プロ野球を「見せてやる」から「野球をつまみ」に

同番組では、冒頭でゲストが薦める酒とつまみが紹介される。池田氏がリクエストしたのは自身が開発に携わったクラフトビールと、東京・目黒区のすし店「寿司いずみ」の珍味盛り合わせ、通称「痛風プリン体アラモード」。実は、この“推しグルメ”にベイスターズを球界屈指の人気球団に変えたノウハウが隠されている。

「このすし店は、すしをつまみにいろいろと楽しませてくれる店なんです。野球も同じで、私がベイスターズに関わる前はコンクリートの壁の中で『プロ野球を見せてやる』というスタンスでした。それを『野球をつまみに飲みに来てください』という、いわば『でっかい居酒屋』のようなイメージに変えようと考えたんです。野球をつまみに、会話や雰囲気を楽しむ場所に球場を変革していくことを目指しました」

プロ野球史上最年少の35歳で球団社長に就いた池田氏は、在任中の5年間で球団単体の売り上げを52億円から110億円超に倍増し、年間約25億円あった赤字を解消して黒字経営を実現した。それを牽引したのが、橋下氏も「分かりやすい!」と絶賛した、この「でっかい居酒屋」というコンセプト。池田氏は飲食の改革を実行し、まず球団初のオリジナル醸造ビールである「ベイスターズエール」「ベイスターズラガー」の開発に取り組んだ。

「全国からビールを取り寄せて飲みまくりました。米ポートランドやドイツに行って本場のビールの研究もしました。そうしたら、尿酸値がグッと上がって(笑)」

エンターテインメントビジネスの重要ポイントとして、常々「本物」を追求し提供することを掲げる池田氏は、まさに痛風になるほどのこだわりを持って横浜スタジアムという「でっかい居酒屋」を具現化した。「『何で選手は左(三塁)に走らないの?』と疑問を口にするほど全く野球に興味がない若い女性まで来てくれるようになりました。私がやりたかったのは、そうした野球ビジネスをスポーツエンターテインメントビジネスに変えることだったんです」と振り返る。

他にも、ミシュランの星付き日本料理店が監修した唐揚げ「ベイカラ」など名物となる飲食を開発。イニング間にファンがグラウンドでフライをキャッチするイベント(「ドッカーン! FLYCATCH」)などを行うことで“トイレタイム”までエンターテインメント化し、その枠にスポンサーをつけるという今では他球団にも当然のように広まっているアイデアを次々と“発明”し、打ち出した。

「私は元々、映画や漫画をつくったりするエンターテインメントビジネス(2010年に初代社長として事業を立ち上げたNTTドコモとDeNAの合弁会社「エブリスタ」など)をやっていた経験もあり、スポーツの世界ももっとエンターテインメント業界と戦っていけるようにしたいと考えていました。例えばディズニーランド。毎回行くたびに3Dプロジェクションマッピングが進化していたり、すごいじゃないですか」

野球界やスポーツ界の中ではなく、「ディズニーランド」などのエンターテインメントを“仮想ライバル”とし、その質をどこまでも追求したことが、人気を得る強い原動力となった。

「経営」でチームを再建。「痛風」になるほどのこだわりと苦労

一方で橋下氏が「(ファンを集める手法として)楽しませるというのは分かりやすい。でも、チームを強くするための組織づくりはどうしたんですか」と尋ねたように、プロスポーツのチームである以上求められるのがチームの強化。池田氏は、そこにも経営者としての目線で当たっていたという。

「選手のモチベーション向上に一番効くのは、満員にすることというのが私の持論です。当初は本当に球場がガラガラで、野次ももろに聞こえてきました。ただ、満員にすると、それが野次ではなく、ため息になるんです。3万人のため息を聞けば『やばい、打たなきゃ』という思いを抱き、火事場の馬鹿力になります。満員になったスタンドを見た選手からは『次は自分たちの番ですね』という言葉ももらいました」

グッズの売り上げによるロイヤリティーの料率を開示し、ファンサービスが選手自身の生活に直結する仕組みも導入。グラウンドでのイニング間イベント開催には、当初「神聖なグラウンドを何だと思っているんだ」と批判の声が上がり、改革を進める上で「次の野球」というコンセプトを掲げると「野球に次も何もない。あの“若造Gパン社長”は何を言っているんだ」と波風が立つこともあった。しかし、経営者として率先垂範して結果を出すことで、球団とチームの両輪をまわすのが池田氏の手法。資金力にものを言わせて名のある指導者や選手を集めるという従来のアプローチとは全く異なるやり方で、ベイスターズは躍進を果たした。

その経営改革の中で、池田氏が何より苦労したのが、球団と球場の一体経営の実現だったという。チケットの売り上げから一定割合を球場使用料として納め、飲食など観戦環境の改革も自由にできない。文字通り黒字経営実現への最後の壁となっていたのが横浜スタジアム運営会社の取得だった。それも2016年1月に友好的TOB(株式公開買付)という形で実現させた。

「単体で黒字が出ていた球場側は当然嫌がります。既得権益だし、変わるのは嫌じゃないですか。それを友好的に実限するには、民意を焚きつけるしかないと考えていました。『ベイスターズの経営が、これだけうまくいっているんだから、球場の運営も任せればいい、一緒にやった方がいい』という民意を形成するために“横浜のドン”と呼ばれるような人たちとの関係をつくりながら進めていったんです」

ビールの研究で尿酸値が上がったという池田氏だが、ストレスや過剰な脳活動も尿酸値を上昇させる原因といわれており「だから痛風が発症したんですよ」という言葉に、当時の苦労がしのばれる。橋下氏によると実はこれ、空港経営の問題も同じだという。空港に隣接する駐車場やホテル、免税店などは黒字である一方、飛行機の離着陸料が頼りの空港は経営的にどうしても厳しくなる。そこで、橋下氏は大阪府知事時代に関西空港と伊丹空港の一体経営など抜本的な改革に乗り出した。「黒字は全部天下りの給料になって消えていた。だから黒字になっているところと全部一体経営にして、免税店とか飲食で稼ぎながら空港の離着陸料を下げる」という取り組みを進めたという。その結果、神戸空港を含む3空港を運営する関西エアポートは295億円もの最終利益(平成31年3月期)を出すなど好調に推移している。

同番組出演者のお笑いコンビ「サバンナ」の高橋茂雄も「野球ファンの友達に聞くと『とにかく、横浜スタジアムは圧倒的におもろい』と言われる」という。そんな“ハマスタブランド”を築く大きな推進力になったのが、初代球団社長による尿酸値が上がるほどの努力だったというわけだ。

トップ画像出典:「空気のつくり方」(池田純著/幻冬舎)

VictorySportsNews編集部