住友ゴム工業株式会社が、全豪初の公式ボールサプライヤーを務め、グランドスラムで初めてテニスボールを供給したのだ。日本企業として初の供給について、住友ゴム工業のテニスビジネス部 販売企画グループの鈴掛彰悟氏は、次のように語っている。
「すごく誇りに感じました。大会が盛り上がることや全豪の地位向上に向けて、大会と一緒に手を携えていきたい」

2018年8月に、住友ゴム工業は、全豪オフィシャルスポンサー契約を発表し、8月25日に正式契約を締結した。2019年大会から5年間公式ボールサプライヤーとしてテニスボールを供給していく。

全豪では、長らくアメリカの有名メーカーであるウィルソンからボールを供給されていたが、鈴掛氏によれば、「2017年末頃に、テニスオーストラリア協会からお話があった」という。それからサンプルボールをオーストラリアへいくつか送って、テストしてもらうというやりとりが何度か続いた。
ダンロップのテニスボールは、ITF(国際テニス連盟)の定める基準におさまるように作られており、耐久性、バウンドの一定性などに優れ、テニスオーストラリアCEOで、全豪トーナメントディレクターであるクレッグ・ティレイ氏は、「ダンロップの品質管理の精緻さに、すごく感銘を受けました」とコメントしたほどだった。

また、全豪には、アジア・パシフィックグランドスラムという別称があり、他のグランドスラムよりアジアへのつながりが一番強い。
現在のプロテニスツアー全体では、日本や中国や韓国などのアジア選手が、トッププロで活躍しているものの、欧米と比べるとその選手の数はまだまだ少ない。

だからこそ競技ではない側面から、アジアの会社が、アジアの工場で作ったテニスボールを全豪に供給し、アジア・パシフィックグランドスラムに一企業として貢献することの意味が、住友ゴム工業にとって非常に大切だった。

オフィシャルに決まったダンロップのボールは、2019年1月第1週から開幕した男子ATPおよび女子WTAの前哨戦の全大会、いわゆる“オーストラリアンオープンシリーズ”で使用され、シリーズ全体で約18万個のテニスボールが用意された。そのうち全豪(1月14~27日)では、およそ5万4000個が使用された。

もともとダンロップは、1888年にイギリスで誕生したゴムとタイヤの伝統ブランドだが、住友ゴム工業が、2017年4月に、イギリスのスポーツダイレクトインターナショナル社から、海外のダンロップ商標権とダンロップブランドのスポーツ用品事業およびライセンス事業を153億円で買収した。
「以前ダンロップブランドでは、日本、韓国、台湾とかでしか販売できていなかったが、世界中で販売できる権利を取得しました」
高額な買収だったが、それだけの金額に見合う価値があると考え、そして、この買収には長期的かつ戦略的な狙いが、住友ゴム工業にあった。

「主要事業にタイヤがありますが、“タイヤのダンロップ”をもっと推し進めていくうえで、テニスはすごく魅力的な媒体でした。世界でのテニスファンや視聴者の数は、だいたい10億人いると言われています。さらに、テニスが好きな人の多くには、一般レベルより趣味にお金をつぎこめる収入の高い割合が多い。タイヤは、スポーツグッズに比べて高収入、高利益。そこでつくったお金をテニスに投入して、テニスを全体の広告媒体としてうまく活用していく目的がありました。」

テニスは、日本では錦織圭と大坂なおみの認知度が高いものの、野球やサッカーと比べると、まだまだマイナーなスポーツだ。
だが、世界的には人気が高く、サッカーに次ぐぐらい人気の高い競技。そんなワールドスポーツという特性が高いテニスは、現在世界でのシェアが6番目のダンロップタイヤにとって、他社と差別化するための有効なツールになり得る。

実は、ダンロップのみならず、他のタイヤメーカーも、あの手この手で売上アップのために試行錯誤をしている。例えば、横浜ゴムは、チェルシーFC(イギリスサッカー・プレミアリーグ)と、東洋ゴム工業は、ACミラン(イタリアサッカー・セリエA)とそれぞれ手を組み、サッカーチームのスポンサーをしながらシェア拡大を狙っている。

住友ゴム工業は、日本、アジア、中東、アフリカ、ロシアで、ダンロップタイヤを販売できるが、ヨーロッパやアメリカでは販売権を持っていない。そのためファルケンブランドのタイヤを展開している社内事情もあるため、ダンロップタイヤだけでなく、ファルケンタイヤにとっても、シェア拡大のために、テニスをとおしてのさらなるブランド確立は、重要なマーケティング戦略になってくる。
そして、スポーツ事業だけを展開している他メーカーとは異なり、他分野からの投資を活用して相乗効果を狙いつつ、より大きなシナジーが生まれることを期待している。

日本国内では、テニスボールの銘柄の中で、ダンロップフォートといったら、一般愛好者で知らない人がいないほど人気が高い。ダンロップのテニスボールの国内シェアは60%を誇る。
「日本だけでなく、世界でもナンバーワンのテニスボールブランドになっていきたいです」

ダンロップの世界市場シェアを伸ばすために、住友ゴム工業が着目しているのは、有名テニスアカデミーだ。
まず、2018年から錦織圭が拠点にしていて、フロリダにあるIMGアカデミー(アメリカ・ブラデントン)とオフィシャルスポンサー契約を締結。2019年1月には、セリーナ・ウィリアムズのツアーコーチを務めるパトリック・ムラトグルー氏が運営するムラトグルーテニスアカデミー(フランス・ソフィアアンティポリス)とも、オフィシャルスポンサー契約を結んだ。ジュニア時代から練習でダンロップのボールを使ってもらい親しんでもらう狙いがあり、実にしたたかなマーケティング戦略だ。

さらに、2019年シーズンから男子テニスATPツアーで、マスターズ1000(以下MS)・モンテカルロ大会、バルセロナ大会、MS・マドリード大会、MS・ローマ大会といったクレーシーズンの主要大会、さらに、秋シーズンでの楽天ジャパンオープン(東京)、MS・上海大会、成都大会でテニスボールを供給していく。
そして、年間成績上位8人しか出場できない男子ツアー最終戦・Nitto ATPファイナルズ (イギリス・ロンドン)で、2019年から2023年、5年間のスポンサー契約を結んだ。

まさに練習から試合まで、ダンロップのテニスボールにおける世界戦略が形になり、今後、世界市場でダンロップがどう受け止められていくのか注目される。

「テニスの楽しさ、スポーツを楽しむ喜びを知って、これからやってみたいと思う人が増えるような社会に貢献していく事業の進め方を目指したいとも考えています」

それは、まさにダンロップのブランドメッセージである“LOVE THE GAME”に通じるような信念でもあるのだ。

最近のワールドテニスツアーでは、中国企業の進出が目立ち、日本企業は元気がなかった。
そんな中、住友ゴム工業が、ダンロップのテニスボールで全豪初の公式ボールサプライヤーになったことによって、他のアジア企業には負けられない意地みたいなものも感じられた。

今一度、世界市場で日本企業の矜持を見せるべき時期が訪れているのではないだろうか。その意味で、住友ゴム工業が扱うダンロップは、新たなる2020年代への嚆矢になったといえる。

神仁司

著者プロフィール 神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。