甲子園の産業化の是非は二元論で語るべきではない

「そもそもお金が必要であれば、どこかから捻出しなければなりません。自分たちで収益をあげる中から捻出する、自分のことは自分でやるのが当たり前。ビジネス化する/しないという二択の発想で考えることではありません」

横浜DeNAベイスターズでは5年で球団を黒字化、数々の施策でファンの心を掴み、ベイスターズを球界随一の人気球団に変えた池田氏は、甲子園の指定席化、有料席の値上げの際にセットで語られる「甲子園の商業化の是非」について、「本来の目的や理念が大切であり、その理念に向けた資金を確保するためには必要なこと」とした上で、「世の中とのコミュニケーションやオープンに情報開示をする体制を確立し、開かれたスポーツ界の先駆けとして、世論の共感形成が可能であれば、そもそも問題視されるべきことですらない」と、「商業化=悪」のような二元論は本質的ではないと語る。

「一般的な企業でビジネスの話をしていれば当たり前のことが、スポーツになると突然まったく別の論理を持ち出してきて、精神論や美学、美談にとらわれたバランスの悪い話になり本質から外れた議論になってしまうことがままあります。お金の話、金儲けのニュアンスが出るとなおさらで、それが学生、アマチュアの世界となるとその傾向は顕著になります。時代や社会環境、競争環境が変わればそれに対応するためのお金はどうしても必要になります。お金がないとできないとわかっていながら、お金の話になると稼ぐことに自信がないのか、責任を追いたくないのか、うまくいかなかったときの別の理由を先につけておくなど、お金の話からは距離を置きがちになります。私は、お金の話ともしっかりと向き合うべきだと考えています。高校野球を含め学生アスリートのプレー環境や教育レベルといった、“環境”を常により良く整えようと思えば、投資をし続けなければなりません。投資をするには原資が必要で、収益を上げることでそれを用意するというのは、ビジネス、経営の世界であれば当たり前のことです」

外野席の通路を開放せざるを得ないような混雑や雑踏事故への備え、加えて選手や観客の命に関わる酷暑、気候変化への対策など、社会状況や環境の変化への対応に新たな施策が必要なのは誰の目にも明らかだ。高校野球、学生スポーツであるということが、必要以上に「ビジネス」という言葉から遠ざけている印象は否めない。

「スチューデント・アスリート」という大原則

「もちろん、学生スポーツをダシに一部の大人が懐を肥やすために儲けるというのなら大問題ですが、あくまでも学生、選手のために、特に“教育”という観点で還元される目的で、その理念に沿った形で、“稼ぐ”こと自体にまったく問題はないと思います。それらを含めて世の中に対して常にすべてをオープンにし、学生アスリートの環境を取り巻く大人たちがそれを成し遂げることが大切です。さらに、その姿勢や理念を学生に伝え、理解してもらい、そこに学生も巻き込んでいくこと、それ自体も私は教育だと思います。スポーツを通して、学生アスリートは多くを学び、スポーツの世界から近い将来、多くの人材が輩出されることが、この国の国力底上げのためにつながっていくと考えています」

学生スポーツや高校野球の主役である“学生アスリート”の本分はもちろん “教育”。スポーツ界から社会に出て活躍する人材、さらには将来スポーツ界から国を動かす人材を輩出するという『理念』や『ビジョン』を主軸にすべてのことが考えられ、実践されることがなにより重要だと池田氏は言う。

「甲子園でプレーしている球児たちも、野球をやっているとはいえ、本分は学生です。彼らはみんな社会に出る前の段階で、プロになる選手もいれば、一般社会に出てビジネスマンになるかもしれない。社会で活躍するため、国際社会で活躍するための学びの期間であるという大原則を大切にすれば、必要以上に商業化、ビジネス化を敵視する理由はまったくないと思います」

池田氏がキーワードとして挙げたのが、「アスリート・スチューデント(アスリート優先、教育副次的)」ではなく、あくまでも「スチューデント・アスリート(教育優先)」であるということだ。

「あくまで学生、スチューデント・アスリートだということです。スポーツ庁が推進している『日本版NCAA』もそうですが、学生をプロアスリートのようにとらえて、プロアスリートのような振る舞いやファンサービスを強要したり、商業主義のもとで肖像権を扱い商売をしようというわけではまったくなくて、未来あるスチューデントが学んで成長できる“環境”のための投資、そのための原資を商業化、ビジネス化を発展させることで得ようという発想です。実態としてアスリートの部分だけが強調されるような“アスリート・スチューデント”に偏っている感のある日本の学生スポーツの現状は大きな問題ですが、学生スポーツであることに大きく立ち返り、その大義や理念が守られ、実践されていくよう“環境”を構築するために、舵取りを大きくシフトさせれば何も問題はないのではないでしょうか」

確かに多くの人が心配しているのは高校野球や甲子園が学生スポーツの範疇を超えて“儲け主義”、“利益第一主義”に走ることだろう。『利益は学生に還元される』、『学生の本分を大切にする』という大前提が守られれば、すべては学生アスリートのため、教育のため、スポーツの環境も教育の環境も高めていくことを目的に、『収益を上げることで原資を捻出する』というのはごくごく当たり前のことだと言える。

