ワールドプロテニスツアーの現状

 男子ATPツアーは、8月14日からの再開予定だったが、開幕戦予定だったATPワシントンD.C.大会が急きょ7月21日にキャンセルとなった。

 アメリカでは現在、感染者数が460万人を超える(8月3日時点)など、再び増加傾向にある。こうした状況を受けて、USオープンの開催地ニューヨークを含むニューヨーク州は、アメリカ31州からニューヨーク州へ移動する際は、14日間の自主隔離を課すことにした(7月21日時点)。このため出場予定だった選手がワシントンD.Cでプレーすると、次の大会出場に間に合わない事態になってしまったのだ。
 この措置によって、ATPツアーでは、USオープンの前哨戦となる8月22日からのマスターズ1000・シンシナティ大会がツアー再開初戦として再設定された。

 なお、ATPランキングは、2020年3月16日の時点のまま凍結されていたが、7月6日にATPが、コロナの影響による中断および再開後の、世界ランキングの新しい計算方式を発表。通常、過去52週間から、成績上位18大会を対象にして計算されている世界ランキングを、2019年3月から2020年12月までの22カ月を対象にすることにした。

 一方、女子WTAツアーは、8月3日からツアー再開し、WTAパレルモ大会(イタリア)が初戦となる。ただ、世界2位のシモナ・ハレプ(ルーマニア)が、出場を辞退するケースがあり物議をかもした。同じ週には、北米でのワシントンD.C.大会とサンノゼ大会がスケジュールされていたが中止となった。
 WTAランキングも、3月16日の時点のまま凍結されていたが、7月9日にWTAが世界ランキングの新しい計算方式を発表し、通常過去52週間から、成績上位16大会を対象にして計算されている世界ランキングを、2019年3月から2020年12月までの22カ月を対象にしてできるだけ公平性を保てるようにする。

 また、国際テニス連盟(ITF)主催の男女のツアー下部大会は8月17日の週から、ジュニア大会は8月31日の週から、いずれもヨーロッパで開催される大会を中心に再開される予定だ。そして、車いすテニス大会は9月10日(USオープンの週)から再開予定だ。

 男子テニス国別対抗戦・デビスカップ ファイナルズ(スペイン・マドリード、ITF主催)は、1年延期となり2021年11月22日~28日へ変更。ワールドグループIとIIの対戦は、2021年3月か9月に行われる予定だ。同様に女子テニス国別対抗戦・フェドカップ ファイナルズ(ハンガリー・プラハ、ITF主催)も、1年延期となり2021年4月13日~18日に変更。プレーオフは、2021年2月5~6日に行われる予定だ。

 秋シーズンには、プロテニスツアーの主戦場がアジアに移るが、中国では、2020年内の男女11大会が中止になった。10月末に開催予定だった女子ツアー最終戦・WTAファイナルズ(深セン)も含まれている。

 もちろん日本で開催される数少ないテニス国際大会にも影響はおよび、WTA広島大会(ジャパンウィメンズオープン)(9/14~20)が中止。日本で開催される唯一の男子公式戦であるATP東京大会(楽天ジャパンオープン)も中止となった。ジャパンオープンは1972年に第1回大会が開催されて以来、中止は史上初。ただ、人の命に関わることだけに、日本テニス協会が下した処置は適切だったといえる。
 WTA東京大会(東レ パン・パシフィックオープンテニス)(9/21~27)は、一旦11/2~7へ延期となっていたが、7月28日に中止が決定。1984年に大会がスタートして以来、中止になるのは初めてとなる。
 そして、1年延期となった東京2020オリンピックでは、テニス競技の日程が2021年7月24日~8月1日になり、2021年6月7日付けのATPランキングとWTAランキングによって出場選手が決定することになった。

 最後に、テニス4大メジャーであるグランドスラムだが、USオープン(アメリカ・ニューヨーク、8/31~9/13)は予定通り開催されることになった。併せて、前哨戦のシンシナティ大会(男女共催)をニューヨークで開催することにした(予選 8月19~20日 男女48ドロー、本戦 8月21~28日 男女56ドロー)。少しでも選手の移動リスクを減らそうという計らいだ。
 本来ならグランドスラム第2戦となるはずだったローランギャロス(フランス・パリ、5/24~6/7)は、9/20~10/4に延期となっていたが、さらに1週間日程がずれて、9/27~10/11に開催されることになった。

