「Friendship and Solidarity Competition」の名を冠した大会を直轄するのは国際体操連盟(FIG)、その会長である渡辺守成氏。国際オリンピック委員会(IOC)委員でもある日本人が主導する異例づくめの競技会になる。10月末には、出場する内村航平の「偽陽性」に翻弄される事態も起きた。大会を開催する意義はどこにあるのか。

内村「偽陽性」。大会は予定通りの開催へ

 NHK朝の連続テレビNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」で「ファーストペンギン」という言葉が広まったのは4年前。ディーン・フジオカ演じる登場人物が頻繁に使うキーワードだった。「ペンギンは最初の一匹が海に飛び込まないと、他のペンギンは飛び込まない」。その習性を当てはめ、リスクを恐れずに外敵が潜む海の中に飛び込むような人物のことを指した。体操界はいま、コロナのリスクの海に飛び込まんとするペンギンになろうとしている。だが、そのリスクはよもやの事態として早々に襲ってきた。荒波に見舞われたのは世界の体操界の顔役である内村だった。

 10月29日だった。午後5時から開かれた日本代表によるオンライン会見でのこと。司会者が「内村選手は体調不良により欠席になりました」と唐突に告げた。具体的な症状については明確な回答は無く、午後6時過ぎに会見は終了した。その45分後、FIGから「緊急記者会見のお知らせ」が届いた。その時点で内村にトラブルが起きたことは明白で、予定の午後7時から30分押して始まった会見での渡辺会長の第一声「残念な報告をすることになりました」でみなが事態を察した。

 語られたのは、28日に行ったPCR検査の結果が29日午後4時半に通知され、「陽性」と診断されたこと。本人は無症状で体温は36度3分。今後は経過観察に入り、再検査などの結果次第で大会に出場するかどうかが決まるということ。「内村が陽性」の報は瞬く間に日本、世界に広まった。

 しかし、事態は一転する。30日の午前中から3カ所でのPCR検査を受けた内村。自覚が無く、また21日の検査では陰性で、それ以降は大会に向けて都内のナショナルトレーニングセンターで実質的な隔離生活に入っていた状況を鑑み、本当に陽性なのかどうか本人も信じられなかったはずだ。それが3カ所での再検査になったのだろう。翌31日の午後、FIGからのリリースに記されていたのは「偽陽性」の言葉。3カ所での検査全てが陰性であり、28日の検査が誤りだったと結論づけた。大会自体は予定通りに開催し、内村も出場すると伝えられた。

大会実現のための「特殊性」

 短い時間で状況が変わり続け、検査の有効性すらも危ういと感じさせる展開だったが、この事態を生んだのは、「『国民目線』、『選手目線』で、『ここまでやるか』という徹底的に過剰なまでの対策を行います」としていたFIGが敷いた異例の体制にほかならない。コロナ禍の中で大会を決行するためには、多くの「特殊性」が必要だったが、3つに分けて列記する。

<開催経緯>

 まず開催に至る動きが異例だった。この大会には2020組織委員会は一切関与していない。渡辺氏は「競技会での入国措置は政府と調整をしている。私どものほうのリクエストは、入国して2週間の隔離があると大会ができない。自国での隔離を持って、入国の隔離とする。調整を続けた上でなんとか承諾を得た。長い月日を重ねて調整していろんな規制を作った中で承諾してもらった」と説明する。そして「調整会議とは別ルートだった」と続けた。調整会議とは、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議」を指す。組織委、国、東京都で構成され、コロナ対策について総合的に検討、調整するための組織で、10月9日に第3回会議が開かれた。9月に開始されたこの動きとはまったく別の所で交渉はスタートしていたという。

 開始は6月。FIGとして独自に「政府」に入国措置の緩和について競技を始めた。外務省が設定していた入国の基準に照らせば、来日させたい3カ国全てが「日本上陸前14日間以内に滞在歴があった者」を入国拒否とする対象国だった。まずこれをクリアするためには「特段の事情」を説明する義務があった。さらに入国を許可されても、「全ての地域からの入国者に対し、当分の間、検疫所長の指定する場所で14日間待機し、国内において公共交通機関を使用しないよう要請」という決まりが障害となった。アスリート、コーチなどの関係者をこの二重の「例外」として承知してもらうための水面下での交渉が続いた。最終的に、大会5日前以降の来日で許可を得た。

 日本国内の第2波の影響で、大会の開催時期はずれ込みながら、国際情勢、国内の感染者の推移なども鑑みながら、慎重に日程を探った。9月下旬にはTBSが「11月に体操の国際大会を開催へ」とニュースを打ったが、情報が出た数時間後にFIG自らが声明で報道を否定。「現段階で確定なものはなく、正式に発表できるものは何もないことを申し上げます。また、コロナ禍の中で 2020東京オリンピックを目指している体操選手たちは様々な思いのなか、社会的にも難しい立場にございます。報道ではロシア、中国、アメリカ、日本の選手にも触れられていますが、未確定な情報による報道が選手達や各国体操界およびスポーツ界に与える影響を考えると、国際体操連盟としては遺憾の意を表明せざるを得ません」と会長名で記した。即時対応について関係者は、「IOCからも懐疑的な声もあった中で進めていたと聞いている。確定情報でない限りハレーションを起こすのを恐れたのでは」と振り返る。6月時点で渡辺氏からは「情報をしっかりコントロールするように」との厳命が飛んでいたという。

