「アリーナ立川立飛」および「ドーム立川立飛」は、テニスの大坂なおみが2018年9月に全米オープン女子シングルスでグランドスラム初制覇を達成した直後の凱旋試合・東レ パン パシフィック オープンの会場になり、大きな話題になった。例年の会場である有明コロシアム(東京都江東区)が東京オリンピック・パラリンピックに向けて改修工事に入ったことによる代替開催だった。

 これらの施設をオープンさせた立飛ホールディングス代表取締役社長の村山正道氏は、予想以上の反響に喜びの声を口にする。

「アリーナを作った時点では、大坂選手が全米オープンで優勝するとは想定していませんでしたが、優勝直後の東レ パン パシフィック オープンの出場によって立川という街が一気に全国区になりました」

 アリーナはテニスの世界大会の会場になっただけでなく、2017年からバスケットボールBリーグのアルバルク東京のホームアリーナとして使用されており、2017-18シーズンと2018-19シーズンの連覇に大きく貢献した。

「アルバルク東京さんは当時のホームアリーナであった代々木第二体育館が改修工事に入りまして、新しいアリーナを探していたのですが、なかなか見つかりませんでした。そのころ私どもは『3000人収容のアリーナが、ローコスト建設で、工期3カ月でできます』という提案を受け、検討していました。タイミングよくご縁があり、アリーナが完成する前に話が決まりました。ただ、設計段階から元選手の意見や運営する側の意見を取り入れながら必要な設備を全部作りましたので、予算も工期も予定よりオーバーしましたけどね」

 その充実した設備が評判を呼び、2018-19シーズンからはフットサルFリーグの立川・府中アスレティックFCもホームアリーナとして活動を行っている。

 立飛ホールディングスがアリーナを新設したのは、東京オリンピック・パラリンピックに向けて既存の施設が改修工事に入るタイミングを見計らっていた。だが、代替需要だけでこれほどの巨額投資を行えるはずがない。いったい何が狙いだったのか。

「立川の街にはスポーツ施設がほとんどありませんでした。ですから若い人たちは、一流のスポーツに触れるためには都心へ行かなければなりませんでした。でも、若い人が集まらない街に未来はありません。街の活性化にはスポーツが一番だと思っていましたから、地域の皆さんに地元で一流のスポーツに触れてもらうため、スポーツ施設を作ることにしたのです」

 確かにスポーツは若者に人気のコンテンツだが、今の日本は少子高齢化社会に突入しており、若者向けの投資よりも高齢者向けの投資が全国各地で優先されている。その結果、若者は東京23区をはじめとする都市部に集中し、地方都市や郊外都市から離れているのが実情だ。でも、自治体は財源不足で何の手立ても打てない。そこで立飛ホールディングスが一念発起し、立川の街に若者が集まる施設を次々と作り始めた。

「民間企業でこれだけの施設を持っている会社は、たぶん日本中でウチだけだと思いますよ。今の環境下で公的資金が入った施設はなかなか作れませんからね」

タチヒビーチ

若い人たちが都心から来るような街へ

 なぜ立飛ホールディングスは民間企業でありながら、これほどの公共投資を行うのか。それには企業の生い立ちが深く関係している。

 立飛ホールディングスの“立飛”とは、“立川飛行機”の略称である。1924年(大正13年)に飛行機の設計、製作、販売を事業目的として設立された会社が、1930年に工場を立川へ移転し、1936年に立川飛行機株式会社へと商号変更した。

 第二次世界大戦後の1945年に所有不動産の大半をGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収されたが、1977年の全面返還後は不動産賃貸業を中心に事業を展開してきた。

 事業の柱となっていたのは、飛行機の組み立て工場だった建物を物流倉庫として貸し出すビジネスだ。減価償却が終わっている建物なので利益率は極めて高かった。ただ、建物の築年数は70~80年が経過していたため、未来永劫続くビジネスではなかった。

 その不安が現実になったのが2014年2月。立川に記録的な大雪が降り、雪の重みで一部の建物の屋根が崩れ落ちた。これを機に、貸倉庫業を収益の柱にしていた事業形態を抜本的に見直すことになった。そこから街自体の活性化に目を向け始めた。

「それまでは極めて閉鎖的な会社でしたから、地域の人たちにしてみると印象がかなり変わったと思います。でも、私どもは立川市全体の25分の1に相当する約98万平方メートルの土地を所有しておりますから、社会資本財を持っている責任があります」

 その責任を果たすため、スポーツ施設をはじめ、芸術や文化のための施設を次々と新築しているわけだ。その取り組みは加速度的に広がっており、2020年4月には次世代型多機能ホールの「TACHIKAWA STAGE GARDEN(立川ステージガーデン)」も開業。この施設では2021年1月1日に中学横綱と高校横綱を決める「立川立飛 元日相撲」も開催された。

 立飛ホールディングスのスポーツに対する取り組みは、競技場の建設やスポーツイベントの誘致だけでなく、アスリートの支援にまで及んでいる。東京オリンピックにフェンシング女子サーブル日本代表として出場する江村美咲は、2021年4月に日本フェンシング界で初めてプロ宣言を行ったが、彼女と所属契約を締結し、2024年パリオリンピックまで継続的にサポートすることも発表している。

 また、施設利用に関してもスポーツイベントだけにこだわっているわけではない。2019年9月に「アリーナ立川立飛」でeスポーツの「リーグ・オブ・レジェンド」日本代表を決める大会を開催したことをきっかけに、2020年からNTT東日本グループと連携協定を締結して「立川eスポーツプロジェクト」を始動させた。今後はeスポーツを通じた地域活性化という全国的にもあまり例を見ない新たな取り組みを推進していく。

 さらに声優やアーティストのイベント会場としても頻繁に活用されており、スポーツ以外の稼働率を高めることで安定した収益も確保している。

 わずか4~5年の間に立川の街が劇的に変化しているが、今の姿はまだ立飛ホールディングスの描く完成形ではないという。

「2025年の青写真はもう出来上がっています。若い人たちが立川から都心に行くのではなく、都心から立川に来るような街にしたいんです」

 立川の街をしばらく訪れていない人は、この機会にぜひ一度、足を運んでほしい。そして2025年にどんな姿になるのか、想像してみてほしい。近い将来、立川がスポーツを通じた活性化の成功事例として、日本だけでなく世界中から注目を集めるような存在になるかもしれない。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。