池田氏「プロ化の意味って分かっていますか」
ーラグビーW杯は見られましたか。
小泉 「私は4試合をスタジアムで観戦しました。日本のロシア、スコットランド戦。あとは準決勝と決勝ですね。実は、弟が花園に出ていてラグビーの魅力は知っている人間なので、一般の方々がその魅力を知る機会があってよかったなと思っています。ただ、むしろここからですよね。これは五輪もそうですが、そのタイミングでは大体盛り上がるのに、その後が続かない。ラグビーはプロ化の話とか、いろいろとありますけど、一般の方々がコンテンツとしての楽しさに気付いてくれたこのタイミングが一つの分岐点になると思います」
ー成功の要因は何だと思いますか。
小泉 「単純に、日本代表が勝ったということがまずありますよね。ラグビーのルールは難しいところもありますが、基本的にはぶつかって、前に進んで、線を越えれば得点…と分かりやすい。サッカーもそうですが、人々が熱狂しやすく、スポーツの価値が単純に表現できたということかなと思います。スポーツには、やる楽しさと応援する楽しさの2つがあります。やる楽しさは運動神経とか諸々に影響されますが、応援する楽しさは平等。そういう意味で、スポーツがエンターテインメント化していくことはすごく重要なんじゃないかと思っています」
ーラグビーのプロリーグ化も進もうとしています。
池田 「それについては、プロ化の意味って分かっていますかという内容のコラムを以前書いて話題になったことがあります。ラグビーだけではなく、プロ化というのはそんなに簡単なことではない。プロ化というからには、経営も含めて、運営も収益もプロ化しなくてはならない。ラグビーでも年棒1億円とかもらっている選手がいる中で、選手のプロ化は比較的早く進んでいくでしょう。しかし、本当に経営を含めてプロ化できますかという部分が重要ですし、当事者だったときから懸念を感じてきました。
日本のスポーツの多くは親会社文化で成り立っています。親会社から来る経営者は、どうしても親会社のほうを見てしまう。それは仕方のないこと。私もベイスターズの時に体感したことがあります。横浜の人たちに『どうせ、お前は東京の本社のほうを見て経営するんだろ』と就任当初は不信感だらけの中で、ベイスターズの長年の低迷の諸悪の根源のごとく言われ続けました。一方で、親会社と球団、クラブは違う会社である以上、利害関係の不一致はどうしても出てきてしまう。親会社のサービスを入れろとか、それが正しくファンに適合していればいいですけど、なかなかそうはいかない。親会社とスポーツの経営は、必ず全てシンクロするわけではないんです。ベイスターズが成功したのもそうですが、球団の、スポーツの会社の経営に専念できることが、一つの会社の経営、ひいてはチームづくりにも中長期的にブレないで取り組むことにつながる。つまり、その辺を考えた時に、きちんとクラブ、チームの“経営”が回るかどうかが本当の“プロ化の意味”だと思っています。
私は日本ラグビー協会の特任理事を一時務めていましたが、その時に提案したのは、あくまで企業の力を温存しておいて、企業スポーツという側面を維持していったほうがいいのではないですか、ということ。多いところでは、チーム全体の人件費と運営費だけで10億から30億円ほど使っているとも耳にします。Jリーグ以上、プロ野球未満という、かなりの規模です。ただ、プロ化しても、激しいスポーツであるラグビーは、そんなに試合数をこなせません。野球は72試合のホームゲームがあり、だから30億円の選手年俸が払えるわけです。選手の年俸はプロ化すると、どんどん先に上がっていきます。バスケットボールもBリーグが立ち上がって、B1の平均年俸が1700万円くらいまで上がったと聞きます。3年前とかは、恐らく1000万円いくかいかないかくらいだったのではないでしょうか。このコストをラグビーでまかなうとなると、そう簡単ではないように思えてなりません」
池田氏「なぜもっとW杯に出場した選手がプレーするトップリーグのPRに戦略をシフトしないのか」
ーホーム&アウェー開催で観客が集まりますかね。
