小祝は優勝前週のオープンウイークに地元の北海道で練習を行った際、「いとこの知り合いの会社が作ってくれたパターを打ってみたらすごくいい感じだったので替えました」と、さっそく実戦投入。すると、初日に6連続バーディを奪うなど8アンダー64のビッグスコアをマークし、3月以来の勝利を手にした。

 そのパターが「ワールドクラフトデザイン」という知名度がほとんどないブランドだったためメディアの質問が殺到。北海道北広島市に本社を構える株式会社ワールド山内が2021年4月に立ち上げたばかりのブランドであることが分かった。

 ワールド山内は1955年に山内鉄工所として創業。モノづくりの技術を北海道から世界に発信したいという思いから1983年にワールド山内へ社名変更した。最新の金属加工技術を駆使した高品質の金属製品をトータルプロデュースする企業として実績を積んできた。

 社長がトップアマであり、本物のパターを作りたいという思いから自社製品の開発を本格化。地元を代表するトップ選手に成長した小祝の活躍をサポートするため、本人のパッティングスタイルを分析した上で最良のモデルを完成させた。

 ビックリするのは、そのお値段。小祝が試合で使用したのとまったく同じ製品はなんと330万円で、一般販売モデルでも最低価格が100万円(税抜)。パター1本の価格としては極めて高額だ。それでも小祝が優勝時に使用したことが知れ渡ると、全国から問い合わせが殺到したという。一部報道によると優勝翌週に約150本の注文が入ったらしい。

1本100万円のパターの価値は

 正直なところ、1本1万円のパターと1本100万円のパターで、カップインの確率が100倍になるなんていうことはあり得ない。しかし、プロの世界はパットの1打が優勝と2位を分けることはよくある。女子の試合で言えば、優勝賞金は賞金総額の18%、2位は8.8%と配分が決まっている。小祝が勝った「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」は賞金総額8000万円なので優勝と2位の差は736万円(この試合は天候不良で競技短縮になったため実際にはそこまでの賞金差はない)、「CAT Ladies2021」は賞金総額6000万円なので優勝と2位の差は552万円になる。小祝は自費でパターを購入したわけではないが、プロなら試合で結果が出れば1試合で元が取れる可能性は十分にある。

 一方、アマチュアは1本100万円のパターでパットが入りまくり、ベストスコアを更新したとしても、それが商品価格に見合った価値であるかどうかを判断するのは本人次第だ。しかも1本100万円のパターを使ったからといって、パットが入りまくるとは限らない。狙ったところに狙った強さで打ち出せるようになるかもしれないが、カップインが確実に保証されるわけではない。

 ゴルフを長年やっている人であれば、パターの値段とカップインの確率が必ずしも比例しないことは経験則として分かっている。それでも1本100万円のパターを購入したいという人は、その商品にカップイン以外の価値を見出していると思われる。

 ゴルフ好きの人は同伴競技者のキャディバッグを見て、「ドライバーは何を使っているの?」とか、「シャフトは何を挿しているの?」とか、クラブ談義に花を咲かせる機会は多い。その際、最も個性を発揮しやすいのがパターである。形状やデザインが特徴的であれば、「そのパターは何を使っているの?」と話のきっかけになるし、小祝が使って優勝した高額パターだというエピソードがあれば、話題が広がる。

 また、パターであれば「触らせて!」「打たせて!」というリクエストにも気軽に応じやすい。ボールを強くヒットするアイテムではないのでヘッドに傷がついたりする心配はほとんどない。

 仕事とプライベートで毎年100ラウンド以上しており、初対面の人とラウンドする機会も多いのであれば、1本100万円のパターを使っていることで自分のことを覚えてもらえる可能性が高まる。そのくらいの金額をパターに投資できる人は、今の日本にはけっこういる。

 その効果が継続的に発揮できるのであれば、パットが入るかどうかはどうでもいいと言ったら語弊があるが、それは二の次なのである。むしろ100万円のパターを使ってもパットが入らなければ、そのこともネタにできるのでオイシイと考えているのだ。

 もちろんパットに本気で悩み、100万円を出してもいいから入るパターが欲しいと思っている人もいるだろうが、残念ながら誰が打っても確実に入るパターなんて、この世に存在しない。プロゴルファーが1日に何時間も練習し、グリーンの傾斜が克明に記されたグリーンブックを見ながら専属キャディと2人がかりでラインを読んでも、入らない日はことごとく入らないのである。練習量も経験値も足りないアマチュアのパットがそんなに簡単に入るわけがない。

 一方で、同伴競技者に自分のことを覚えてもらい、「今日は一日楽しかった」「また一緒に回りたい」と思ってもらうためのきっかけ作りとしてパター1本に100万円を投資するというのは、夜の街で一晩に100万円の豪遊をするなどというお金の使い方よりも、はるかに有意義でおしゃれと言えるだろう。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。