女子最高額
全英女子オープンを主催するR&Aが開幕前、賞金総額を580万ドル(約6億4千万円)、優勝賞金を87万ドル(約9600万円)に増やすことを明らかにした。昨年大会よりも総額で130万ドルも一気に増加。6月に開催され、笹生優花がメジャー初制覇を飾った全米女子オープン選手権の550万ドルをも上回り、ロイター通信によると女子史上最高額に到達した。来年は少なくとも100万ドル上乗せし、総額680万ドル以上になる予定。この新型コロナウイルス禍にあって、何とも夢の広がる提示だ。
裏側には冠スポンサーを務める米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の意向があった。同社のザフィーノ社長兼最高経営責任者は声明で「私たちはゴルフにおいてはもちろん、ビジネスでも日常生活においても、女性の味方としての役割を果たすことに尽力しています。賃金の平等を実現するための努力や、活躍する女性の功績にスポットライトを当てることは、こうした取り組みの極めて大事な要素であり、我が社の中核をなす価値観です」と言及。社の方針を具現化したと強調した。
AIGが冠スポンサーになったのが2019年。ちょうど渋野が制覇したときからで、その年の優勝賞金は67万5千ドルだった。来年の680万ドルという額は、AIGがスポンサーになる前の2018年に比べて2倍以上。熱の入れようが如実に表れている。今年の日本選手最高位は古江彩佳で、20位にも6万5279ドル(約720万円)が支払われた。
国際的課題
日本では近年、女子ツアーの隆盛が続き、男子を賞金総額で上回る現象が起きている。世界的には通常、男子の規模の方が大きく、賞金額も高い。ちなみに今年の男子の全英オープンの賞金総額は1150万ドルで、女子とはまだまだ差がある。
スポーツ界に限らず、各種の差別問題への意識はこれまで以上に高まっている。新型コロナウイルス感染拡大によって女性の雇用環境が大きな打撃をこうむったこともあり、男女の賃金格差是正は国際的な課題となっている。例えば米国では3月、バイデン大統領がサッカー女子米国代表のラピノーらをホワイトハウスに招待して、男女同一賃金の実現を訴えるイベントを開催。「世界一のサッカーチームも含め、ほとんどの職場で女性の賃金が男性より低いのが現実だ」と演説した。6月、先進国に新興国を加えた20カ国・地域(G20)の労働相会合では、各国が女性の社会進出や賃金格差解消を目指す政策を推進するとの共同宣言を採択した。
日本は後れを取っている。世界経済フォーラムが公表した2021年の男女格差報告(ジェンダー・ギャップ指数)で、対象の156カ国のうち総合120位と低迷した。賃金格差の面でも指数が悪化し、政府調査によると女性の賃金は男性の74・4%。賃金の安い非正規雇用の過半数が女性という結果だった。
女性の参政権実現など、歴史を振り返ってみても、根付いた社会慣習が変わるには一定の時間を要することが多い。ただ、今回の全英女子オープンのように、目立ちやすいスポーツ界において賞金という具体的な形で表出したことは、今後の潮流へのインパクトが期待される。
母としてシニアとして
日本女子の隆盛は宮里藍さん抜きには語れない。その宮里さんが昔から目標にしていたのがソレンスタム。米ツアー通算72勝、メジャー10勝を重ね、ここ数十年で最も華々しい実績を残した。全英女子の賞金増額と軌を一にするように、今夏は久々に表舞台で脚光を浴びた。2008年に現役引退表明後はジュニア育成の他、アパレルやコース設計など実業界でも活躍。その秘訣が相変わらずのスター性から垣間見えた。
今年2月、13年ぶりに米ツアーに参戦した。そして、昨年10月で50歳になっていたこともあり、7月29日からはシニアのビッグイベント、全米女子シニアオープン選手権に初出場した。しっかりと優勝して貫禄を示し、賞金18万ドル(約2千万円)を獲得した。
夫がキャディーを務め、2人の子どももコースに駆け付けるなど家族の力も後押し。11歳(7月時点)の長女から「ショットを打つときは他のことを何も考えないで」と助言され、10歳の長男から「自分はできると信じることが大事だよ」と励まされたという。ソレンスタムは「子どもたちが言うことをちゃんと聞いているか分からないことがたまにあるけど、2人からの言葉は、私が以前あの子たちに伝えた言葉のような気がする。それが自分に戻ってきた」としみじみ。圧倒的な強さを誇った以前の雰囲気とは違い、母親の表情にもなっていた。
異なる側面での貢献
優勝した次の週末。その姿は日本にあった。今年1月から統括団体の国際ゴルフ連盟(IGF)会長の重責も担っている元女王。8月7日、稲見萌寧が銀メダルを獲得した東京五輪の女子表彰式で、埼玉県霞ケ関CCを訪れた。セレモニーで花束のプレゼンターを務める様子が中継で映し出されると、日本のファンの間でも即座にネット上で話題になるなど、衰えない知名度やオーラを感じさせた。
米ツアーの生涯獲得賞金額は2257万ドル(約25億円)余りで史上1位。賞金女王に8度就く傍ら、米男子ツアーに挑戦したり、ツアーで1ラウンド「59」をマークしたりした。女子のレベルアップに一役買ってきたが、現在は異なる側面で貢献している。家庭人としてあるいは組織の長としても人々を魅了し、レクサスやロレックス、マスターカードなど著名なスポンサーを抱える。偉大な先人のこうした歩みも人々の共感を呼び、女子ゴルフ界のマーケット拡大やステータス向上に着実につながっている。