横浜DeNAベイスターズ・川村丈夫投手コーチ(49)の長女、陽菜さん(18)だ。元々面識はなく、池田氏がオーナーを務める有限会社プラスJ宛にメールが届いたのがきっかけ。その背景やスポーツビジネスへの思いを受け、さいたま市内のオフィスで“直撃”に応じることとなった。

 その模様は5月11日付のサンケイスポーツに詳しく掲載されているが、池田氏は「高校生で選手やチームに憧れるのではなく、スポーツビジネスに興味を持つというのは、すごいこと。職種の一つとしてスポーツビジネスの世界が若い人の選択肢に入るようになったのだと思うと、感慨深いですね」と振り返る。

サンケイスポーツ(5月11日付)

 川村さんの父、丈夫氏は1997年から2008年まで横浜ベイスターズで活躍。通算71勝を挙げ、98年のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した名投手だ。現役引退後はスコアラー、球団職員などを経て、今季は1軍投手コーチとして三浦大輔新監督を支えている。

 陽菜さんはその父から、横浜DeNAベイスターズを屈指の人気球団に変貌させた舞台裏やマーケティングの心得などを記した池田氏の著書『空気のつくり方』(幻冬舎)を勧められ、感銘を受けたという。そして、同著を読み込むことで、将来の進路としてスポーツビジネスを強く意識するようになった。

 この本に記されているのは、タイトルの通り、まさに閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムを満員にし、横浜の街の景色を一変させた“池田流改革”の極意だ。球団社長として横浜スタジアムの友好的TOB(株式公開買い付けによる子会社化)に成功し、在任中の5年間で約25億円の赤字を解消して黒字化を実現。観客動員は年間110万人から約200万人まで増えた。横浜スタジアムや野球をきっかけにした地域活性化、地方創生の形は、一つのロールモデルとして、その後のスポーツ、エンターテインメントビジネスに大きな影響を与えている。

 そもそも「スポーツビジネス」「スポーツエンターテインメントビジネス」という言葉が世の中に意識されだしたきっけかの一つに、この池田氏の取り組みがある。高校生が、自身の進路としてその世界に興味を持つという数年前では考えられなかった事態に、池田氏は感じるものがあった様子だ。

座学だけでは分からない。大事なのは「自分で経験すること」

 今回の訪問を受け、池田氏が夢を抱く学生、若者に向けて、強く届けたいメッセージ。それは「自分で経験すること」の重要性だという。陽菜さんが、今回の“特別授業”の中でしばしば口にしたのが、日本のスポーツの課題。「どうすれば日本のスポーツが欧米のように地域に愛され、生活に根付くものになるか」など、今のスポーツ界が抱える問題点についてだった。それに対し、池田氏は「親会社文化」を一例に挙げ、「これからは地域の時代。スポーツを親会社の利益に紐付けるのではなく、地域の発展を考えるようになれば欧米のように変わっていくと思う」と回答した上で、「物事にはそれぞれの正義がある。大局的に悪いところばかり見るより、まず何をしたいかが大切」と強調した。

「アメリカのような形が良いという考え方も、フワッとしたもの。まずは自分がやりたい世界を、一つのスポーツの仕事で実現するのが一番早い。だから、私は親会社文化の中ではできないことを、B3のバスケットチームを自分で手に入れることで実現しようとしているんです。無いものを求めるのではなく、自分でできることに一つずつチャレンジしていく。それしか、方法はないんじゃないかと思います」

 さらに、続けたのは教科書の中、机の上だけではない“リアルな体験”の必要性。「前提として、日本のスポーツにはしがらみ、忖度がある。何で今こういう状態になっているのかは、座学だけでは分からない。結局、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=実務を通した職業教育、人材育成の手法)。大事なのは、自分で経験すること。理想像だけを求めるのではなく、ナマのものを経験しないとアタマでっかちになってしまう。もちろん聞くことも大事ですが、理想像だけを追いかけてもうまくはいかない。スポーツビジネスの世界には、見聞きし、かじっただけで、あたかも専門家のように振る舞う人も多いですが、最終的にOJTに勝るものはないと思います」

 Appleの創業者スティーブ・ジョブズらのように、一般的なビジネスの世界では、企業経営などで結果を出した実例が、書籍や記事として紹介されることも多い。一方で、スポーツビジネスの世界は、まだまだ未開拓。そもそも実際に現場を経験した経営者の絶対数が少なく、机上の理論ばかりを並べているだけの書籍や、大学などの講義も少なくない。

 池田氏は、埼玉・深谷市にある埼玉工業大学の特任客員教授として、スポーツチーム運営の経営論を学生たちに実地体験を通して伝えるという取り組みを行ったが、この講義に多くの学生が集まったのも、それだけ希少な機会であるからあといえるだろう。参加した、ある男子学生は「Bリーグの経営をしている方の話を直接聞き、やり取りできるのは、とても魅力的な時間」と話す。

 さらに、池田氏は「うまくいっている風な会社に入ろうとするのも、やめた方が良い。自分でできることから始めた方が良い。それは、スポーツの世界だけじゃなく、どの業界に行くにしても同じ。その上で、どういう将来像を描くかです」と続けた。

 スポーツによる街づくり、横浜の街に起こったムーブメントを身近に感じてきたからこそ、陽菜さんもスポーツ・エンタメを活かした都市経営やスポーツビジネスを“自分ごと”として捉えられるようになったといえる。一人一人の人生に影響を与えるほどの大きな力が、スポーツ、スポーツビジネスには秘められている。


VictorySportsNews編集部