「昔から同学年の第一線のレベルにいたような人間ではない」

―武岡選手が自分の過去を発信しようと思った経緯を教えて下さい。

武岡:まずは世に出ていない自分の部分を出すのが手っ取り早いと思ったので、今までの人生の流れを一回書き出してみようと思うようになりました。

―どういう人たちに向けて発信したいと考えていますか?

武岡:noteを始めるにあたって特にそういうのはなかったですね。自分の頭の中の整理することも含めて書いてみようっていう感じで、それが誰かに届けばいいなと漠然と思っていました。意外とそういう人生を送っていたんだなとか、見てくれる人が、今は悪い状況でも将来の可能性はあるんだっていうことを、伝えられればいいなと考えています。僕は昔から同学年の第一線のレベルにいたような人間ではないんですよね。同学年でいうと、アキ(家長選手)が小学校から一緒だったんですけど、彼がいわゆる世代のトップだとして、僕は全然その域にいなかったですね。そんな中、ここまで大学を挟んでプロで12年やれているのはありがたいなと思っています。

―noteでも発信されていると思うんですが、改めてサッカーを始められた頃のお話を教えて下さい。

武岡:少年団に入った時が小学4年生なんですけど、そのチームが全然強くはなかったし、人数もかなり少なかったです。練習も週3しかなかったですしね。小学5年生になると同じ小学校にいた子がそのチームを辞めて、同じ世代の子がいなくなってしまったので、一つ上の代を最後にチームが潰れることになったんです。その時に、京都府のトレセンの下の、市のトレセンを受けることになって。それが人生の分岐点だと思っています。その選考会で運良く合格して、京都府の最終選考まで残ったんですよ。その時にアキとか、サガン鳥栖で一緒にプレーした渡邉将基もいましたね。最終的に40人くらい残って、その時に通知書がきたんですよね。名前が太字で下線がひかれていたら強化指定選手かつ遠征メンバーで、太文字の名前の人は強化指定選手で、細字の名前の人は補欠の選手として選ばれたんです。細字の人は二人くらいしかいなかったんですけど、そのうちの一人が僕だったんですよ。そんなこともありながら、6年生になった時に、所属クラブがなくなったので、少年団で教えてくれていた監督が昔所属していたチームにいくことになりました。トレセンに受かっていたので、月曜日はトレセンの練習、水、土、日はチームの練習に行っていました。そのチームにいた時によく覚えているのが、当時のグラウンドはサンガタウンの上にあったので、下を見ればサンガの選手がいました。そこには代表監督の森保一さんやラモスさんもいたと思います。そんな環境の中で練習させてもらっていました。ただ練習はめちゃめちゃキツかったですね。夏休みは休みが三日くらいしかなかったです。毎日朝10時から夜の8時くらいまで毎日練習していて、雷がならない限りどれだけ雨が降っても練習はありました。グラウンドが家から自転車で40分くらいのところだったので、汗だくになりながらマウンテンバイクで通っていました。

「練習は思い出すのも嫌なくらいキツかった」

―そこまできつい練習であれば倒れる選手もいましたか?

武岡:それがいなかったんですよね。練習の初日にも内容に度肝を抜かれました。ただ引くに引けないところまで来ていたので、やるしかなかったですね。当時、京都の中ではアキがいた長岡京SSSが一番強くて、うちのチームはその次に強かったくらいだったので、京都の中ではなかなか強い方でした。その分練習は思い出すのも嫌なくらいキツかったですね。

―どんな練習をされていたのですか?

武岡:グラウンドが小学生のフルコートサイズで取れたんですけど、片方のゴールでシュートを打って、そのゴールを回って反対側のゴールで折り返した後、またシュートを打つっていう練習を20人くらいでずっとやっていました。あとはセットプレーを武器としていたチームだったので、コーナーキックから40点くらい取れるまでやったりとかもしましたし。面白い練習だとキーパーが真上にパントキックをして、そのボールをワンバウンドさせてからお腹でトラップする練習とか、スローインからそのままオーバーヘッドでセンタリングをする練習もありました(笑)。今はもちろんそんな練習はないと思いますけど、当時はそんな練習もありました。

―小学生ながらきつい練習を続けていく中でサッカーを嫌いになっていてもおかしくなかったと思うのですが、どういった環境でしたか?

武岡:簡単に言うと、コーチがものすごく怖くて、11歳にしてはよく辞めなかったなと思います。あまりにも怖かったので、今でもよく覚えています。後に僕がプロに入ったあと、森岡亮太と当時のコーチと3人でご飯を食べたんですけど、コーチも当時は若かったので、「怖い思いもたくさんさせたけど、あの経験が自分にとって生きているよ」っていうふうに言ってくれましたね。当時はただただ怯えていました。それでもやめなかったのは、サッカーが単純に好きだったのと、他にいくクラブがなかったからです。僕に選択肢があればすぐやめていたと思います(笑)。今の小学生は、少年団に入らなくても、個人でスクールに通ったりもできると思いますし。もし辛い環境にいるような人がいれば、色々な選択肢の中からサッカーをやる環境を選べばいいと思います。

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VictorySportsNews編集部

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