酷暑から身を守る暑さ対策もビジネスチャンスに

「いま、一番わかりやすい世の中の関心事は、暑さへの対応、選手や観客の安全対策ですよね。“異常気象”ではなく、“気候が変わってしまった”と認識すべきです。いま起きていることはこれからいつでも起こると考えるべきです。世の中から懸念の声が上がる前、問題が起こるずっと前に、迅速かつ大胆に対応策を準備し、実践する必要があります。そういう意味では、スタートアップ企業の経営手法に通じるものがあるかもしれません。0から1をつくるように、物事を考え尽くし、PDCAを高速で回して、常に変わり続ける環境に最適で、かつ世の中が共感するよう対策を講じる。これを実現するためには、まずは自分の意識を大きく変える必要があるのです」

池田氏が「ビジネスの発想」として例に挙げたのは、甲子園が直面している「暑さ」、「熱中症」という、ともするとマイナス面で捉えられがちな問題への対策だった。

「『見えにくくなる』という意見もあるかもしれませんが、ヤクルトの『応援ミニ傘』のような、一人用のマイ日傘を名物グッズ化するということも一つのアイデアの発端として考えられるでしょう。2015年、球団社長時代、毎試合炎天下のバックネット裏で甲子園の試合を見ているスカウトの気持ちや大変さを知りたくて、スカウトが座っている場所で一緒に試合を見たことがありました。当時ですらものすごく暑くて、日差しが強烈だった。今年はより一層ですよね」

「スカウトの暑さ」を体験すべく甲子園のバックネット裏に陣取った池田氏が思わず感心したのは、やはりあの定番名物だった。

「炎天下の中、ずっと座席で野球を観戦するには『素朴で当たり前』と言われそうですがやっぱり“かちわり氷”が一番でした。冷たい飲み物はすぐにぬるくなってしまいますが、かちわり氷なら長持ちして、徐々に溶けて冷たい水を継続的に補給できますし、頭や体を冷やすのにも使えます。かちわり氷にヒントを得た私のアイデアの本質は、“暑さ”というピンチも見方を変えれば大きなビジネスチャンスになるということです。1試合ずっと冷たい液体窒素ペットボトルホルダーとか、吹き付けるとアルコール分がひんやりと感じる冷やっとスプレーとか、ソーラー発電の接触冷感のハイテク素材のTシャツなどがどんどん開発されていくのも面白いと思います。コンコースには六甲山の天然氷を大々的に訴求したかき氷ショップを設けることができれば、暑さを少しでも楽しめていいのではないでしょうか。
ニュージーランドやオーストラリアは日差しが強い国ですが、それを逆手にとって、オーガニックで肌に優しい日焼け止めが非常に売れています。日焼け後のアロエクリームなんかもオーガニックなだけでなくおしゃれで、広く人気の商品になっています。暑さと日差しが話題になるなら、甲子園で女性ファン向けにそういう商品を売るなど、暑さを商機にする方法だっていくらでもあります」

学生スポーツが自活し、さらに発展していくために

「『儲ける』ことや、そのための商業化に対して賛否があるのは理解できます。新しいことや以前はタブー視されていたようなことに対する意見に、全員が賛成するなんてことはあり得ません。しかし、波風が立つのを倦厭して根本の思想を変えなければ、現状維持ではなく実は衰退に向かっていく可能性が高いのが現代社会です。学生の安全・安心や環境整備のためになるのであれば、堂々と売れるものを作り、売る努力をすればいいと思いますし、学生やスポーツをする環境を守るための原資としてのお金を堂々と稼ぐことについてオープンに議論し、発展していけるような、自由闊達なスポーツ界になっていけばいいと思います」

“夏の甲子園”は、アマチュア、学生スポーツとしては、他に類を見ないほど大規模な大会だ。しばしば比較されるNCAA(全米大学体育協会:National Collegiate Athletic Association)の各種全国大会は、プロスポーツ同様高額なテレビ放映権を手にしており、その市場規模は4大スポーツに匹敵するといわれている。日本でも『日本版NCAA』の創設によってガバナンスの強化とともに大学スポーツの産業化を目指しているが、“学生スポーツの商業化”をめぐる是非にとらわれていては、こうした試みも前進しない。

「何においても、お金は必要です。お金から目を背けることはできない。お金と、理念と、そして、ファイターであり戦略家であり、毀誉褒貶なんて気にしない、ブレない強さを持つ、しがらみのないリーダーが必要な時代です。スポーツが日本の次世代ロールモデルにならなくてはいけない時代です。スポーツは日本の“元気玉”になり、世の中のみんながまねをするような新しいモデルを、スポーツを通して実現していかなくてはならないのです」

池田氏はさらに、“学生スポーツの商業化”において、重要なポイントを挙げた。

「甲子園の問題も『日本版NCAA』もそうですが、プレーをしている学生と、運営をしている大人を分けて考えることが重要です。『学生を使って儲ける』のではなく、『学生のために必要な環境を整えるための資金を利益で賄う』わけですから、学生はスチューデント・アスリートとして自分たちの本分を見失わずに一生懸命プレーする、一生懸命教育の機会を活用する。運営側、統括団体は学生のため、プレーヤーのためにその利益を行使する。プレーの環境を常に向上させ、教育の環境を常に向上させる。この役割の棲み分けさえしっかりしていれば、高校野球、甲子園や学生スポーツの世界が自力でその未来を切り拓いていく道筋が見えてくるはずです」

学生スポーツの産業化、商業化はあくまで学生スポーツの自活とさらなる発展のため。指導方法や大人の関わり方をめぐる問題が噴出している学生スポーツだが、そうした問題と産業化の是非は分けて考える必要がありそうだ。

<了>

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。