 北米でのUSオープン直後に、ヨーロッパでのクレー大会が控えており、選手たちは超過密スケジュールを余儀なくされる。日本を代表するプロテニスプレーヤーの1人である内山靖崇は、北米での2大会に参戦予定で、ツアー再開へ向けた気持ちを吐露してくれた。

「渡米への抵抗は正直あります。日本に比べて爆発的に感染が広がった欧米ではある程度落ち着いたという感覚かもしれませんが、僕からしたらまだまだ落ち着いているとは思えないです。実際フロリダのチャレンジャー(ツアーより一つ下のグレードの大会)は中止になり、男子ツアーはニューヨーク以外ほぼヨーロッパでしか開催されない予定なので、世界ツアーというより、ヨーロッパの人のためのツアー再開かと思わされます。ツアーに出たくない人もランキングポイントが減らない新ルールが出されましたが、欧米間など自由に国を行き来できない現状での再開は、特にヨーロッパ以外の選手にとって酷です。と言っても、再開のタイミングは本当に難しい判断だったと思います。自分のためにも、テニス界のためにも、コロナに感染しないように最大限気をつけることが今の自分にできることかなと思います」

USオープン、無観客で開催へ

 実は、USオープンの会場であるUSTAビリー・ジーン・キングナショナルテニスセンターには、ニューヨークでのコロナ感染が深刻な時に、臨時の患者受け入れ施設が設けられていた。

 テニスセンターは、ニューヨークのマンハッタン島から車で30分ほどのクィーンズ地区にあるコロナパークの一画にあるが、その中にあるインドアテニスコートの施設内に、ベッド約450床が用意され、新型コロナウイルス感染症患者の臨時病院として、4月6日の週から稼働していた。
 また、会場で2番目に収容人数の多いコートであるルイ・アームストロングスタジアムは、食料の配送センターとして使用された。そして、医療従事者や給食を食べられない子供たちに、1日2万5000食の供給サポートをしていた。

 当初、無観客試合でのUSオープン開催の可能性をきわめて低いと見られていた。
「テニスの祭典の精神に本当にそぐわない。無観客試合はまずあり得ないシナリオだと言っておきます」
 こうアメリカテニス協会(USTA)最高経営責任者であるマイク・ドウズ氏は語っていたが、6月17日には一転して無観客での開催へ踏み切った。舌の根の乾かぬうちに、とは、まさにこのことだ。しかも開催できると判断した理由が、ニューヨーク州が全米で5番目に感染症が少ない州(6月17日会見での発表時)で、ニューヨーク州知事からの認可は下りたというアメリカの事情を話しただけで、医学および感染症に関する根拠に欠けるお粗末なものだった。あくまでUSオープン大会事務局の決断ではなく、ニューヨーク衛生管理局の判断だと繰り返し説明するところに、責任の所在をあやふやにしようとしているUSTAの姿勢が透けて見える。

 2020年USオープンの大会規模は、男女シングルスは通常どおり128ドロー、男女ダブルスは32ドロー(本来64ドロー)に縮小され、ダブルスランキングのみでエントリーとなる。予選とミックスダブルスとジュニアは中止。車いすテニスは、最初中止と発表されたが、クレームを受けてから再考され開催となった。コートサーフェスは変更され、2020年からレイコールドというハードコートになる。賞金総額は、2大会合計で6000万ドルが用意されるほか、大会に出場できない選手たちのために660万ドルを男女均等に分けて支払う予定だ。

 最も大事なのは、選手が安全にプレーできることだとしている大会側は、選手とコーチなどの帯同者のためにチャーター機を用意。大会入りも大会後も、チャーター機による移動が実施され、選手側の費用負担はない。
 また、選手らは、ジョン・F・ケネディ空港付近の2つのホテルに滞在する。512室が用意されるが、指定ホテル以外のオプションも認める。ただ、その場合、医師の許可が得られなければ、USオープンの会場には入れない。

