野球のトレーニングに「走り込み」は必要なのか? vol.1

日々、進化し続けるスポーツのトレーニング事情。近年、とりわけ話題になっているのが「走り込み」と「ウェイト・トレーニング」の是非をめぐる問題だ。野球という競技において「走り込み」はそれほど効果がなく、「ウェイト・トレーニング」にもっとしっかり取り組むべき、という考え方が広まってきている。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
 ともあれ「走り込み」で強い筋肉はできない、という話は、「走り込み」では基本的に「速筋」があまり鍛えられない、という話であることは理解していただけるだろうか。ただ、友岡氏によれば、走り込みでも全く「速筋=パワー」がつかないわけではないという。

「スプリント、すなわち短い距離を毎回自分の90%以上の力で走るといったトレーニングであれば可能性はあると思います。つまり、中強度の走りですね。90%以上の力を毎回出すには、1本走ったらしっかり休んで体を回復させることが必要です。100mのスプリントなら1時間で走れても5、6本程度でしょうね。陸上の短距離選手だって何十本も走ったりしません。90%以上の力を出せない走りでは、速筋も使われず、トレーニングにならないからです」

 休んでいると「いつまで休んでいるのか」と怒られながら、苦悶の表情で再び走りはじめる日本の部活で目にすることが多かった「走り込み風景」を思い出してしまう人は多いだろう。一見、それも厳しいトレーニングに見えたが、先ほども説明したように、短距離走は「速筋」を使うスポーツ。疲れた体でフラフラになりながら何十本走っても、筋力の面でなんらかの効果を期待するのは難しいのだ。
野球のトレーニングに「走り込み」は必要なのか? vol.1 | VICTORY

「足腰を鍛えるために走り込みが必要」という話は長らく伝わってきているが、実際に強度の低いランニングでは速筋を高めることは難しい。目的意識の乏しさは、トレーニングのみならず日本社会全般に共通する弱点の一つだ。トレーニングをする・させる際は「何の向上を目指すのか」を明確にしたい。

なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか? 小俣よしのぶ(前編)

小俣よしのぶというフィジカルコーチをご存知だろうか? 近年、Facebookでの情報発信が多くのコーチの注目を集めている人物だ。いわく「サッカーが日本をダメにする」「スキャモンの発育曲線に意味はない」「スポーツスクールは子どもの運動能力低下要因の一つ」……一見過激に見えるそれらの発言は、東ドイツ・ソ連の分析と豊富な現場経験に裏打ちされたもの。そんな小俣氏にとって、現在の日本スポーツ界に蔓延するフィジカル知識は奇異に映るものが多いようだ。詳しく話を伺った。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
――改めて伺いたいのですが、運動・体育・スポーツ、この3つにはどういう違いがあるのでしょうか?

小俣 まず運動というものは、身体活動です。問題は、日本語の「運動」という言葉にたくさんの意味がありすぎること。スポーツも運動、交通安全運動、選挙運動、いろいろな意味が運動という一言で表現できるわけです。ただドイツ語と英語になると、ちゃんと意味が分けられています。例えば、ベンチプレスの運動はエクササイズ。「レクリエーションなどの活動はアクティビティ、身体が動くのはムーブメント。日本語はそれぞれ一言でくくられているので、「運動しましょう」と言われてもエクササイズをするのか、身体運動をするのか、跳び箱をやるのか、はたままスポーツをやるのか、何なのかが曖昧なのです。だから体育の授業でレクリエーションスポーツをやってしまったりと言うことになります。

学校体育の運動は、身体運動で、身体教育をするわけです。身体を、自分で教育する。それが学校体育の意義です。算数や国語は知的教育なわけです、自分で自分の知的能力を教育するわけですね。

ある意味、勉強はしなくても生きてはいけますよね。しかし、わざわざ英語や算数とか、つらい勉強をするわけです。自分の知的能力を、自分で訓練しているわけです。同じように、体育は自分で自分の身体を教育する。それが、学校体育の運動です。スポーツは、イギリスで発達したレクリエーション。もともとは、大人の遊びです。ですから、元々運動とスポーツは違うんです。

――そこがごっちゃになっているのが、大きな問題なのですね。

小俣 そもそもスポーツはレクリエーションであって、大人の非日常的な遊びなわけじゃないですか。日常や社会から離れて、自発的に、自分の身体を使って行うものです。概念も、運動という大きな概念の一部にスポーツがあるということです。しかし、多くの人はスポーツを広義、運動や体育を狭義な概念として誤って捉えています。
なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか? 小俣よしのぶ(前編) | VICTORY

「運動・体育・スポーツ」、この3つは長らく混同され、いまなお現場の混乱を招いている。ある決まった方向に反復的に身体を動かす、本来レクリエーションである「スポーツ」を「体育」「運動」と混同することは、たとえば蹲踞(そんきょ)ができない、前転ができない子を生む一因と言われている。

インナーマッスル信仰を捨てよ。日本人が身につけるべき筋トレ知識(前編)

スポーツに興味を持たない人でも、「インナーマッスル」という言葉を知っている人は多いだろう。2008年まで明大サッカー部員だった長友佑都選手が、日本代表入りし、FCインテル入団まで駆け上ったサクセスストーリーを支えたのが「体幹トレーニング」であり、そのキモがインナーマッスルである、というのがおよその一般認識ではなかろうか。(文=FR[ブロガー])

VICTORY ALL SPORTS NEWS
先にも述べたように「体幹」とはインナーマッスル及びアウターマッスルの両者を含めた概念であり、ベンチプレスやバーベルスクワットのようなウェイトトレーニングも体幹を鍛えるトレーニングに含まれる。だが、一般には単純化された図式(二元論的な対立構造)が受け入れられやすいためか、上記(図1)のように安易に区分けされて語られてしまうケースが多い。