池田 「それについて私が提案していたのは、全ての試合をいったん秩父宮ラグビー場でやるということです。アントラーズは、鹿嶋市の6万7000人の人口で素晴らしい結果を出していると思います。野球なら広島カープもそうですよね。それらをラグビーでやろうとして、たとえそれを経験した人を引っ張ってきたとしても簡単ではありません。だったらまずは、毎晩、秩父宮で試合が行われていて、そこに行けばいつでも気軽に、ビールを飲みながらラグビーが見られるというようにすればいいと思うんです。
ラグビーはブームになりましたが『秩父宮を知っていますか』と聞いても、まだほとんど知られていないのではないでしょうか。『青山に、そんな場所があるんですか!』と逆に驚かれるくらいです。先のW杯で一気にラグビーがブームになりましたが、一般生活者の認知度はまだそれくらいなのではないでしょうか。秩父宮でセントラル開催をしながら、少しずつ地方に持っていくほうがいいのでは…とずっと提案してきたのは、そんな理由もあります」
ーこれだけ一般にラグビーの魅力が伝わった時に、青山と紐付ければより注目度は増しそうな気がします。
池田 「W杯後のラグビーという観点では、これだけ選手がテレビなどメディアに出る機会が増えている中で、なぜもっとW杯に出場した選手がプレーするトップリーグのPRに戦略をシフトしないのかということに、深く考えなくとも疑問を感じます。2011年の女子サッカーW杯で優勝し、大きな話題になった、なでしこジャパンの時を見れば一目瞭然ですが、バブルは1年間で終わるんです。それは当事者である選手たちから教えてもらったことです。ラグビーも、既に閉幕したW杯のジャージーやポロシャツを着てテレビに出る以上に、一気に次、つまり1月に開幕するトップリーグにシフトしないと、このブームを生かしきれないんじゃないかと心配しています。選手は一生懸命ですから、やはり全ては経営サイドがどういう戦略で、どう選手を含めて組織を動かすか、というところだと思います。ラグビー界の人事にも変動はあったようですが、リーグや協会の中心に、しがらみに捉われず改革した実績による期待感と戦略が垣間見える、もう少しビジネス的な側面を強めた人事がなくてはならないのかもしれません。部外者がとやかく言うことではありませんが、一般論として。ラグビーの景色が変わり、選手たちに還元される持続性の高い仕組みがつくられることを期待しています」
ー確かに「笑わない男」として注目を集めているPR稲垣啓太選手が、所属するパナソニックのジャージーを着てテレビに出てくれば関心を持つきっかけになりますよね。
小泉 「秩父宮でのセントラル開催といえば、“金J”(金曜日の夜に試合を開催する2018年から始まったJリーグの取り組み)は絶対に国立競技場でやったほうがいいですよ。ヴァンフォーレ甲府が2014年のゴールデンウイークに国立競技場で浦和戦を開催(国立競技場Jリーグラストマッチ)したことがありましたが、3万人(3万6505人)入りましたからね。甲府は商売上手なのですが、さすがだなと思いました」
※「レジャージャパン2019」は2019年12月に開催されたイベントです。
池田純氏×小泉文明氏対談・第三回 <了>
日本ラグビー界に「ショックを受けてほしい」。畠山健介が背負うアメリカでの使命
2019年に11年間プレーしたサントリーサンゴリアスを退団し、アメリカ・メジャーリーグ ラグビーのニューイングランド・フリージャックスに移籍した畠山健介。かつて日本代表の 中核を担った“ハタケ”は現在、異国の地で様々な活動を試みている。彼はなぜ慣れ親しんだ日本を離れ、アメリカに活躍の場を移したのか。そして34歳となった今、グラウンド内外でどのような挑戦をしているのか。
池田純氏×小泉文明氏対談・第二回「スポーツ好きだけでなく、スポーツ好きでない人に対するアプローチの必要性」
「これからのエンターテインメントとスポーツ」をテーマに、約1時間半にわたって熱いトークが交わされた。VICTORYではその模様を全4回にわたって紹介。第2回は、池田氏が実際に行った事例を、小泉氏はこれから行おうとしている施策について語った。
池田純氏×小泉文明氏対談・第一回「経営者目線で語るスポーツビジネスの特異性と地域活性化」
「これからのエンターテインメントとスポーツ」をテーマに、約1時間半にわたって熱いトークが交わされた。VICTORYではその模様を全4回にわたって紹介。まずは、経営者としてスポーツビジネスの世界に乗り出した2人が、その特異性やスタジアムを中心とした地域活性化について語り合った。