切れる前なら、回復は可能。早めの休養を

ー高校生アスリートが抱える怪我には、どのようなケースが多いのでしょうか?

齋藤琢医師(以下、齋藤):筋腱靭帯と呼ばれる、筋肉と骨の結合部分のトラブルが多いですね。成長期には、身長が伸びると同時に筋肉も伸びます。すると、収縮の幅も伸びるため筋運動のパワーも増していきます。一方、筋肉が付着している骨の成熟は、少し遅れて進みます。そのギャップで痛みが生まれるケースが多いと言われています。

ー連日の部活や、甲子園のような過密日程の試合は、どのような影響を体に与えているのでしょうか。

齋藤:筋収縮のパワーが増していくなか、トレーニングもハードになっていくと、一回ごとの筋肉や関節に与える負担も大きくなります。その日の炎症が回復しきらないうちに、また同じ負担を与え続ければ、当然故障につながりやすくなります。

ー炎症を早く治す治療はありますか?

齋藤:一番は休養です。初期の筋腱靭帯のトラブルは幸いなことに多くの場合は可逆的です。つまり、早めに気づいて休ませてあげることで、元の状態に戻すことができます。しかし一部が切れたり、使いすぎると、柔らかい紐のようだった靭帯が徐々に軟骨のように硬くなっていきます。すると、動かしにくくなったり、ちょっとしたことで痛みが出やすくなってしまうんです。取り返しがつかなくなる前に、休ませることが一番の治療です。

選手も投げたがる。甲子園の過密日程からどう体を守るのか

ー2021年春の選抜甲子園大会は、1選手につき1週間で500球の球数制限が設けられ初めての甲子園大会になりました。この動きをどう感じますか?

齋藤:ルールとして制限をつけることで、選手を怪我から守る一歩になったのではないかと思います。ただ、この500球という数の妥当性は今後も慎重に議論される必要があります。大人より回復が早いとは言え、メジャーリーグよりも多い数の投球を未完成の体がこなすことに変わりはなく、リスクが消えたわけではありません。

ー短期間で優勝校を決めるトーナメント戦という仕組み上の課題もあります。

齋藤:一箇所に集まって一気に試合をするという構造自体が、現代の医学的な常識とかみ合わなくなってきている側面もあると思います。もう一歩踏み込んだ変革を検討することも、選手の保護につながるのではないでしょうか。

ーそうした過酷な環境で戦う選手に、幹細胞治療は有効なのでしょうか?

齋藤:こういう治療があるから無理しても大丈夫という見方が広まることの方が不安です。安いものではありませんから、若い年代からそこまでの治療を必要とする環境だとすれば、環境の方を変えるべきです。

ー選手自身が「投げたい」という意思が強いと、痛みを周囲に伝えないケースもあります。

齋藤:そもそも患者自身に治療への意思がないと、医師としても対応はできません。「甲子園が最後の夢舞台」「自分の将来はプロしかない」ー。そうした意気込みで臨む選手にとっては、休養を選択する余地などないでしょう。本当にそれしか道はないのかと、判断をサポートする大人の存在も必要だと思います。

最低でも中2日。強豪校ほど、休養の重要性を理解

ー医師の観点からは、最低でもどれくらいの休養期間を設けてほしいと考えますか?

齋藤:私は野球の医学に関して特別深い見識をもっているわけではありませんが、3日以上休養期間があればかなりの回復が見込めるはずです。メジャーリーグでは、中4~5日での登板が一般的。10代は回復力が高いことを加味しても、最低でも中2日あれば安全性は高まるのではないでしょうか。試合日程が変更できないのであれば、選手登用でカバーしてほしいところ。強豪校ほど、休養への意識が高いように感じます。もちろん、選手層の厚さを実現できる高校と、そうでないところの差というのは考慮しないといけないのですが。

ー過密日程のなかでも、怪我のリスクを少しでも減らす方法はありますか?

齋藤:基本的ですが、ストレッチは本当に大切です。マイルドな伸張ストレスがかかることによって、腱や靭帯の幹細胞の活性化に繋がり、炎症の治癒が促進されると考えられています。

ー柔軟性が高まるから、怪我をしにくくなるわけではないのですか?

齋藤:競技や怪我の状況にもよりますが、やわらかすぎると逆に怪我をしやすくなる場合もありますね。足首の捻挫をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。また、女性は生理周期で靭帯が伸びやすくなることで、靭帯損傷や断裂のリスクが高まることもわかっています。

ーでは、ストレッチのタイミングとしては試合や練習の後がよさそうですね。

齋藤:そうですね。競技前のウォームアップと競技後のストレッチは目的が異なることを認識し、競技後は低強度でじっくり、長時間を意識して伸ばしてあげてください。他にも、普段と違う競技をすることで、いつもとは違う体の使い方をしてあげることも、幹細胞への刺激につながります。

ー選手自身が怪我のリスクを減らす知識を身につけると同時に、高校スポーツ自体も変わっていく必要を感じます。

齋藤:18歳の時点で完成されていなければプロになれない、もしくはチャンスが狭まるという考えが未だに浸透してしまっている現状が変われば、選手も楽になれるのではないかと思います。実際、プロで活躍している選手の中にも高校時代は無名だったというケースも多いはずです。高校時代の一瞬の輝きよりも将来を、という価値観がより広まればと思います。


 高校球児にとって夢の舞台である甲子園。人生をかけた一戦という意気込みで挑む球児たちに、「将来を見据えた休養」は的外れにすら響くかもしれない。しかしようやく制定された球数制限に、競技人生を救われる者も出てくるはずだ。一球に込める情熱と、観る者の熱狂を冷まさずに、球児を守る方法を模索していくことが、高校スポーツの持続可能性につながっていく。

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小田菜南子