感動パンツ開発秘話:アダムとの出会い~メジャー初優勝編

 「ユニクロ」とアダム・スコットとの出会いは2012年秋のこと。アダムの代理人から役員宛てにコンタクトがあり、柳井正会長兼社長に早速報告した。アダムはメジャータイトルこそ獲得していなかったが、実力も、見た目の清潔感もある。「ユニクロ」を象徴するのにふさわしい人物だ。「契約するならアダム・スコットだと思っていた。絶対契約してください!」と柳井社長からゲキが飛ぶ。当時、「ユニクロ」のポロシャツは一般のゴルファーにも着られていたが、ゴルフウェアとして広く認められるところまでは至っていなかった。メジャーでプレーするトップ選手がアンバサダーになれば、「ユニクロ」を着てゴルフをすることがもっと定着し、ビジネスチャンスが広がるだろうとの思いもあった。

 2013年4月、4大メジャー大会の一つ、マスターズ・トーナメントの試合前の公式会見で、サプライズで契約を発表した。「ユニクロ」のロゴ入りのウエアを着てプレーしたアダムは、4日間の激闘の末、プレーオフを制して劇的な勝利を収めた。そのプレーはもちろんのこと、左胸に「ユニクロ」の赤いロゴが入った白いポロシャツの上に、勝者の証であるグリーンジャケットを羽織った歴史的なシーンは、瞬く間に世界に配信された。「柳井社長は持っている(ツイている)」。そう思わずにはいられない、アダムの、そして「ユニクロ」の、見事なメジャー初タイトル獲得劇であった。

感動パンツ開発秘話:綿見え、ウエスト伸び、サラサラドライがポイント

 「感動パンツ」の前身は「ドライストレッチスリムフィットパンツ」で、2014年春に発売された。契約以降、アダム・スコット選手の『ゴルフでも穿けて、そのままレストランにも行ける、エレガントで、ストレッチ性が効いて、吸汗速乾性のある、汎用性の高い新しいトラウザーが欲しい』との要望に応えるために開発した新しいボトムスだ。

 当初、アダムには「ユニクロ」の既製品を着てもらう意向だった。「ゴルフをプレーするには、高価なゴルフウェアでなくてもよいし、勝つことだって出来る。そんな姿を世界中に見せて、ゴルフの民主化に寄与したい」との思いがあったからだ。だが、残念ながら「ユニクロ」には男性用のストレッチの効いたトラウザーがなかった。プロユースに耐えるストレッチパンツの開発は容易ではない。スティーブ・ジョブズも好んで着た「イッセイミヤケ」の元デザイナーで、当時、「ユニクロ」や「イネス」のコラボを手がけていた滝沢直己氏を巻き込み、「ユニクロ」の戦略的パートナーである東レとタッグを組み、素材を選び、アダムに試着してもらい、テキスタイルもシルエットも何度も修正しながらプロトタイプを開発した。

 「ユニクロ」商品本部の田中敦メンズMD部・ウィメンズMD部部長は、「それまで10年近く、『ユニクロ』の定番的なクールビズのパンツとして、センタープレスの入ったドライノータックパンツとドライツータックパンツを夏の主力商品として販売していた。僕らの常識的には、シャツをインして仕事で穿けるのは、綿のように見える綿混パンツであり、その延長線上でフィットやタックを変えるなど工夫をしてきた。だが、アダムが『軽くて、気持ちよくて、すごくいい』と評価したのは、今の原型となるポリエステル100%の試作品だった。ゴルフに特化するならポリエステルはアリ。だが、それだけでは用途や客層が狭くなる」。とくに通常のポリエステルは性質上、光って安見えし、一般ユース、とくにビジネスシーンでは着用しにくいものだ。

 ストレッチ性などの高機能と、コットンのように見える表情をポリエステルで表現することを可能にしたのが、東レから出向している戦略素材チームのメンバーだ。ユニクロに出向中の上陸裕介氏は「糸に秘訣がある。ギラつきにくくて、コットンのような毛羽立った風合いを実現できたのが、この商品の一番の特徴だ」と明かす。何十回も試作し、特殊な後加工を施したタテ糸と、ストレッチ性能を持つ横糸の織物を開発。のちにウールライクな商品も生み出した。大きなアップグレードを2回行い、今も毎年改良中。初代から比べるとよりマットになって、少しやわらかいふくらみのあるタイプに進化している。

 アダムからは「肌離れがいい」「ストレッチ性の伸びもよいがキックバック(戻り)もよい」と評価されたが、彼のリクエストで最も進化したのは、ウエストストレッチ機能だ。生地の幅や型紙の関係で、横ストレッチ生地をタテ使用するためウエスト部分が伸縮しないパンツが一般的だ。けれども、ゴルフのスイング時やグリーンでしゃがむ際には腰に力が入り、締め付けはパフォーマンスにも影響を及ぼすことになる。そこで、ウエスト専用のストレッチ生地を開発・使用し、ウエストが数ミリ伸縮するようにしたところ、アダムからも、お客さまからも好評を得ることに。そこから他のパンツでも同仕様を増やし、ユニクロ全体の商品のクオリティアップにもつながっている。