ボディビルダー的な筋肉増加を敬遠しがちな女性ダイエッター向け体幹エクササイズ・ビジネスの流行も、このようなパブリックイメージの定着を促進しているように思われるが、気を付けたいのはこのような誤った認識の下で「体幹さえ鍛えていればいい」という安易な発想が浸透してしまうことである。

そもそも体幹はプレーのアウトプットとして手足を効果的(パワー面、技術面ともに)に動かすためにあるわけで、体幹と手足の両方を十分に鍛えてこそ、そのアウトプットは最大化される。しかしフィジカル強化の方法が体幹を鍛えることだけに終始し、そこで思考停止してしまうと、選手のポテンシャルも発揮されない。

また実際、図に示した各々のトレーニング概念は多くの部分で重なり合う要素が多く(図2)、特に複雑な動きを伴う競技スポーツのトレーニングにおいては、そう簡単に「〇〇を鍛えればよい」的な結論には至らないのである。
インナーマッスル信仰を捨てよ。日本人が身につけるべき筋トレ知識(前編) | VICTORY

「体幹さえ鍛えていればいい」という安易な発想は、さすがに一時期に比べると少なくなったと思うが、多くの現場で流行した。体幹にせよ何にせよ、「部分を鍛えることで全体のパフォーマンスが向上する」ということはない。何を手にするか明確化することがトレーニングにおいては肝要だ。

日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか? 小俣よしのぶ(前編)

今、日本は空前の“タレント発掘ブーム"だ。芸能タレントではない。スポーツのタレント(才能)のことだ。2020東京オリンピック・パラリンピックなどの国際競技大会でメダルを獲れる選手の育成を目指し、才能ある成長期の選手を発掘・育成する事業が、国家予算で行われている。タレント発掘が活発になるほど、日本のスポーツが強くなる。そのような社会の風潮に異を唱えるのが、選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏だ。その根拠を語ってもらった。(取材・文:出川啓太)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
小俣 4月生まれの子と3月生まれの子を、「同じ学年だから」同じ物差しで測るのが日本の教育や競技スポーツシステムです。同学年の3月生まれと4月生まれが徒競走をすれば、成長が進行している4月生まれの子が勝つ可能性が高くなります。また、成長速度にも個体差があります。各自治体が行なうタレント発掘事業のテストは、50メートル走やメディスンボールを遠くに投げるような力の強さを測る種目がほとんど。4月生まれや早熟傾向,身体が大きかったり体力のある子どもが選抜されやすい選抜方式といってもよいでしょう。

――身体を動かす能力に優れているけど、現時点で身体が小さくて体力が低い子はテストに落ちてしまうわけですね。

小俣 そうです。そこで選抜された身体が大きくて体力の高い子の多くは早熟傾向ですから、伸びしろは小さいでしょう。将来的に伸びしろが小さい選手を選抜して強化し、伸びしろが大きく可能性ある子が足切りされてしまう。それが、今のタレント発掘ブームで起こっている実態と言えるでしょう。
日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか? 小俣よしのぶ(前編) | VICTORY

Jリーガーでは早生まれの選手が少ない一方で、ワールドカップに出場した選手に限定すれば平均レベルに戻るという統計もある。早生まれの選手が一律に劣るということはあり得ないわけで、選手をセレクトする際には十分に考慮する必要がある。

追い込みすぎたら、大谷翔平は育たなかった。東ドイツ式・適性選抜を学ぶ

日本は、劇的な少子高齢化局面を迎えています。これまでのような、競技人口の多さを背景にした「ふるい落とし」型の選抜では、無理が出ることは自明です。では、どのような考え方が必要なのでしょうか? いわきスポーツアスレチックアカデミーアドバイザー・小俣よしのぶ氏に解説いただきました。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
小俣 通年にわたって運動やスポーツを高強度かつ高頻度で行っていないのであれば問題ないかと思います。でも180センチって日本人の中では希少な存在です。大谷とかダルビッシュなどは、聞くところによると意外と高校の時は激しい練習を高頻度では行っていなかったようです。成長痛などに悩まされていて練習ができない状態にあったと聞いています。
 
――ああ、なるほど。消費していないと。
 
小俣 そのようです。大谷の骨端線が閉じたのは、22歳ぐらいと聞いています。彼が仮に子どもの時から「背が高いため、速い球が投げられる」とバンバン使われて、体重を増やすためにタッパ飯をやらされ、走り込み・投げ込み、フィジカルトレーニングを高負荷高頻度で行なっていたら身長は伸びなかったかもしれません。
 
ダルビッシュも大谷も高校時代の一気に身長が伸びる時期に、追い込まなかったため運動にエネルギーが使われなかった。したがって身長が伸びたのかもしれません。高身長群の選手は中学後半から高校ぐらいに急に伸びることもあるようです。逆に、中学生で身長が180センチぐらいに到達すると多分そこからあまり伸びないこともあるようです。高校ぐらいからグーッと伸びるのであれば、180センチ後半ぐらいまで伸びる可能性はあるようです。プロ野球のトレーナーからもしばしば相談を受けますが入団後にも成長痛の出る選手がいるそうです。
追い込みすぎたら、大谷翔平は育たなかった。東ドイツ式・適性選抜を学ぶ | VICTORY

メジャー移籍後、鮮烈な活躍を見せている大谷翔平選手。彼は、ダルビッシュ有選手などと同じく、高校時代にそこまで「追い込む」練習を重ねていなかったことが成長の余地を残すカギとなっていたようです。「追い込まなかったため運動にエネルギーが使われなかった」という考え方は、育成年代の選手を考える上で重要なポイントの一つといえそうです。


VictorySportsNews編集部