28歳のダスマリナスは33戦30勝(20KO)2敗1分のサウスポー。過去にマイナー王座のIBO(国際ボクシング機構)でチャンピオンになったほか、山中慎介や、井上の弟・拓真のスパーリング・パートナーとして来日経験もあり、実力評価は一定のものがある。バンタム級では長身で、左のパンチに力がある。

 骨のある選手だが、世界初挑戦の相手がモンスター井上だとはツイていない。現地のオッズは井上-3300、ダスマリナス+1200と出ている。これは井上の勝ちに3300ドルを賭けてやっと100ドルの配当になる計算である。逆に、ダスマリナスに100ドルを賭け、万が一その通りの結果になれば2200ドルをゲットできる。これほどオッズが開いていると賭けにもなるまい。

 現に、試合はまだこれからだというのに、井上の場合は早くもダスマリナス戦の後が話題になっている。井上が目標に掲げる「バンタム級4団体王座完全制覇」がどのように進んでいくのか、ということだ。

 もちろん井上が目の前のダスマリナス戦を疎かにすることはない。「ここまでの長身サウスポーは初めてですが、対策はできていますし、サウスポーは苦手ではないので」と井上は語り、2度目のラスベガス戦に向けて準備着々な様子。それはそれとして「今回のモチベーションは、次の試合(対ダスマリナス)にしっかりと勝って、統一戦に向かうこと」とも明らかにしている。いい内容で勝利することこそ、その後の統一戦の機運を高めると言っているのだ。

 では井上が首尾よくモンスター・パフォーマンスを披露したとして、バンタム級戦線はどのように展開していくのか。

4団体統一王者への道のりは

 あらためて5月末日現在のチャンピオンを整理すると、まずWBA(スーパー王座)&IBFが井上。WBC(世界ボクシング評議会)はノニト・ドネア(フィリピン)、WBO(世界ボクシング機構)はジョンリール・カシメロ(フィリピン)、そしてWBAのレギュラー王座にギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)がいる。ちなみにWBAレギュラー王座はスーパー王座の下に置かれるいわば“第2王座”で、チャンピオンの乱立を嫌うボクシングファンから激しく批判されている。井上の標的はあくまで残るWBCとWBOである。

 WBOのカシメロとは、コロナ禍がなければ昨年4月にラスベガスで試合を行うはずだった。しかし本場のリングも例に漏れずシャットダウン。そうこうするうちにカシメロは試合報酬の吊り上げを狙って別の相手を選択し、現在もこのカードはペンディング状態である。

 カシメロが今後井上の対立コーナーに上がれるかは微妙かもしれない。というのもカシメロは今年8月にリゴンドウ戦をクリアせねばならず、これで無冠となる危険もなくはないのだ。五輪2大会連続金メダリストのリゴンドウのスキルは40歳のいまも侮れない。リゴンドウを撃破すれば対井上のステイタスがさらにアップするのも間違いないことだが……。

 当初、井上の相手に最もふさわしいのはスリリングな強打戦が期待できるカシメロだと目されていた。それがここにきてドネアとのリマッチを望む声も高まっている。5月29日(日本時間30日)にカリフォルニアでドネアはWBC王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)を3度倒して38歳にして新チャンピオンとなった。この試合のデキがすばらしかったためだ。

 ドネアといえば、2019年11月に日本で井上と対戦し、歴史に残る名勝負の果てに判定負け。長いキャリアの最後の輝きと思わせたが、ウバーリ戦では圧倒的な強さを見せ、再び井上のライバル王者としてカムバックしてきた。そして、「次のゴールは井上とのリマッチだ。バンタム級の議論の余地がないチャンピオンになる」と堂々と宣言したものだ。

 日本では第1戦が引き分けや論議を呼ぶ判定でもない限りリマッチの声は高まりにくいが、アメリカはそれが盛り上がるカードなら2度3度と組む。ましてや大会場(さいたまスーパーアリーナ)に2万人観衆を集め、2019年の年間最高試合にも選ばれた井上-ドネア戦である。

 親日家のドネアは日本にもファンが多い。復活を遂げたライバルと井上が統一戦で再び対決するというドラマチックな構図は日本であっても歓迎されるだろう。これまた大きな話題になるに違いない。井上-ドネアにはストーリーがある。

 ボクシングが世界4団体時代となって30年以上になるが、同一階級でメジャー4団体のベルトを一度に束ねた選手は数少ない。ただでさえチャンピオン同士の統一戦実現には時間も金もかかる。それが4つの王座となればなおさらである。

 井上自身はダスマリナス戦を無事に終えて「年内にもう1試合、来年春に4団体統一戦」という理想を描いている。カシメロ(orリゴンドウ)とドネアのどちらが先にくるのかはまだ分からないものの、いずれにせよダスマリナス戦を含めて3試合でバンタム級完全制覇を狙うつもりだ。

 これが、井上が2本目のIBFベルトを獲り、決勝でドネアを破って優勝したWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)トーナメントだったら話も早いだろうが、各々プロモーション間の交渉の行く末がいまから気になるところである。


VictorySportsNews編集部