「素」の大谷翔平とは?

大谷翔平は、「誰からも愛される男」だ。

メジャー初本塁打を放った際にはチームメイトから「サイレントトリートメント」で出迎えられ、マリナーズ戦でイチローに挨拶に出向いた際には、イチローがこれをダッシュで「スルー」。はにかみながらイチローの後を小走りで追う大谷の姿はテレビのニュースやSNSでも拡散された。

日本ハム時代にはチームメイトから親しみを込めて「クソガキ」と呼ばれ、時にはいじられ、時には先輩に対していたずらを仕掛けるといったエピソードが多くのメディアによって報じられている。

メジャーの舞台でその才能をいかんなく発揮する稀代のベースボールプレーヤー・大谷翔平も、その素顔は24歳の青年そのものだ。

しかし、こういった大谷翔平の「素」の部分が我々の目に届くのは、関係者の証言やテレビカメラが押さえたベンチやグラウンドでの様子にすぎない。

大谷翔平本人の口から、そういった「素」が漏れることは、ほとんどないのだ。

メジャー移籍後、大谷はほとんど「個別」の取材を受けていない。試合後のインタビューも公式会見に限られ、ロッカールームでの囲み取材なども行われていないという。そして、大谷の肉声を唯一聞くことのできる会見で彼が発する言葉は、いわゆる「型どおり」のコメントにすぎない印象も受ける。

筆者も日本ハム時代、大谷に二度ほど取材を行ったことがある。インタビュアーとしてではなく雑誌の編集者として現場に立ち会ったため、直接会話を交わす機会はそう多くはなかった。しかし、だからこそ取材中、インタビュアーの脇で、大谷本人の真正面で、彼が質問に対してどう答えるのか、どんな瞬間に「素顔」を垣間見せるのかを注意深く観察した。

しかし取材中、彼が本当の意味で「本心を話しているな」と感じた瞬間はなかった。

決して、取材対応が悪いわけではない。笑顔も見せるし、質問の意図を組んでしっかりと受け答えもしてくれる。その一方で、他メディアの取材を見ても感じることだが、いわゆる「見出しになる」言葉、「パワーのある」言葉が彼の口から発せられることはほとんどなかった。

彼が人間的にも素晴らしいことは短い取材時間でも十分に伝わってきたのだが、その一方で「本当の大谷翔平は、どんな人間なのだろう」という疑問が残ったのも確かだ。

(C)Getty Images

日本人メジャーリーガーのセルフプロデュース術

大谷がメディアに対して一定の距離を保っているのは間違いない。ただ、その距離感が当事者であるメディアはもちろん、その先にいるファンに対しても決して「不快」な印象を与えないところに、大谷翔平の卓越した「セルフプロデュース」力が垣間見える。

プロアスリートにとって、セルフプロデュースは意外にも、重要だ。もちろん、競技者である以上、グラウンドで見せるプレーが最優先なのは間違いない。しかしその一方、そのプレーを観に来る「ファン」の存在がいなければ、「プロ」としては成り立たない。過去には新庄剛志のように競技力以上にセルフプロデュース力に長けたプロ野球選手もいたが、多かれ少なかれ、プロ野球選手はセルフプロデュースによって、ファンの心をつかみ、スタジアムへの集客に寄与している。

例えば――。
先日マリナーズの会長付き特別補佐に就任したイチローは、「メディア嫌い」の印象が強い。個別のインタビューに答えるケースは滅多になく、本人の発する言葉が日本のファンに届くことも年に数えるほど。しかし、いざインタビューとなれば「イチロー節」を炸裂させ、自らの野球に対する真摯な思いや技術への探求心を余すことなく語ってくれる。これもある意味、イチロー流のセルフプロデュース術といえるだろう。

同じくメディアに対して積極的に発言しないことで知られるダルビッシュ有。彼の場合は自らの言葉を発信する場所について、メディアではなくSNSに重きを置いている。Twitterなどでは自身のプレーについてはもちろん、日ごろのトレーニングや交友関係、家族とのプライベートを赤裸々に綴ることもある。野球界に対する「提言」を臆することなく発することも多々あり、たびたび「炎上」するケースも見られるが、その際も一般ユーザーと「ガチ」でやり取りするなど、メディアでは決して見られない「人間・ダルビッシュ有」の一面を発信している。

ダルビッシュほどではないが、田中将大もまた、SNSを上手に活用している選手のひとりだ。「炎上」するような過激な投稿はないが、特にオフシーズンなどは自身も「大好き」だと公言するアイドルとの集合写真をアップするなど、年俸20億超えのスーパースターとは思えない「庶民的」な一面を見せてくれる。

