前回は北島が活躍

 五輪前半に実施され、日本選手団全体にも勢いを付けることが期待されていた。始まってみると、予想外の予選落ちなど厳しい結果が散見され、様相が違った。女子個人メドレーの大橋悠依(イトマン東進)が200mと400mの2冠を達成し、男子200mバタフライでは新鋭の本多灯(アリーナつきみ野SC)が2位に入った。表彰台はこれだけ。入賞の数も9の少なさで、1988年ソウル五輪以来で2桁に届かなかった。くしくも前回東京で実施された1964年の五輪でも銅メダル一つ。またしても自国で開かれるスポーツの祭典で思うような成績を残せなかった。日本水泳連盟は強化体制の見直しに着手する必要がありそうだ。

 一方、低調期には往々にして、新戦力が大きく羽ばたくチャンスを迎えることがある。来年、福岡県福岡市で開催される世界水泳選手権(以下世界水泳)はこうした観点からも興味深い。思えば福岡での最初の世界水泳は2001年7月の第9回大会。名選手イアン・ソープ(オーストラリア)が個人で6個の金メダルを獲得して席巻したこの大会、日本勢で光ったのが18歳の日体大生だった男子平泳ぎの北島康介だった。前年のシドニー五輪では100m4位、200mは予選落ち。そして世界選手権ではその200mで自身の日本記録を1秒も更新して3位に食い込んだ。

 表彰台に立ち「メダルを取ると言って取れなければ、口だけの男になると思った」と喜びを隠さなかった。海外の強豪に交じって好結果を出し、階段を駆け上がる一つの節目となった。その後の飛躍ぶりは多言を要しまい。2004年アテネ五輪から2大会連続で100mと200mの2冠。競泳史に残るスイマーとなった。

ISLからステップアップ

 東京五輪の後、競泳界は早くも動き始めた。高額賞金を争う国際リーグ(ISL)がイタリアのナポリで幕を開け、8月28~29日の第2戦には日本を拠点とするチームも参加した。ISLは世界の強豪が地域別にクラブ単位で分かれ、25mプールの短水路で競う斬新なイベント。ウクライナの富豪によって創設され、賞金総額は7億円以上とされる。会場はきらびやかにライトアップされ、タイム差によってチームに与えられるポイントが変わるなどエンターテインメント性も重視し、ファンを楽しませている。

 日本からは北島氏がゼネラルマネジャー(GM)を務める「東京フロッグキングス」が昨シーズンから参戦。第2戦には大橋の他に、東京五輪では男子400m個人メドレーで金メダル候補に挙がりながら予選落ちした瀬戸大也(TEAM DAIYA)らが出た。瀬戸は200mと400mの個人メドレーなどでトップに就き、チームに貢献した。

 この革新的な大会へ昨季出場し、ステップアップへと結びつけたのが19歳の本多だった。もともと200mバタフライでは2019年世界ジュニア選手権で2位に入った有望株。プライベートな問題で辞退した瀬戸に代わってISLに参加し、世界トップレベルとのレースを経験した。これも足掛かりとなり、今年に入って国内競技会で好タイムを連発。4月の日本選手権で五輪代表入りを決め、本番で一気に表彰台に立った。レース後の会見で「僕が一発ぶちかまして、いい流れをつくりたいと思っていた」とはつらつと話したり、テレビ出演した際に明るく受け答えたりするなど、新たなヒーロー誕生を印象づけた。

異例の3年後へ重要な大会

 「五輪の借りは五輪で返す」―。東京大会で野球を金メダルに導いた稲葉篤紀監督は大会前からこのように意欲を示していた。現役時代に出場した2008年の北京大会はメダルなしの屈辱を味わっていたからこその思いだった。これを競泳陣にも当てはめれば、次は2024年パリが雪辱の舞台となる。東京五輪が新型コロナウイルスの影響で1年延期されたため、通常の「4年に1度」ではなく異例的に「3年に1度」になる。時間が短いゆえに、余計に来年の世界水泳は重要だ。

 大橋や本多の泳ぎっぷりはもちろん、五輪でメダルを逃した選手たちの奮闘も待望される。例えば優勝候補だった男子200m自由形でよもやの予選落ちを喫した松元克央(セントラルスポーツ)、同200m平泳ぎでメダルを有力視されていた佐藤翔馬(東京SC)が当てはまる。もちろん瀬戸の巻き返しも見ものだ。

 また、白血病から驚異的な回復ぶりで復帰した池江璃花子(ルネサンス)は東京五輪でリレー種目のみに出場。もともとの想定のように、パリでのメダル獲得を視野に入れている。

 地の利も期待できる。4大会連続の五輪出場となった東京大会後、現役続行を決断した男子背泳ぎの入江陵介(イトマン東進)は、来年に日本で世界水泳が開催されることが選手を続ける理由の一つと説明していた。新型コロナ禍がそのときまでにどうなっているか流動的で、観客数など未知数ではあるが、入江の心境から推察されるように、選手たちの気持ちの盛り上がりもうかがえる。さわやかな気候の下、風物詩の「博多どんたく港まつり」でにぎわう例年5月の福岡。来年は21年ぶりに世界中からトップスイマーが結集する楽しみな舞台にもなる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事