子供が将来なりたい職業に「YouTuber」を挙げるほど、すっかり市民権を得た動画配信サイトYouTube。ここ数年、芸能人、スポーツ選手ら著名人による公式チャンネル開設も多くなり、大きな影響力を持つ新たな「メディア」としての地位を確立した。

そのYouTubeで2019年11月に開設されたのが、サッカー元日本代表・中田英寿氏の公式チャンネル「Hidetoshi Nakata Official」だ。YouTube上で中田氏の公式コンテンツが配信されるのは初めて。サッカー選手として、世界中に名を轟かせるレジェンドだけに、それだけでニュースとして注目を集めたが、その独特な“中身”が一般のファンのみならず、スポーツやマスコミ、ネット企業など、さまざまな業界でも話題を呼ぶこととなった。

そもそもYouTubeと著名人のかかわり方として一般的なのは、いわゆる「YouTuber」としての立ち位置だ。実業家の堀江貴文氏は社会問題への提言や自身の事業のPRなどに活用し、ネットニュースなどで取り上げられることもしばしば。最近では、本田翼や佐藤健ら俳優・タレントのチャンネルも人気を得ている。スポーツ選手では野球界への提言などを積極的に発信している米大リーグ、カブスのダルビッシュ有投手が代表的な一人。球界OBの高木豊氏、里崎智也氏も精力的に活動している。いずれも自ら番組の出演者となることで、その人気をコンテンツとしての訴求力につなげているのが特徴といえる。

一方で、異彩を放っているのが中田氏だ。まず、冒頭でも触れた『にほんもの Chef’s Table』。ここに中田氏自身は一切登場しない。06年の現役引退後、日本全国を巡り、日本の伝統文化を支える人々に感銘を受けた中田氏は、新型コロナウイルスの感染拡大により不要不急の外出自粛が続く中、そこで出会った生産者、酒蔵が消費低迷で苦しんでいる状況を知り、「少しでも力になれれば」と企画を発案。自宅で日本酒とともに楽しめる一流店の料理のレシピを公開する動画を配信し始めた。

中田英寿氏のYouTubeチャンネル「Hidetoshi Nakata Official」

4月18日に配信された第1弾には、09年からミシュランで3つ星を獲得し続ける東京・神楽坂の日本料理の名店「石かわ」の店主、石川秀樹氏が登場。奈良の銘酒「みむろ杉」に合う料理のレシピを公開している。普段はほとんど動画メディアに出演することがないという名料理人の出演を実現させるなど“プロデューサー”的な立場でコンテンツ制作にかかわり、生産者や酒蔵を応援したいとの思いを具現化している。

ほかにも、異色のコンテンツが並ぶ。公式チャンネル開設時に始まったのが『中田英寿 20年目の旅』。中田氏がペルージャ移籍以降に在籍したイタリア・セリエAの5クラブが本拠を置く5都市(ペルージャ、ローマ、パルマ、フィレンツェ、ボローニャ)全てを巡るサッカー紀行番組で、それぞれのホームスタジアムを訪れ、今だから語れるエピソードを交えながら当時を振り返るという贅沢な内容になっている。第1回の「ペルージャ編」は48万以上(20年4月現在、以下同)の再生数を記録するなど大きな反響を生んでいる。いわゆる「YouTuber」は、カメラを見て発言することで発信しているが、中田氏のコンテンツはあくまでドキュメンタリーとして、中田氏を追いかけている。

さらに、19年末には新シリーズ企画『中田英寿スーパープレー集』がスタート。『20年目の旅』で訪れたセリエAの各所属チームと連携し、現役時代のスーパープレーやゴールなどを特別企画の総集編としてアーカイブコンテンツ化することに成功。ナレーターはジョン・カビラ氏が務め、こちらもYouTube番組の枠の収まらないコンテンツとなっている。

これらのラインアップに、ネット企業やメディアの関係者からは驚きの声が絶えない。

「『20年目の旅』はロケが豪華すぎる。テレビ番組と比較しても、非常にクオリティーが高い」
「公式チャンネルに本人が出演していない動画(『にほんもの Chef’s Table』)がアップされるのは斬新」
「『スーパープレー集』は、スポーツ史のアーカイブとしても価値が高い」

『スーパープレー集』は現在、ほぼ毎週更新されており、ローマのスクデット(リーグ優勝)を引き寄せた01年5月6日のユベントス戦(アウェー)の途中出場からの2ゴールをまとめた映像は、4月10日に公開されると1週間ほどで29万再生を突破。同17日に配信されたスクデット決定時の次節アタランタ戦の映像も2日間で約15万超の再生回数を記録した。往年のファンには懐かしく、若いファンには新鮮な、スポーツ史の一端を感じられる貴重な映像として、コメント欄にも「この頃のセリエA最高だったな。世界最高峰の舞台で、しかも強豪ローマで活躍するって本当に凄い。ヒデ最高!!」「grande(イタリア語で偉大) Hide」「(更新される)金曜日の楽しみになってきたなぁ」など国内外からの賛辞が並び、高評価を得ている。

(C)nakata.net

「僕は、自分が好きなことをやるだけ。自分がやりたいことは何でもやっていく」

そう常々口にする中田氏だが、それはYouTubeの公式チャンネル一つとっても貫かれている。新型コロナウイルスの影響でメディア消費の傾向にも変化がみられ、フェイクニュースへの警戒感からテレビの視聴時間や新聞系サイトの閲覧数が増えるとともに、こうしたYouTubeやNetflixのような動画配信サービスの利用者も増加しているという。米調査会社ニールセンは、その傾向が今後さらに拡大しそうだと予想する。現役時代から自身のサイト(nakata.net)を運営し、自らの言葉で思いを発信するなど、今や著名人の間で当たり前になっているネット活用の先駆者でもある中田氏。上質なコンテンツが求められる時代に、その独自の取り組みは、また新たな潮流を生む可能性を秘めている。


VictorySportsNews編集部