 PCR検査に関して、選手は渡米前やニューヨーク到着時はもちろん、大会期間中も定期的に行う。陽性の選手が出た場合は、ホテルに2週間隔離される。大会会場内に入れる人数を制限するため、メディアは現地取材が認められず、入場できるのはホストテレビ局のESPNだけだ。テニスコートに入る人数も減らす。センターコートにあたるアーサー・アッシュスタジアムとルイ・アームストロングスタジアムには線審を置くが、他のコートには、線審を置かないで、ホークアイ(審判を補助するコンピュータ映像処理システム)を使用する。また、ボールパーソンは、アーサー・アッシュスタジアムとルイ・アームストロングスタジアムでは6人、他のコートでは3人となる。

 USTAは、今回USオープンのチケット収入が無くなるため、2020年の営業純利益は80%減収になる見込みだという。選手の安全第一を唱えているものの、やはり大会側は、高額なテレビ放映権料が欲しいのではないかと推察される。

 ニューヨーク州の新規感染者は4月頃と比べれば落ち着いたとはいえ、710人台(7月28日)を記録していて、東京と比べるとやはり多い。内山のように少なからず懐疑的になるのは当然のことで、不安を抱える選手がいる中でのUSオープン開催が本当に妥当なのかどうか疑問をもたざるを得ない。ちなみに、女子テニス世界1位のアシュレイ・バーティ(オーストラリア)は、USオープン欠場を表明した。

 なかば強行とも映るUSオープンの開催は、今後withコロナでの大会開催運営のロールモデルになるかもしれないが、一方で“USオープン・クラスター”を発生させてしまう悪い例になるかもしれない。あるいは、世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)が再陽性になるようなケースも発生するかもしれない。恐ろしいのは、たとえ新規感染者が出ても、大会は続行するつもりだという姿勢で、日本人として正直に言わせてもらえば、正気の沙汰とは思えない。もし死者が出れば、中止にするのだろうか。しかし、それでは遅すぎる。

ワールドワイドな競技性。慎重な判断を

 新型コロナの治療に有効なワクチンと薬が完成していない現時点では、どんなに対策をしても、どんなに検査をしても、どんなに安全だと謳っても、目に見えないウイルスに対して、100%選手の安全が担保されることはないことを肝に銘じるべきだ。

 ワールドプロテニスツアーでは、一国開催のプロ野球やプロサッカーと異なって、多国籍の人間が集い、ワールドワイドな競技性ゆえ、毎週のように国と国、町と町への移動が伴う。
 プロテニスツアーは、ウイルスの封じ込めによって各国の安全が確認され、各国の入国拒否や出入国制限も解除されて、全世界の足並みが揃わなければ、活動再開は現実的ではないと思われたが、結局は勇み足とも見えるような経済再生の論理が優先される形になってしまった。

 そして、プロテニスツアーの運営はいまだに欧米主導型であることが、コロナ禍であからさまになり、アジアはおいてけぼりにされてしまった感が否めない。日本の外務省から発出されている各国に対する感染症危険情報(7月21日付)は、アメリカはもちろん、スペイン、イタリア、そしてフランス、ツアー大会が開催される予定の国はいずれもレベル3の渡航中止勧告となっている。

 この厳しい状況の中で、海外転戦をする選手の安全と無事を願わずにはいられない。ただ、厳しいのは無症状の選手が、“ウイルスの運び屋”になりかねないことで、いくらPCR検査をしても、発症のタイミングがずれてしまうこともあり、防ぎきるのは至難の業だ。

 新型コロナウイルスは、人類に対して国籍や人種などへの差別はないし、身分や貧富などへの区別もない。人間がポジティブになろうがネガティブになろうが、ウイルスはお構いなしだ。一般的に前向きな気持ちでまず前進することが大事だとよく言われ、それは理解できる。だが、それは通常時での話であり、パンデミックが起こっている非常時では必ずしも最良とは言えないのではないだろうか。誰が感染しているかわからない疑心暗鬼が支配する世界では、何よりもまず冷静沈着であるべきで、むしろ慎重になり過ぎても構わないと思う。時には立ち止まって、ウイルス対策やwithコロナで取るべき行動をしっかり見極めるのが賢明だ。

 プロテニス選手たちの活躍を再び見るのは待ち遠しい。だが、選手たちが、金の亡者どもの犠牲になるようなことは決してあってはならない。

神仁司

著者プロフィール 神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。