リピーターの多さに自信。エアリズム、ドライEX超える夏のベストヒット商品に浮上。認知度を高め、着用経験者を増やしたい

 「超速乾、超伸縮、超軽量」の3つのポイントを打ち出してきたが、「サラサラしていて気持ちいい」「持った瞬間に軽い」「夜洗濯して干しても、朝には乾く」「お手入れが簡単」「アイロンいらず」など、顧客の声から、自分たちからはプッシュしていなかった評価ポイントが生まれてきた。お客さまがユニクロ側の想像を超えて、良いところを見出し、改善点のヒントを与えてくれる。そんなお客さまの感覚を、次のシーズンの訴求ポイントとして反映したり、改良している点も、売上げを伸ばすポイントになっている。

 初年度は2990円で数万本を発売したところ、夏商戦を待たずに3月にはほぼ完売するほど人気に。翌15年から3990円に引き上げて完成度を高めたところ、増量したものの完売。16年もアダムが2月のザ・ホンダクラシック、3月のWGCキャデラック選手権と米国ツアーで2連勝したことも後押しになり、足りない状態に。2017年には「感動パンツ」と命名。トラウザー販売No.1へ成長。エアリズムやドライEXなどのメガヒット商品がある中で、夏の商材で売上げ1~2位を争う「最も売れる商品」に発展させた。

 今後の課題は、「感動パンツ」の感動体験を1人でも多くの人々に実感してもらうことだ。他のボトムス商品などに比べても、「感動パンツ」は圧倒的にリピーターが多く、ワンシーズンに4~5本購入される人々もいる。男性は比較的ファッションに保守的なので、一度気に入ったら何度も購入し、浮気をしにくいという特性があるといわれている。購入者数を増加させられれば、売上げはその何倍にも達する可能性がある。「一度穿いたら病みつきになるのが『感動パンツ』の強みだ。商品の認知率を高めることと、とにかく一度穿いてみてもらうことが重要だ」と田中部長。

 着心地が良く、キレイ見えして、イージーケアが可能な感動パンツは、コロナ禍で、リモートワークや在宅学習など家中で過ごす時間が増えるニューノーマルの日常生活の中でも使い勝手が良い。ジャージやスウェットパンツなどに慣れてきた若者層にボトムスの新定番として訴求し、よりカジュアルなシーンでの着用も広めたいところだ。

 昨年、セオリーとのコラボで開発した、ウエストイージーの「感動イージーパンツ」も完売した。「感動ジャケット」も順調だ。「感動パンツ」の素材と、ユーザーにとってうれしいポイントを押さえながら、最近のカジュアルダウンの傾向にも合う、ゆとりのあるテーパードのシルエットで、スニーカーにも合わせやすいような新しい形の商品も発売していく。今年も「ユニクロ×セオリー」が実現し、3月29日から第1弾として、メンズの「感動ジャケット」と、フルレングスとショーツの2型の「感動パンツ」を販売中だ。ウエストがゴムとドローコードで絞れるリラクシングパンツながらも、フロントがボタン仕様のため、きちんと感があるのが特徴。感動の穿き心地の拡散を目指す。

ハイブリッドダウン開発秘話:シーンを超え、サイズの概念を超えていく

 もう1人のグローバルブランドアンバサダーで若きトップアスリートの平野歩夢選手の経験と感性を生かして共同開発してヒットに結びついているのが、「ハイブリッドダウンスノーボードパーカ」だ。

 1998年生まれの平野選手は、スノーボーダーとしてオリンピックでソチ、平昌と2大会連続で銀メダルを獲り、スケートボードでもオリンピックを目指すという、前例のない挑戦をしている若手アスリートだ。服に対するこだわりも強く、最初のプロダクトミーティングの日には、ジャストならSサイズの彼が、3XLの古着のゴルフポロシャツを着こなすなど、自分のスタイルを確立している。スタンダードなサイズ感での提案が多い「ユニクロ」でも、3XL、4XLを選ぶなど、サイズの概念も覆されたという。“Made for All”をコンセプトに、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」を理念に掲げるユニクロにとって、平野選手は唯一無二のパートナーになっている。

 そんな平野選手と「ハイブリッドダウン」のデザインを手がけたのは、松本大介氏だ。スノーボードウエアに対する一番の要望だった「軽さ」の実現に向け、平野選手が必要ないと考えるパーツとして、パウダーガードや裾ゴムなど14個のディテールをなくした。軽さと暖かさと動きやすさの両立のため、暖かさが必要なところにはダウンを、脇や袖下、後ろ腰、フードなどには動きを妨げないように機能性中綿を使用。これが軽くて着やすくて着ぶくれしないキレイなシルエットにつながり、街着でも着られるボードウエアに仕上がった。

