個別指導は、技術を習得し、コツを教えてもらうのに役立つだけでなく、学校運動部のシーズンオフにだけ活動するチームに入ることで、学校の枠に縛られずに仲間を得ることもできるといったメリットがある。

しかし、学校運動部と外部クラブチームの両方に所属し、さらに個人レッスンを受けている米国の子どもたちにはオーバーユースになっているケースがあると指摘されている。各州の高校体育協会などが、学校運動部の活動日数に制限をかけることはできても、学校外でのスポーツ活動に制限をかけることはできない。

では誰が、練習過多にならないように気をつければいいのか。それは、保護者と子どもたち自身だ。運動部と学校外の活動の両方に参加するべきか、慢性的な痛みに悩まされていないか、疲労回復する期間はあるか、家庭学習の時間は確保できているか、個別指導を受けることは本当に必要か、これらの費用は家計を圧迫していないか。

米国では「スポーツペアレンティング」と称し、保護者を啓蒙することも始まっている。我が子をプロ選手に、オリンピック選手に、少なくとも競技優秀者に与えられる奨学金を得て強豪大学のレギュラーに、という期待をかけて、子どものスポーツに高額なお金をつぎ込む家庭もある。それがオーバーユースやバーンアウトにつながっている。ユタ州立大学のトラビス・ドルシュ氏らは、子どものスポーツにお金をかけている家庭の子どもの方が重圧を感じているという調査結果を報告している。

日本でも運動部休養日を利用した民間の個別指導サービスが出できたら、保護者と子どもたちでよく相談してうまく活用すればいい。しかし、レッスンを提供する業者はもちろんのこと、保護者と子どもたち自身が、何のために運動部活動のガイドラインがつくられたのかを忘れてしまうと危ない。

家計が苦しく、民間業者の指導を受けられなくても、保護者は罪の意識に悩まされることはないと思う。前述したように、ほとんどの子どもはプロ選手やオリンピック選手にはならない。もし、我が子が100人に一人の能力の持ち主だと感じたら、競技団体から育成サポートを得られるように相談すればいい。各競技団体は、経済格差によって才能を発揮できる機会が与えられていない子どもにも目を向けてほしいと思う。

みんなで頑張る時間と、一人ひとりが自由に使える時間があっていい。運動部と学業を両立する権利と時間を奪ってはいけない。もっと練習したい子の気持ちを大事に、しかし、心身の健康のために大人がブレーキをかけることも必要なのだ。
スポーツレッスンをかたる悪徳業者にお金を吸い取られ、子どもの心身がすり減らされることだけは用心したい。

<了>

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谷口輝世子

スポーツライター。1971年生まれ。1994年にデイリースポーツに入社。1998年に米国に拠点を移し、メジャーリーグなどを取材。2001年からフリーランスとして活動。子どものスポーツからプロスポーツまでを独自の視点で取材。主な著書に『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、章担当『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。