その後この力士は相撲協会を相手に地位確認と報酬の支払などを求めて東京地裁に提訴することになる。その裁判記録には親方の貴乃花から力士に、世話人から力士に、力士同士など暴力にまみれた部屋の実態が克明に記されている。しかし、貴乃花の弟子に対する暴力や、貴ノ岩の癖ともいえる暴力に対しテレビや新聞など既存メディアの扱いは不自然なほど小さい。本来であればメディアが大きく扱い相撲協会や世論を動かすことで、貴乃花自らの暴力癖を治療するための通院や部屋運営の透明化などいわゆる改革のチャンスだったはずだが、貴乃花への忖度なのか実現できなかった。この裁判は2018年2月に元力士と相撲協会の間で和解が成立したが、和解内容については明かされていない。
その後、6月に貴乃花一門が消滅し、9月場所後に相撲協会を退職することを表明すると再びメディアの報道も過熱し、様々な報道が飛び交うこととなった。退職時にも公益財団法人の職員を辞めるのに「退職届」ではなく「引退届」を提出し、原本のコピーに署名して提出するなど弁護士と共に行動しているにもかかわらず、一般的な社会人の常識が欠落しているとしか言いようがない行動が続いた。貴乃花部屋に所属している力士の所属部屋変更についても先輩であり盟友でもある千賀ノ浦親方に電話で依頼し、捺印のため貴乃花部屋まで来させるという良識ある社会人には理解しがたい行動だった。11月には23年連れ添った景子夫人と離婚。講演活動やイベント出演などで多忙なおかみさんが部屋にも住まず若い衆の母親代わりにもなっていなかった事も暴力沙汰が多かった一因ではないだろうか。
貴乃花が退職に至った理由は様々な事が言われているが、やはり貴乃花が他人を信用しない孤独な変人と言う事に尽きるだろう。現役時代、相撲だけに真摯に取組み横綱として頂点まで上り詰めたが、親方として社会に出るとその威光は徐々に薄れ、周りの人たちがその実態に気がつくと離れていった。角界の大物である大鵬氏や北の湖氏は、貴乃花に苦言を呈しつつも理事長候補として育てようとしていたが志半ばにして死去。先代親方から受け継いだ有力タニマチも貴乃花は意見を言われる事を嫌い絶縁。サポーター制度なる個人後援者を募る制度に変更したが、莫大な資金を必要とする部屋の運営を賄うことができず苦しい部屋の運営を余儀なくされた。また、自身の兄弟子で理解者の大嶽親方(元貴闘力)は野球賭博問題で相撲協会から追放され、貴乃花部屋を実質的に取り仕切っていた音羽山親方(貴ノ浪)は急逝。その後は偉大な横綱で世間受けが良い貴乃花を利用しようとする様々な人々が寄っては去っていった。
中でもメディアでは取り上げられる事がほとんどない、角界の常識からかけ離れたタニマチとの驚くべき関係性がある。前編でも触れたが有力タニマチの名前に「貴」を付けて四股名にしている。またこのタニマチは騒動の際に様々なメディアに出演し貴乃花の正当性を訴えると共に、自身の考え方なども語るなど一種の宣伝活動を行っていたと言っても過言ではない。これはメディアが特定の宗教団体をPRすることにすらなりうる問題だ。
相撲協会内部でも関係会社から裏金を受け取る映像を撮られていた元顧問(現在相撲協会と係争中)と、それを裏金は返せば問題ないと不問に付した元外部理事と近しい関係だった。元顧問が、相撲協会が当時持っていた70億円もの巨額の資金を秘密裏に債権購入のために使おうと画策したり、国技館改修の業者選定に関わったりと、数々の疑惑のために契約解除となった際に、貴乃花は自ら普段は話もしない八角理事長に契約を戻すよう意見をしている。
このように自らの利益のためにはどんな人でも受け入れるが、自分の意見に同意しないものに対しては、先輩であろうと理事長であろうと話を聞き入れる事はなく、視線すら合わせない。これが貴乃花の姿である。
こうした数々の問題があるにも関わらず、なぜメディアは貴乃花を好意的に報道するのだろうか。ただ単に数字が取れる、部数を稼げるといった理由だけでは考えられない。番組が、コメンテーターがあれほどまでに貴乃花を擁護し、相撲協会や理事長を悪とするのか。相撲協会の改革者として祭りあげていたが実際は何もせず、チケット販売やファンへのサービスに改革を加え入場者数をV字回復させた相撲協会の現執行部を貶す事ができるのか理解に苦しむ。その結果、貴乃花がどれほど増長し、方向性をあやまり、角界の宝である貴乃花を自爆へと誘ったのか、メディアは誰一人検証もしなければ責任もとらない。
もし歴史をさかのぼる事ができるのであれば、入門した貴乃花にハリウッド俳優のように専門のエージェントや広報担当者を付け、社会人としての常識を教えつつイメージしていることを実現するにはどのようにすれば良いのか、メディアの報道に一喜一憂しない精神力、良好な人間関係を構築する方法について教育したかった。しかし、すべてがもう遅すぎる。引退後の数ヶ月は、選挙への出馬が取り沙汰され、バラエティ番組へ出演し、CMにも出演。イベントなども精力的に活動していたが、もうすぐ退職から1年。今では活動が極端に減り、週刊誌報道によると江東区の家賃7万円のワンルームマンションでひとり暮らしているという。
平成の大横綱として大相撲に関わる事はもうできないのか。兄の若乃花と和解し外から大相撲発展のために協力してもらえないか。しかし、そこまでは望んではいけないだろう。とにかく平成の大横綱としてその名に恥じず誇りを持って生きて欲しい。誰もがあの名言「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」以上の言葉を大相撲の世界で聞いていないのだから。
貴乃花とは何だったのか~メディアがおもちゃにした大横綱の人生(前編)
世間の話題をさらった日馬富士暴行事件から始まった貴乃花騒動、そして日本相撲協会からの電撃退職。あれからまもなく1年になる。