メダル相当

これまでの経歴を振り返るだけでもポテンシャルの高さがうかがえる。北海道出身で、旭川東高に入学後に競技を始めると、2年時には早くも全国高校総体(インターハイ)や国体で優勝。3年時の2015年には世界ユース選手権で、日本選手として初めてこの種目を制した。競技開始から2年余りで早くも年代別の世界ナンバーワンに君臨。日本陸連から東京五輪で活躍が待望される「ダイヤモンドアスリート」に認定された。

男子100㍍など、陸上競技ではとかくトラック種目に注目が行きがちだが、フィールド種目も面白い。やり投げの場合、女子のやりは長さ2㍍20~30㌢、重さ600㌘の規定。ハンマー投げや円盤投げなどと違って助走距離が30㍍ほどある。選手が走りながらダイナミックにやりを投げ、高々と放物線を描いてグラウンドに突き刺さる光景は迫力満点だ。投てき種目は選手の体格に影響されやすく、伝統的に海外勢が強い。その点、北口は179㌢、86㌔と恵まれている。

さらに飛躍を遂げたのが2019年だった。進学した日大の4年生として、5月の木南道孝記念で従来の記録を56㌢上回る64㍍36の日本新記録を打ち立てた。そして10月の北九州陸上カーニバルでは自身の記録を大幅に更新する66㍍00の日本新。これは2016年リオデジャネイロ五輪なら銀メダルに相当する好記録で、従来の日本女子の枠を飛び出すスケールの大きさだ。

複数競技

体つきや運動神経をベースに、技術の向上で成績が伸びているのはもちろんだが、北口の躍進で思い至る事柄がある。前述のように、やり投げとの出会いは高校入学後。幼少の頃から水泳を習い、バドミントンに打ち込んでいた時期もあった。バドミントンでは全国小学生選手権大会の団体優勝に貢献。高校ではもともと水泳でインターハイ出場を目指していたといい、勧誘を受けたやり投げと一時期掛け持ちするなど、どの競技でも奮闘していた。

日本では従来、習い事としてあるスポーツ一筋に打ち込むパターンがよく見受けられてきたのに対し、海外では複数の競技を経験する大切さが浸透している。米国では季節ごとに違うスポーツをこなして徐々に専門を絞るため、競技の特化は遅めの流れだ。例えば野球の大リーグで屈指のスラッガー、マイク・トラウト外野手(エンゼルス)は高校時代にバスケットボールでも活躍していた。

複数のスポーツに取り組むと選択肢増加で才能開花の可能性が広がり、体のさまざまな箇所が鍛えられて全体的な身体能力強化が期待される。野球の投手の肘のように、特定の部位を集中的に使うことを避けられ、けがのリスクが軽減されることにもつながる。メンタルの面でも飽きが来にくくなり、〝燃え尽き症候群〟になりにくいというメリットも考えられる。

女子ゴルフのメジャー覇者、渋野日向子はゴルフと並行して以前はソフトボールに熱中していたことはよく知られている。渋野はソフトボールの投手としての経験に基づき「調子が悪くても使える球で試合をつくっていく。ゴルフも同じ。調子が駄目でも18ホールでスコアはつくれる」と心構えの面でも幅広さにつながっていると説明する。北口の場合は水泳やバドミントン。奇しくも米大リーグで投打の「二刀流」として旋風を起こした大谷翔平(エンゼルス)と同じで、2人とも両競技で培った体のしなやかさなどが生きている格好だ。

熱意

北口が飛躍する大きなポイントとなったのが、海外での武者修行だった。向かった先は、男女ともに世界記録保持者を輩出している強豪国のチェコ。しかも自らの意思で行動し、良い環境をつかみ取ったところが素晴らしい。きっかけは、途中からコーチ不在となった日大時代の2018年秋。やり投げの関係者が一堂に会するフィンランドでの会議に参加したことだった。そこでチェコのコーチと知り合い、帰国後に英語でメールを送って指導を受けたいとの熱意を伝え、実現させたのだ。

翌19年2月に単身チェコへ渡って約1カ月、現地のコーチに師事して練習を積むと同5月に最初の日本新記録を樹立。さらに同年夏に約3カ月、チェコで筋力や走力を強化して今の日本記録をマークした。異国での充実したトレーニング内容。それに加え、女子の世界記録を持つバルボラ・シュポタコバと一緒に練習したことをツイッターで報告したことがある。世界のトップクラスと試合以外で接する貴重な機会も、向上心に裏打ちされた行動力で得た。

今春からJALに入った新社会人でもある。新型コロナウイルスの影響で入社式はオンラインだった。外出自粛の間はバランスボールなどを駆使し、自宅や公園で体幹を中心に鍛錬。「より強くなった姿を見せたい」との意気込みで、来るべき試合に備えている。やり投げを含む投てき種目において、日本選手の五輪メダリストは、男子ハンマー投げで2個のメダルを獲得した室伏広治しかいない。やり投げは長めの助走など技術面が入り込む割合が高いために、日本選手が世界の舞台で戦えるとの指摘もある。地力がアップしてきた佐藤友佳(ニコニコのり)らも楽しみな存在で、新たな魅力が備わってきた日本の女子やり投げ界。その中心には、日本勢初の五輪メダルを狙う北口がいる。

高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事