男女の世界記録保持者が共演、日本勢も大健闘

今大会は男女の世界記録保持者が初参戦して、ともに大会新&国内最高で突っ走った。男子はエリウド・キプチョゲ(ケニア)が2時間2分40秒、女子はブリジット・コスゲイ(ケニア)が2時間16分02秒をマーク。従来の大会記録(男子2時間3分58秒、女子2時間17分45秒)を1分以上も塗り替えたことになる。

エリートレースの模様は海外160の国と地域でライブ中継された。世界記録保持者の快走もあり、世界中に「東京マラソン」の魅力を存分にアピールしたかたちになった。

日本勢も熱いレースを見せた。男子は日本記録保持者の鈴木健吾(富士通)がパフォーマンス日本歴代2位の2時間5分28秒の4位でフィニッシュ。ゴール後のインタビューでは、「昨年、日本記録を出してから1年間、とても苦しかったんですけど、それを今日、乗り越えられたかなと思います」と話すと涙がこぼれた。

女子は東京五輪で8位入賞を果たした一山麻緒(ワコール)と、10000mとハーフマラソンで日本記録を持つ新谷仁美(積水化学)が激突。40㎞手前で新谷を引き離した一山が2時間21分02秒でゴールに飛び込み、夫の鈴木健吾(富士通)に続いて日本人トップ(6位)に輝いた。13年ぶりのマラソンとなった新谷も2時間21分17秒(日本歴代6位)の好タイムで走破。ゴール後、ふたりが抱擁して健闘を称え合ったシーンは感動的だった。

3年ぶりに市民ランナーが出走、参加のための対策を徹底した

今大会は2年ぶりに開催しただけでなく、市民ランナーが3年ぶりに出走したことが大きなトピックになる。「東京がひとつになる日。」というキャッチフレーズで年々人気を高めてきた東京マラソン。コロナ禍で大半のレースが通常開催できなかっただけに、ランナーたちにとっては待ちに待った1日になったはずだ。

今年は「もう一度、東京がひとつになる日。」をテーマに掲げて、市民ランナーも参加できるように万全な対策を講じてきた。ランナーだけでなく、スタッフ、ボランティア、メディアなどすべての関係者が「体調管理アプリ」を事前登録。大会前後の体調をチェックするだけでなく、PCR検査も義務付けられた。

出走者は事前に配布されたPCR検査キットの検体を提出することでアスリートビブス(ナンバーカード)と交換する方式を採用(陽性の場合は参加不可となり、参加費が全額返金され、来年以降の大会に権利移行できる)。重症化リスクの高い65歳以上のランナーには来年以降の出場権を認める代わりに、参加自粛を呼びかけた。もちろん、大会当日は検温も実施された。

従来よりも厳しい参加条件になったが、出場権を持つ約2万5000人のうち1万9188人がスタートラインに並んだ。今回はロッカーや手荷物の預かり場所は設けず、出場者は基本、走る格好で来場。感染症対策を考慮して、給食も各自で準備するかたちをとった。

ランナーのマナー、市民の協力、運営の尽力。

筆者が驚いたのはランナーたちのマナーだ。制限が多いなかでも、レースがスムーズに流れたからだ。スタートは3グループが10~15分おきに走り出すウェーブスタート方式が採用され、スタートライン付近までマスクを着用。走行時は不要だが、マスクは捨てることなく走行時も携帯した。給水は手を消毒してから受け取るなどの感染対策も実施された。

大注目のレースで天候にも恵まれたが、沿道の観衆は従来よりも格段に少なかった。しかも、ほほ全員がマスクを着用したうえで、ランナーたちを温かく見守った。ある監督からは「コロナ禍なので大声での指示ができなかった」という声も聞いたが、大会にかかわるすべての者たちが〝新様式〟を受け入れたかたちだ。

大きな混乱もなく無事に大会が終了したことは、大会側の徹底したコロナ対策と、様々な規制がありながらも楽しく走ることを了承したランナー。そしてコース周辺を生活圏にする市民など、様々な人たちの協力があったからこそ。本当に東京がひとつになったと感じた。

SNSで「#東京マラソン2021」を検索すると、様々な〝声〟が届いている。「東京マラソン、やっぱり最高でした!」などの書き込みとともに笑顔で映っているランナーたち。その投稿を眺めれば、今大会がいかに〝価値〟があったのか理解できるのではないだろうか。

日本のスポーツ界に一石を投じる1日になった

2007年に第1回の東京マラソンが開催されると、日本のマラソンシーンが変わり始めた。各地で参加者1万人を超える大型マラソンが続々と創設。ランニング人気も過熱した。しかし、コロナ禍で多くの大会が延期や中止に追い込まれることになる。ランナーにとっては〝暗黒の時代〟になった。

それでも世界は明るい未来に向けて歩を進めている。米国は2020年4月に導入した屋内でのマスク着用義務について、3月25日をもって終了すると発表した。まだまだ予断を許さない状況は続くが、日本も少しずつ「日常」を取り戻す時期がきているだろう。

そのなかで東京マラソン2021が果たした役割は実に大きい。日本をリードするマラソン大会の成功で、今後は多くの大会が通常開催に近いかたちで行われると予想する。3月6日は日本のスポーツ界を変えるような1日になったといっても過言ではないだろう。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。