騒動

 事態判明の状況から前代未聞だった。7月場所7日目の7月25日、幕内土俵入りに前日までは出場していた阿炎の姿がなかった。テレビ中継を見ている人たちも異変に気付く中、くしくも当日のテレビ解説には師匠の錣山親方(元関脇寺尾)が座っていた。放送の中で、錣山親方が「数人のお客さまと会食に出たため、大事を取り本日より休場させます。こういう時期に本当に軽はずみな行動をしてしまい申し訳ありません」と説明して謝罪。関係者によると、東京都内のキャバクラに行っていたという。

 もちろん法律違反ではないが、協会関係者やファンにとっては憤りを覚えても当然のような行為だった。不要不急の外出自粛などの感染対策は、政府による緊急事態宣言が解除された後も相撲界では続いた。一般社会よりもある意味で厳しい制限下にあり、協会員は多大な我慢をしいられた。それもこれも、5月の夏場所が中止となった後で、7月場所を是が非でも開催するという角界の目標があってのことだ。さらに、7月場所中でも、来場者には大声を控えて拍手での応援を推奨したり、入場時の検温やマスク着用を要請したりと、多方面で協力をお願いする立場だった。その協会員自らが接待を伴う「夜の店」に出入り。協会発表によると「〝3密〟状態」の店だったという。コロナ検査では幸い陰性だったものの、感染してしまう可能性を否定できず、他の協会員、このコロナ禍でも足を運んでくれる観客に申し訳が立たないというものだろう。

 責任を痛感したのか、阿炎は7月場所14日目に当たる8月1日に引退届を提出。これを受理しなかった協会は、同6日の理事会で3場所出場停止と50%の報酬減額5カ月の処分を阿炎に下した。6月に結婚を発表したばかりだけに「このご時世で、しかも新婚なのによく何度もそういう店に通えるな」とあきれ顔の親方もいた。

 阿炎の問題行動がことさらクローズアップされたのは、昨今の素行が伏線となった。昨年11月には、仲のいい力士の口に粘着テープを張り、脚や腕を縛る動画を会員制交流サイト(SNS)に投稿した。当人同士にとっては悪ふざけだったというが不謹慎と捉えられ、協会は口頭で厳重注意した。今年2月には、SNS使用などについての協会研修会の後、感想を問われ「聞いていない。寝ていた」と発言をした。報道陣をけむに巻くための冗談交じりの発言とも解釈できるが、一部メディアで取り上げられて問題化。協会から再度、厳重注意を受けた。

 今回を含め、角界で一人前とされる十両以上の関取になって、立て続けに協会からのおしかり。ここまで来ると、指導する師匠の責任を無視できない。角界の特徴の一つに部屋制度がある。師匠と弟子は相撲の技術伝授だけではなく、基本的に寝食を共にして人間教育も兼ねることなどから、親子関係に似ている。師匠のことを「おやじ」と呼ぶ力士が多いのはそのためだ。

 「子は親の鏡」という言葉がある。子どもは親から多大な影響を受けるため、子どもの振る舞いを見れば親の人となりがよく分かるという意味合いで表現される。各親方への印象は、メディア出演時の話し方や現役時代の相撲っぷりなどといったイメージが基になり、世間に根付いている面がある。ただ、そのことと実際に部屋でどういう指導をし、弟子に愛情を注いでいるかは別もの。メディア嫌いで話し方もぶっきらぼうな親方が、部屋ではいつも稽古場に下りて熱心に指導し、加えて弟子のことをきちんとケアしていることで慕われている例は少なくない。第三者には分からない師弟関係の濃度というものがある。

 錣山親方には20%の報酬減額6カ月の処分が科された。「アビ」という呼称は、錣山親方の昔からのあだ名。それをしこ名に与えるのだから阿炎には特段、目をかけていることがうかがい知れる。7月場所7日目のテレビ解説の際に同親方は「ちょっと考えられないですね。彼の行動には」とも口にした。自らの弟子を「彼」と言った点を鑑みるとやや突き放しているきらいがあるが、ここからの立て直しに師弟の真価が問われる。

先走った報道

 一部のスポーツ紙は場所後、事態の推移を1面などで大きく扱った。阿炎から提出された引退届について、6日付朝刊で「理事会で受理される見込み」「仮に出場停止などの処分だったとしても阿炎は引退を決めているという」と書き、どう転んでも引退する流れと言及したメディアもあった。結果的に予見は外れ、引退届は協会が預かったままとなり、受理されずに処分が決定した。もちろん事前に協会理事らに取材したことは想像されるが、1人の関取の進退を報じるに当たっては、慎重の上にも慎重を期すべきだろう。何しろ、1人の人間の人生に関わることだからだ。間違った方向に読者を誘導しながら、翌日紙面にはミスリードに対する訂正文などは見当たらなかった。阿炎の人生を軽々に扱っている印象すら抱かせた。

 2017年に起きた横綱日馬富士による幕内貴ノ岩への傷害事件の際にも、最初に報じた某スポーツ紙に引っ張られるように、各メディアは総じて「ビール瓶で殴打」と断定口調で報じた。ちなみにこの某スポーツ紙は以前から貴ノ岩の師匠である貴乃花親方と関係が深いと言われ、貴乃花に寄り添った報道が多いことで知られている。この事件、ふたを開けてみれば、検察の起訴内容や捜査関係者によると、カラオケのリモコンや平手で殴ったというのが認定事実。「ビール瓶で殴打」との衝撃的な行為は全く認められなかった。それでも、紙面やニュース放送の中で「ビール瓶で殴打との報道は間違っていました」などと謝罪をしたメディアは見当たらなかった。

 このような姿勢が積み重なると、マスメディアへの信頼感が揺らいでいるとの指摘も仕方ないことのように思われる。誤った内容でもひとたび世間に広まれば、イメージの中で既成事実化されてしまう怖れがあり、報道を見聞きする人たちにとっても、報じられる側にとってもマイナス作用が働く。最近は新聞社でもインターネットでの速報や記事の掲載に熱心で、アクセス数を競っている。ある研究によると、SNS上では、正しい情報よりもフェイクニュースの方が拡散するスピードが速いとの結果が出ている。原因については、物珍しさや目新しさに対する人間の欲求があるという。スピードや過激さを求める余り、フライングの情報や誤解を招く記事を流すのは本末転倒。各社ともデジタル報道に力を入れているだけに今後も同様の事態が懸念される。

VictorySportsNews編集部

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