貴重な財源

 発表したのは世界のゴルフ規則を取り仕切っている英国のR&Aと米国ゴルフ協会(USGA)。2月に素案を示し、選手や産業界など多方面からの声を参考にしながら、このほど正式に通達した。

 象徴的な事項の一つは、限度額以内であれば賞金を得られることだ。これまでは750ドル(日本では7万5千円)以内の賞品の受領は認められていたが、いわゆる〝現ナマ〟はご法度(ホールインワン賞を除く)だった。それが来年以降、1000ドル(約11万円)以内であればお金を受け取ることができるようになる。従来はプロのツアーでいくらアマが制覇しようとも一銭も手にできず、その分、優勝賞金は2位のプロに回っていた。

 さらに、スポンサーやエージェントと契約すること、自身の氏名や肖像をあらゆる広告に利用することが解禁されるのも斬新だ。テレビCMなど企業の広告塔になることが可能になり、活躍ぶりやさわやかな立ち振る舞いなどがスポンサーの目に留まれば、プロ顔負けの華を持った若手アマチュアが誕生していくかもしれない。これらの施策に、R&Aのグラント・モイヤー規則ディレクターは声明で「特に、自分たちの可能性を引き出すために金銭的な援助を必要としている現代のエリートアマチュアゴルファーにとっては重要となってくる」と、競技活動の貴重な財源になり得ると説明した。

 確かに、ゴルフといえばお金のかかるイメージが根強い。ドライバーに始まり、アイアンセットにパターといった道具類、ゴルフ場でのプレー代、場所によっては宿泊代など、何かと出費がかさむ。トップアマチュアの場合は規定の範囲内で道具の支給を受けることも可能だが、そこに至るまでが大変。子どもにゴルフに打ち込ませるため、親がプレーを辞める例も少なくない。例えば、女子プロの横峯さくらがアマチュア時代、父親とともにキャンピングカーで全国の試合会場を転々として経費を抑えていたのは有名な話だ。今回の見直しで、好成績を収めたご褒美が、自分で用途を決められる賞金という形になるのは意義深い。

大昔の産物

 現行の規則には、アマチュア資格の目的について「行き過ぎたスポンサーシップや金銭的報償によって生じる圧力から解放することにある」とし「アマチュアゴルファーが金銭的利益よりもゴルフへの挑戦とゴルフの持つ本来の楽しみに専念できることを意図している」とある。

 お金のためではなく、純粋に競技へ打ち込む―。この姿勢自体、美しいことに異論はないが、これまでの規定が大昔の産物だった側面もある。その昔、ゴルフの発祥地とされる英国では、貴族ら上流階級が特権的にスポーツを楽しみ、労働者階級を除外する風習があったと伝えられている。ゴルフのプロはクラブ製作やレッスンなどで生計を立てて、一説によると、生活レベルは高いとは言えなかったという。そのため、裕福なアマチュアがプロのテリトリーを侵してはいけない意味合いで「アマチュア資格」が維持されてきた。

 時代は進み、スポーツ界全体でプロの活躍の場が広がり、巨額の報酬を稼げる夢の職業に発展した。スポーツの祭典、オリンピックでも以前、長いこと出場選手をアマチュアに限定。しかし、旧ソ連など社会主義国は、生活を保障するトップアスリート、いわゆる「ステートアマ」を抱え、競技を仕事にしているも同然だった。それ以外でもアマチュア規定と実態との乖離が進み、1974年に国際オリンピック委員会(IOC)はついに五輪憲章からアマチュアの文言を削除した。東京五輪の野球で金メダルを獲得した日本代表「侍ジャパン」を見ても分かるように、今やプロが五輪でも存在感を示している。 

 ちなみに日本球界にも“アマチュア資格”が存在し、かつてより雪解けが進んでいるがプロとアマの間には壁がある。日本学生野球憲章はプロ経験者の関与を原則的に禁じており、学生野球の指導にはプロ球団退団と、プロとアマチュア双方の研修を受ける資格回復の手続きが必要となっている。

SNSも一役

 今回、ゴルフのアマチュア資格のうち、自身の氏名や肖像をすべての広告に利用すること、スポンサー契約の規制が廃止となった背景として、ツイッターやインスタグラムといったSNSの浸透が見逃せない。R&AとUSGAは2月に案を提示した際、その根拠を説明した。いわく、世界的に広がったSNSを前に、金銭的利益や注目度アップにつながる投稿に関し、認められるものとそうでないものを区別しようとしても現実的には混乱を招くだけで、監視していくことも不可能だと指摘した。その上で今回、トップクラスではないアマチュアについても、スポンサーからの援助を探すための機会を認めることで、さらなる公平性醸成の一助となるとした。

 R&AとUSGAは一連の改定を「ゴルフ規則の近代化」と表現。USGAのクレイグ・ウィンター・シニアディレクターは「今回の更新が、最も高いレベルのアマチュア選手だけではなく、あらゆる年齢や技術レベルで自分たちのホームコースでプレーを楽しむ何百万ものゴルファーにとっても規則を明快にし、アマチュア競技の長期にわたる健全性を確固たるものにするだろう」と胸を張る。

ニュースタンダード下の注目選手

 ルールが変貌を遂げる中、一人の男子アマチュア選手が華々しく頭角を現した。日体大3年の中島啓太。世界アマチュアランキングで1位に座り、今年8月にはアマチュア世界一に贈られる「マコーマックメダル」を受賞。来年の全米オープン選手権と全英オープン選手権のメジャー2大会の出場資格を獲得した。同賞の日本勢受賞は、金谷拓実に続いて2年連続。一昔前では想像しにくかった快挙だ。日本ゴルフ協会ナショナルチームの育成システムがしっかりと実を結んできている証左でもある。

 中島の勢いは加速し、9月下旬のプロツアー、パナソニック・オープンで史上5人目のアマチュア制覇。11月6日までアラブ首長国連邦で行われたアジア太平洋アマチュア選手権をも制し、マスターズ・トーナメントの出場資格もゲットした。東北福祉大時代の2010年に初めてこの大会を制した松山英樹は翌年、マスターズで日本勢初のベストアマに輝いた。今年のマスターズで日本男子初のメジャー優勝を成し遂げた出発点ともなった。松山のたどった道とオーバーラップし、中島は「来年は大きな1年になる。楽しみです」と頼もしい。そんなスター候補に、海外事情に詳しい関係者が「海外からも含めて、中島への注目度は高い」と明かすように、早くもスポンサーなどから熱視線を浴びる。

 賞金受領やスポンサー契約などの解禁。昨今のIOCが批判を浴びているように、規則変更によって拝金主義が蔓延しては元も子もない。それだけにそれぞれのゴルフ団体ごとに独自の規約を設けるなど、適切な運用に向けた措置が考えられる。あるアマチュア関係者は「今回のルール変更で、“ニュースタンダード”が生まれる。うまく活用していけば日本のアマチュアのステータスがもっと上がっていく可能性がある」と話す。中島のさらなる飛躍が待望される2022年。ゴルフ界全体にとっても動きに富んだ年になりそうだ。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事