 軽くて強度がある素材をベースに、身頃や裏地はナイロン、フードや袖、ショルダー部分などにはポリエステルを使用し、耐久撥水、透湿防水、防風などの機能性を兼ね備えている。ナイロンだけど、合繊の表情にならないように、カジュアルに見える糸を使っているのが特徴だ。

 2019年12月に平野歩夢モデルとして1000着限定でオンラインストアで販売したところ、4時間で完売。一般向けモデルも人気を博した。スッキリした見た目なのにスーツの上からも着られるため、ビジネスシーンでの利用も多く、若年層からシニア層まで“想定外”の売れ方をしている。2020年には秋冬の主力であるダウン系商材のうち、ウルトラライトダウンの勢いを追う、重要商材に浮上している。昨年9年ぶりに復活した世界的ファッションデザイナー、ジル・サンダー氏とのコレボレーションラインである「+J(プラスジェイ)」でもハイブリッドダウンの仕様を採用。素材やシルエットへのこだわりが強いことでも知られているジル・サンダー氏も、平野選手との共同開発から生まれたハイブリッドダウンの服に与えるベネフィットにお墨付きを与えたということになる。

 スケートボードウエアでは、レギュラー商品からビッグサイズを選んで着用中の平野選手。デザインへの興味が深まっており、色調の本などを読み、何百色もの中から1色を選ぶなど、要望もより具体的、かつ、詳細になってきているという。平野選手は東京オリンピックに出場する可能性も大きく、アンバサダーの中でも特に若年層に語り掛けられるパワーを持っている。取り組みの深まりが期待されるところだ。

グローバルブランドアンバサダーとの共同商品開発を拡大

 ユニクログローバルマーケティング部の部長で、スポーツプロジェクトチームを率いる文原徹氏は、「今、私たちは『グローバルブランドアンバサダーとの共同商品開発』を強化しようとしている。グローバルブランドアンバサダーからの知見を受けて、トッププレイヤーが競技という究極の環境でも使えるウエアを共同開発することはもちろんのこと、そこから一般のお客様にも使っていただける“LifeWear”を開発するメカニズムを加速させているところだ。一流のアスリートが求める機能を、日常生活がより良くなり、楽しく着こなせるデザインと、誰もが手に取れる価格でカタチにした新しいスポーツウェアを、LifeWearとして提供していくことが、われわれの取り組みの柱のひとつになる。商品も増やしていきたいし、一般の方々からどういうニーズがどれくらいあるかを汲み取り、企画して世の中に生み出していきたい」と意気込む。


 スウェーデンの代表チームへのユニフォームの提供も行っており、アスリートとの協業やそこから生まれる商品開発をますます活発化させることになる。「今は高性能素材などかつてとは全く異なるレベルに到達している。最新のテクノロジーで、トップレベルのアスリート、アンバサダーから得た見地で、一般の方々の人々の生活をいかに豊かにできるか。より新しいこと、新しい商品を考えている」と自信を見せる。

 アダム・スコット選手のビッグドライブや、平野選手の華麗なジャンプのように、「感動パンツ」と「ハイブリッドダウン」はスポーツシーンとビジネスシーン、日常生活の境界線を軽々と超えてみせた。さらなる着用体験を促す為に、次なるスポーツを起点にしたLifeWearの開発に、果敢に挑戦している。

【PR】錦織圭とユニクロが共に歩んだ10年。既成概念にとらわれなかった両者のこだわり

2010年、初夏のパリ――。 とある日本食レストランの一室で、20歳の若者と、その父親ほど歳の離れた男性が、談笑を交わしながら会食の席を楽しんでいた。 若者の名は、錦織圭。前年に右肘にメスを入れた彼は、復帰後初のグランドスラムとなる全仏オープンを戦うため、パリに滞在中だった。

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テニスの“皇帝”とユニクロが契約できた舞台裏。

2018年7月2日、午後1時8分8秒――。  テニス界のレジェンド、ロジャー・フェデラーがウィンブルドンのセンターコートに足を踏み入れたその直後、1つのニュースが世界を駆けた。   「ユニクロはロジャー・フェデラー選手と、グローバルブランドアンバサダー契約を締結しました」   “テニスの聖地”を謳うセンターコートの芝は、前年優勝者を迎え入れるこの瞬間のため、美しく刈り揃えられている。まだ誰にも踏み荒らされていないその緑の上を、大声援に手を振り歩むフェデラーの純白のウェアには、確かに真紅の“UNIQLO”ロゴが光っていた。

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松下久美

著者プロフィール 松下久美

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表 。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッドなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。