メジャーリーガーに限らず、今では多くのプロ野球選手、プロアスリートがSNSを活用し、自らの考え方を発信したり、ファンとの交流に使っている。

しかし、大谷翔平はこういったSNSも一切、行っていない。つまり、現時点で大谷翔平が自身の「素」の部分を発信する場は、どこにもないのだ。

これが、何を意味するのか。

(C)Getty Images

「野球をうまくなりたい」 大谷を衝き動かす想い

おそらく大谷翔平は他者に対して「何かを伝えたい」、「誰かとつながりたい」、「本当の自分をわかってほしい」といった、人間なら誰もが持つ欲求を持ち合わせていないのではないだろうか。

彼を動かすものはただ一つ、「野球がうまくなりたい」という純粋な向上心だけ。

そう考えると、すべてに合点がいく。

興味が「外」ではなく「内」だけに向いているため、別にメディアやSNSを通じて何かを発信する必要がない。かといって、野球だけを突き詰める「孤高の存在」というわけでもない。ユニフォームを脱げば、23歳の若者。だからこそ身近な存在から愛され、かわいがられ、その姿だけはメディアを通じて我々に伝わってくる。

SNS全盛の今、多くの人間が、自身の「何か」を発信したい欲求にとらわれている。

しかし、大谷翔平という男に、それは必要ない。なぜなら、大谷が伝えたいものは、自身の言葉でも、キャラクターでも、プライベートでもなく、純粋に「野球」そのものだからだ。

自らがグラウンドで見せる一挙手一投足こそ、大谷翔平のセルフプロデュースそのもの。

大谷翔平本人がそれを意識しているのか、無意識で行っているのかは分からないが、彼のメッセージは、そのすべてがグラウンドからのみ、発信されている。

24歳のベースボールプレーヤーの発する「メッセージ」を、目に焼き付けたいと思う。

<了>

追い込みすぎたら、大谷翔平は育たなかった。東ドイツ式・適性選抜を学ぶ

日本は、劇的な少子高齢化局面を迎えています。これまでのような、競技人口の多さを背景にした「ふるい落とし」型の選抜では、無理が出ることは自明です。では、どのような考え方が必要なのでしょうか? いわきスポーツアスレチックアカデミーアドバイザー・小俣よしのぶ氏に解説いただきました。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

メジャー移籍の“大谷ルール”はなぜ生まれた? 見習いたい米スポーツの合理性

日本のみならずアメリカでも大きな注目を集める日本ハム、大谷翔平選手の移籍交渉に関わるポスティングシステムが日本時間の22日、日本野球機構(NPB)と米大リーグ機構(MLB)、大リーグ選手会の三者間で合意に達しました。新協定には “大谷ルール”といえそうな特別ルールが盛り込まれることになりました。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

【第一回】ダルビッシュ有のプロ野球改革論「いつか、日本球界に戻りたいなって思っています」

日本球界が生んだ最高の投手、ダルビッシュ有。メジャーリーガーとして圧巻のパフォーマンスを披露する傍ら、SNSを活用してしばしば球界に対する問題提起も行ってきた。今回、トークゲストに前DeNA球団社長の池田純氏を迎え、数少ない“主張するアスリート”への独占インタビューが実現。彼があえてメディアを通じて発したかったオピニオンとはーー。日本球界への熱い思いが伝わるプロ野球改革論、必見のインタビューだ。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

藤浪晋太郎に「特別扱い」を! 規格外の才能を預かる自覚と覚悟

4月21日、2軍への降格を言い渡された、阪神・藤浪晋太郎。エースとして期待されながらも長い不調に苦しむ怪物の復活には、何が必要になるのだろうか。問われるのは球団の自覚と覚悟だ。(文=花田雪)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

小林誠司の低評価は妥当? 今季大爆発で「打てる捕手」に覚醒なるか

巨人の正捕手、小林誠司が開幕から打撃で大爆発を見せている。「打てない捕手」などネガティブな評価を受けることも多いが、WBCで活躍したり、ゴールデングラブ賞を獲得するなど“持ってる”のも確かだ。はたして小林への評価は妥当といえるのだろうか? 小林の真の評価を探りたい。(文=花田雪)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
プロ野球、本当に成功しているのはどの球団? パ・リーグ編

なぜ日本ハムは新球場を建設するのか?  壮大なボールパーク構想の全貌

29日、プロ野球の北海道日本ハムファイターズが、新球場構想に関する発表を行った。札幌市内で行われた説明の中で、責任者である前沢賢事業統轄本部長は「ここにしかない場所、道民の皆様に誇ってもらえるような施設にしていきたい」と夢の構想を語った。新球場構想は単なる球場移転の話に留まらない。球場新設に託す思い、その先にファイターズが描く夢とは? 作家・スポーツライターの小林信也氏に寄稿いただいた。(文:小林信也)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
花田雪

著者プロフィール 花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。