アンは1987年8月31日生まれの33歳。今の女子ツアーではベテランと呼ばれる年齢に達しているが、30代になってからの2018年にも年間5勝を挙げて賞金女王に輝くなど実力は健在。永久シードまであと2勝に迫っており、出産後に史上7人目の永久シード選手を目指すことになる。

 2020年から2021年にかけて、女子プロゴルファーの妊娠・出産が話題になる機会が増えている。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年シーズンの実質的な開幕戦となった6月の「アース・モンダミンカップ」は、若林舞衣子の産休明け初戦だった。

 若林は1988年6月9日生まれの32歳。2007年にプロ入会し、2008年「SANKYOレディースオープン」を皮切りにツアー3勝を挙げている。2016年に結婚を発表し、2018年11月に産休制度が適用された。2019年4月に長男を出産し、2020年に産休復帰届を提出。これが受理され、シード選手として復帰した。

 復帰初戦の「アース・モンダミンカップ」を38位タイでフィニッシュした後、復帰2戦目の「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」では2位タイに入った。2020年は13試合に出場してトップ10フィニッシュ3回。獲得賞金2026万4932円で賞金ランキング24位につけている。

 そして2020年9月にはツアー23勝の横峯さくらが所属事務所を通じて第一子の妊娠を発表。出産予定日は2021年2月下旬で、2021年後半のツアー復帰を予定していると報告した。横峯は1985年12月13日生まれで、35歳での出産になる。

 さらに横峯は妊娠7カ月で11月の「TOTOジャパンクラシック」に出場。78人中76位という成績だったが、大会後にブログで「アメリカツアーでお腹が大きくてもプレーしている選手を何人も見て『こんな選択肢もあるんだ!』と私の中で新しい選択肢が芽生えた」と大会出場を決めた理由を語った。

「もしアメリカツアーでプレーせず、その光景を見ていなかったら子どもが欲しいから引退しようと考えていたと思います。子どもかゴルフどちらかを選ばなくてはいけないそう思っていました。(~中略~)きっと3年後、5年後もっと色々な選択肢があると思います。みんなそれぞれ幸せの形は違いますが、幸せに競技に取り組める選択肢が広がることでゴルフが人生の幸せにつながるようになると嬉しいなと思います」(原文ママ)というメッセージが横峯のプレーには込められていた。

「選択」できる競技環境を

 横峯がブログで綴っているように、今の日本ツアーは子どもかゴルフどちらかを選ばなくてはいけないような雰囲気がある。子どもを出産してからツアーに復帰する選手は皆無ではないが、20代のうちはゴルフに専念して賞金をできるだけ稼ぎ、結婚や出産は30歳を過ぎてからでも遅くないという考えが主流になっている。

 だが、20代の選手に妊娠・出産について話を聞くと「先輩たちが30歳を過ぎてから妊活に励んでも子どもができないケースも見ているので、その考えが本当に正しいのかどうか分からない」と複雑な心境を吐露することもある。プロゴルファーになりたくて必死に練習し、プロテストを受けて合格したのだから、今はゴルフを頑張るべきだと思うが、どうしても子どもがほしいのであれば、優先すべきは妊娠・出産ではないかという気持ちもあるという。

 この問題は非常にデリケートで、どちらが正しいとか間違っているという話でもなく、最終的には選手自身が決めることだ。ただ、ツアー全体の雰囲気として「せっかくプロになれたのだから、20代のうちはゴルフに専念して賞金を稼ぎ、賞金が稼げなくても何とか頑張れ」という同調圧力があり、いろんな選択肢があるとは言えない状況なのは事実である。

 日本女子ツアーで出産後に優勝した選手は過去に5人いる。森口祐子、樋口久子、木村敏美、塩谷育代、山岡明美だ。森口は1984年の第一子出産後、通算41勝のうち18勝もの勝利を積み重ねた。樋口は1988年の出産後に2勝を挙げた。木村は1991年に第一子出産後、1993年から2007年の間に10勝。塩谷は1998年に第一子出産後、2001年から2003年の間に3勝。山岡は1975年の出産後にゴルフを始め、1985年にプロ入会。1994年から1998年の間に4勝を挙げている。

 だが、これらの勝利のほとんどが1980~1990年代で、2000年代に入ってからは塩谷の3勝と木村の4勝。2010年代は0勝。直近の勝利が木村の2007年3月の「アコーディア・ゴルフ レディス」で、 “ママさん勝利”からは約14年遠ざかっている。

 もちろん若林が2021年シーズンに勝利を手にする可能性や、横峯が2021年シーズン後半にツアー復帰して勝利を挙げる可能性はある。だが、色々な選択肢の一つとして、20代の選手が妊娠・出産を経てツアーに復帰し、勝利を挙げるというキャリアプランがあってもいい。

 男子メジャーの全米オープンや女子メジャーの全米女子オープンを主催する全米ゴルフ協会(日本ゴルフ協会と同等の組織)は2020年、妊娠または育児によって試合に出場できない場合に適用される産休制度を改定した。全米オープンや全米女子オープンで出場権を得ていた選手が出産を理由に競技ができなくなった場合、その権利を1年間留保できるようにしたのだ。さらに同協会が特別な事情と認めれば最大2年間の産休や育休を取ることができ、しかも妻の出産や育児に携わる男性選手の産休・育休、代理母出産や養子縁組にも制度が適用される。

 ここまで革新的な産休制度を今の日本でいきなり導入するのは難しいかもしれないが、より多くの選手が子どももゴルフも選べる競技環境を整備することは、長い目で見れば女子ツアーが今以上に盛り上がるための布石になる気がする。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。