<試合形式>

 大会はW杯などFIGが主催する既存の競技会ではなく、この1度のために作られた。参加国は日本、ロシア、中国、米国の4カ国のみ出場選手は各国男女各4人、計8人(米国のみ6人)で、合計30人。出場資格は明確になく、国際大会に出場してきた選手を各国の協会が選出した。日本からは内村航平、萱和磨、ロシアからは世界王者のナゴルニーらの名前はあるが、女子の絶対女王であるバイルス(米国)の名前はなかった。

 個人戦でも国別対抗戦ではなく、各15人で構成される「Friendship(友情)チーム」「Solidarity(絆)チーム」に分かれ、10種目(男子6種目、女子4種目)の総合得点で争われる。最大8人が競技し、上位3名の得点が採用される。つまり、ペンギンになるために創られた「エキシビション」に近い。渡辺氏は「今回は戦うことではなく、コロナ禍でも友情と絆を忘れずに夢を追いかけ続けていることを世界にアピールしたい」と狙いを語った。

<コロナ対策>

 4期に分かれた対策スケジュールはとにかく「検査」の文字で埋まっている。PCR検査は来日2週間前、1週間前、出発前日、来日期間中は毎日行う。通常、毎日の検査の必要性はないが、「過剰」にまで行う。内村の「偽陽性」という診断は、この過程で生まれた。

 移動、宿泊も同様。来日に際してはロシアは民間チャーター機、米国は日本航空の専用便を利用。中国は日本航空の一般旅客便を利用するが、機内では選手を一区画にまとめて隔離に近い状況を確保する。到着後には空港、ホテルは全て特別ルートを確保。国内の移動も公共機関は使用せず、50人乗りのバスを各チームに1台ずつ用意する。「期間中日本人通訳を付け、買い出しなどは通訳を通し日本人スタッフが行います」「ホテルから無断外出しないような警備体制」「国別にフロア貸し切り」「各フロアに選手団ホテル到着から、出発までエレベーター前にて警備員を配置」など、細かく厳しい対策を敷いている。

 試合でもハイタッチや声掛けなどは自粛。すべり止め(炭酸マグネシウム)も、個人ごとに用意し共有することを禁止するなど、その徹底ぶりが目を引く。

今この大会を開催する意義

 以上、とかく「特殊性」が際立つ。そこまでして11月に大会を開くことの意義はあるのか。渡辺氏は説明する。

「コロナにより、深く沈み込んだ世界に少しでも明かりを取り戻したい。スポーツが社会に希望や光、夢を与えること。2020につながるかどうかはコロナの感染状況をみないといけない。しかし、我々はスポーツ人としてできることを精いっぱいやる。結果的に2020の後押しになれば本当にうれしい」

 スポーツの力という抽象的な言葉に価値を見出している文言ではあるが。スポーツという括りであれば、すでに欧米ではプロスポーツも再開しており、根拠としては薄い。むしろ、「2020の後押し」というところが本音だろう。

 IOCの中で渡辺氏の役回りは多い。例えば国際連盟に混乱が続いたボクシング競技では、バッハ会長直々の指名で東京大会の運営を任させるタスクフォースの責任者に選ばれている。IOC委員という立場、FIG会長という立場からすれば、日本開催へ向けた舵取り役をやるのは自分しかいないという使命感があるのは当然だ。会見の最後に口にした包み隠さない決意。「誰かが先陣を切ってやり、閉じている扉がどんどん開いていけばいい。日本の社会がいつまでも鎖国ではいけない」という発言こそが、この大会の動機で、それはFIG会長というよりIOC委員としての決意だろう。

 最後に、この大会が果たして「扉を開く」ことにつながるのか。「この大会を開くための経費はばくだいにかかる。各競技団体が同じような対策を取れるかどうかは疑問」とする声もある。PCRの検査費用だけでも多額で、チャーター機なども用意できる余裕があるかどうか。

「いまは開催基準がない。FIGが基準を作る。体操がやり、エビデンスを作っていき、こういう時はやる、やらないという基準をどこが作るのか。JOC,スポーツ庁など。いまは基準がないので、基準作りのために先走っている。スポーツ庁の長官もいるので、中心にして、国際大会の基準を作ってくれればいい」

 渡辺氏が語る基準作りは意義あることだ。しかし、現在はエビデンスを共有でき、競技できるような各競技団体の横のつながりがないことも事実。東京大会へ向けた「ファーストペンギン」の役割を体操界が担うために海に飛び込んでも、後続が続けるかどうかは簡単な問題ではない。

 そして、何より実際に飛び込もうとする中で起きた「偽陽性」騒動。陽性と1度は判断された際の内村の心理的ダメージはいかほどだっただろうか。安全性を「過剰」に担保しなければ開催できないようなこの時期を選んだことのリスクの1つを目の当たりにし、競技団体がどう「エビデンス」として今後に生かせるのか。懸念と課題を開催前から突きつけられた形となった。

阿部健吾

著者プロフィール 阿部健吾

1981年、東京生まれ。08年に日刊スポーツ新聞社入社。五輪は14年ソチ、16年リオデジャネイロ大会を取材。現在はレスリング、体操、重量挙げ、ボクシングなどを担当。ツイッター:@KengoAbe_nikkan