10年後の2018年、かつてのイメージはことごとく覆された。
“タナキクマル”こと、田中広輔、菊池涼介、丸佳浩の同学年トリオに、若き4番・鈴木誠也が並ぶ強力打線。投手では27歳の大瀬良大地がエースに成長し、最多勝のタイトルを獲得した。緒方孝市監督に率いられ、セ・リーグ3連覇を達成。強いカープ見たさに、2009年開場のマツダスタジアムには球団史上最多223万人の観客が押し寄せた。

「今、『日本のプロ野球って何ですか』と言われたら、カープだと思う。それぐらいに、日本のプロ野球を象徴するようなブランドになった」
そう語るのは横浜DeNAベイスターズの前社長、池田純氏だ。ベイスターズの経営を担った2012~16年の5年間、カープの隆盛を目の当たりにした。

地域に根付いたチーム運営がファンとの信頼関係を築いた

池田氏は言う。
「ミッキーという犬がボールボーイをやっていた(2005~07年)という話を聞いた時、私は強く感じるものがありました。市民球団で、資金は決して潤沢ではなかった。身の丈に合った経営をするしかない状況でも、お客さんや地域の人たちを楽しませたいという思いがボールボーイ犬のような存在を生んだのだと感じたんです。『はだしのゲン』にも、登場人物たちの会話の中にカープは出てくる。地域に昔からあって、スポーツがエンターテインメントビジネスだと言われるようになるずっと前から、ファンを楽しませるための努力を続けてきたんだと思います」

いい時も悪い時も顧客主義を貫いてきたのがカープの現オーナー、松田元氏だ。松田氏と経営論を交わしてきた池田氏は、次のように分析する。
「今、中国の春秋戦国時代を舞台にした『キングダム』という漫画を読んでいるのですが、『これって野球も同じだな』と感じます。国づくりには、政治を担い、国を治める王様、前線で戦う軍を率いる将軍、その地に暮らす民衆の信頼関係が必要。野球で言うと、王様に当たるのがオーナーで、将軍はチームを率いる監督、そして地域のファンがいる。構図としてはすごく似ていると思うんです。
松田さんは野球界との関係づくりに労を惜しまず、経営や組織づくりにもきちんと目を向け、その一方でグラウンドで戦うチームやその監督たちを信じ続けてきました。球団全体のリーダーである松田さんと、戦う軍のリーダーである緒方監督の間には、不自然ではない強固な信頼関係が築けているように思えます。長年かけてつくってきたものが、まさに今、はまったような印象です」

一致団結した経営とチームが共有するもの。それは「広島」という地域への強い思いだ。
広島はかつては原爆の被爆地となり、2014年、そして今年と豪雨災害に見舞われた。苦難が降りかかるたび、希望の光となったのがカープだった。池田氏の表現を借りれば「地域の魂、アイコン、元気玉」となって、そこに住む人々との信頼関係も危機を乗り越えるたび醸成されてきた。経営の根幹に、徹底して地域とともに歩む一貫性があるからこそ現在のカープがあるのだと池田氏は見る。

グッズ売上No.1もカープ女子もにわかなブームとは違う

そうした経営姿勢や地域との関係性はカープのグッズによく表れているという。
「グッズ売上が12球団トップの54億円(2017年度)にもなるという記事を読んで驚きました。グッズ販売は、お客さんが飽きてしまって売上が落ちやすい。にもかかわらずカープのグッズ売上が伸びているのは、球団の地域を重視する思いがファンに伝わり、常に新しくてタイムリーなものを買いたいという心理が働いているからだと思います。
ブランドというのは、言い換えれば、顧客からの信頼感。カープもいつかは弱くなったり低迷する時期が来るかもしれませんが、信頼という基盤の上にある持続のパワーはそう簡単には衰えない。にわかでつくられたブームのようなものより断然強いですよ」

2010年以降、「カープ女子」という言葉がよく聞かれるようになり、近年のカープ人気の高まりも女性ファンの増加とセットにして語られがちだ。
女性人気に火がつき、時を同じくしてチーム強化も実った。その偶然の重なりがブーム的な盛り上がりにつながっているのではないか――。
池田氏は、そうした見立てに異を唱える。
「ベイスターズでも女性ファンは増えましたが、女性を呼ぶために何かマーケティングをしたかというと、そんなことはありません。もちろんトイレをきれいにしたり、女性向けのイベントを育てたりはしました。でも、実際のところは『勝手に増えていった』というのが、私と松田さんの共通の見方だったんです。
これは私の勝手なマーケティング論ですが、女性は母性本能が強く、一生懸命がんばっている姿を見ると応援したくなってしまうところがあるのではないかと思います。単純にカッコいいだけのものが憧れの対象になる時代は終わって、ストーリー性が大切にされるようにもなった。その点、カープやベイスターズが苦しみながらも強くなろう、経営の面でもがんばろうとしている姿に、女性の共感が生まれたんだと思います」

長い時間をかけて土の中で膨らんだ種が芽吹き、伸びたつるは女性の心にも届くようになった。カープ女子の増加は、球団が地道に続けてきた努力のいわば「結果」なのだ。

池田氏は言う。
「ファンをちゃんと楽しませたいという思いがある。遠方の女性ファンに『来れんじゃろ』といって新幹線を用意する温かさがある。それって粋だし、カープは“人間”が透けて見える球団だと思う。人格と言ってもいい。それが、広島という地域に寄り添い続けてきたからこそ生まれたカープのブランドなのではないでしょうか」
球団と地域、相思相愛の関係が壊れない限り、カープというブランドも揺らぐことはない。

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池田 純
1976年、横浜市生まれ。2011年横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。2016年まで5年間社長をつとめ、コミュニティボール化構想、横浜スタジアムのTOBの成立をはじめ様々な改革を主導し、球団は5年間で 単体での売上が52億円から110億円へ倍増し黒字化を実現した。
現在はスポーツ庁参与のほか明治大学学長特任補佐、さいたま市スポーツアドバイザーなどを務める。また、現在有限会社プラスJでは、世界各国130以上の スタジアム・アリーナを視察してきた経験をもとに「スタジアム・アリーナミシュラン」として、独自の視点で評価・解説を行っている。plus-j.jp/
著書に『常識の超え方』『最強のスポーツビジネス』(編著)など。


日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。 6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、 またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。