ワンチャン
大栄翔の取り口は見事だった。初日の朝乃山戦を皮切りに、2日目に貴景勝、3日目に正代と3大関を総なめにした。勢いは止まらず、7日目に関脇隆の勝を破り、小結以上の役力士を全員撃破した。平幕が初日から三役以上に7連勝するのは、1場所15日制が定着した1949年夏場所以降で初の快挙だった。当たってからの迷いのない突き、押し。組んで取る四つ相撲に比べ、とかく好不調の波があると言われる押し相撲だが、大栄翔は連敗しなかった。千秋楽に隠岐の海を一方的に突き出して見事に優勝した。
平幕優勝は元来、番付で役力士より下の前頭が果たすから珍しい出来事であり、面白みもある。頻発しては味わいが希薄なものになりかねない。流れの発端となったのが昨年1月の初場所。幕尻の徳勝龍の制覇だった。それまで優勝候補にも全く挙がらなかった伏兵があれよあれよと白星を重ね、対戦を決める審判部の思い切った取り組み変更も行なわれず、スイスドローを中途半端に守った結果、千秋楽では大関貴景勝を撃破したが時すでに遅し。逆転の突き落としもさえての幕尻優勝劇で、大きなサプライズを巻き起こした。
昨年7月場所を制した照ノ富士は大関経験者でもともと地力はある。これを除けば、ともに勢いに乗って一気に突っ走り、”ワンチャン”で初優勝にたどり着いた。逆に言えば、その流れをはね返すような上位陣がいなかった。一つかみ合えば全力士にチャンスがある状態。初優勝者の誕生も昨年以降3人と”群雄割拠”というよりも”乱世”の表現がふさわしいだろう。番付編成を担う審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)は来場所に向けて横綱陣の奮起に言及し「横綱ここにありという相撲を見せつけてほしい」と願いを口にした。
暗い影
昨年から角界もコロナ禍の影響を受けて逆境にある。昨年3月の春場所は史上初の無観客開催。収益の柱である入場料が入ってこず、日本相撲協会関係者によると、一昨年の同場所比で約10億円の減収となる見通し。5月の夏場所は中止され、1場所約5億円とされるNHKの放映権料も見込めなくなった。7月場所から再開したものの、新型コロナ感染拡大予防の観点から観客数の制限は継続。昨年末の親方衆の集まりでは、2020年度の収支決算について約55億円の大幅赤字になる予定が報告された。
各部屋単位に視点を移してもコロナ禍は手痛い。通常、場所ごとに後援者らを集めて開かれる千秋楽のパーティーは中止。また大阪で開かれた昨年春場所を最後に、地方場所はいずれも東京での開催に変更された。大規模移動によるコロナ感染拡大を防ぐ意味合いのものだが名古屋、大阪、福岡の後援者にとっては年に1度のご当地場所。各地での部屋パーティーもなくなり、ご祝儀などが入らなくなった。
間接的にも暗い影が忍び寄っている。部屋を支援する企業や個人事業主の中には、コロナで業績悪化に追い込まれている例を耳にする。銀行の融資が打ち切られることもあるといい、関係者によると、これまで貸し出しを受けていた地方場所宿舎も打ち切られそうなピンチという話もある。特に独立して年数が浅く、小所帯の部屋への打撃が心配される。
相撲協会には2019年度決算の時点で約380億円の正味財産があり、破綻することはまずない。ただコロナ禍の収束が見通せない中で興行の規模縮小や、地方場所や地方巡業の不存在による普及不足は長い目で見るとマイナス要素であることは明白だ。
救世主
こういうご時世に待望されるのが救世主の登場。両横綱は2人とも現在35歳とベテランの域に達している。昨年11月場所後には横綱審議委員会からは「注意」の決議を受けて奮起を求められるなど、先はそんなに長くなさそうだ。数年前から叫ばれてきた世代交代が、いよいよ待ったなしとなってきた。
ただ現状は、時代を変えようとする主役がいまひとつ定まっていない。昨年、大関に昇進した朝乃山と正代はそろって11月場所を途中休場。その場所を制した貴景勝にしても、優勝は小結時代の2018年九州場所以来と、実に11場所ぶりだった。その後、先場所ではけがで途中休場し、春場所はかど番と一気に苦境。飛躍的に地力を向上させて角界を引っ張るような存在がおらず物足りなさが漂う。
過去を振り返ると、優勝31回を誇った千代の富士は関脇での初優勝から大関を3場所で終え、最高位に昇進。日本中に”ウルフフィーバー”が巻き起こった。暴行問題の責任を取って引退するなど何かとお騒がせだった朝青龍にしても、大関を3場所通過と日の出の勢いで横綱に昇進し、25回の優勝を果たした。いずれも次世代を担うオーラを存分に身にまとい、ファンをくぎ付けにして存在感十分の横綱として君臨していた。
中心人物がいないドラマや映画に趣が欠けるのと同じように、次世代の旗手が決まらない大相撲興行もストーリー性という点で見劣りする。本来なら、両横綱を倒して引導を渡すのが後輩たちの使命。そろそろ誰か頭一つ抜ける力士が出現してこないと、軽くなりつつある優勝の価値と相まって、人気面の懸念が頭をもたげてくる。