「結果を聞いた瞬間は悔しい気持ちがあった。ぎりぎりまでわからなかったが、すぐに素直に受け入れた」(高橋)。「大ちゃんと同じ気持ち。五輪を目指してすごい頑張ってきた。それを自信に臨んだが、(リズムダンスで)転倒もあった。悔しい気持ちが大きいが仕方ない」(村元)。北京五輪と世界選手権の日本代表が発表された翌日だった昨年12月27日夜、2人は1時間にわたる記者会見の冒頭で潔く語った。村元、高橋組と小松原美里、小松原尊組(倉敷FSC)。アイスダンス〝後進国〟とも言える日本では異例だった五輪代表1枠を懸けた熾烈な争いは、最終選考会の全日本選手権までもつれた。今季の国際大会で日本歴代最高得点をマークし、11月のNHK杯では直接対決を制した村元、高橋組が一歩リードしながらも全日本ではリズムダンス(RD)でともに転倒するミスが大きく響き、小松原組が4連覇を達成。日本スケート連盟が示す四つの代表選考基準において村元、高橋組が今季の世界ランキングと国際スケート連盟公認の最高得点、小松原組が全日本最上位と今季を含む3シーズンの世界ランキングで上回るという拮抗した争いの中で選考結果を待った。日本スケート連盟は「両組の競技力が拮抗していた」とした上で最終選考会の結果に重きを置き、五輪代表に小松原組を選出。一方で1月の四大陸選手権(タリン=エストニア)と世界選手権代表に村元、高橋組を選ぶ判断を下した。
2019年9月30日、高橋は「アイスダンスを知れば、自分のスケートの価値観がもっと広がるんじゃないのかなというのが一番にあった」と前代未聞の挑戦を表明。同12月の全日本をシングル最後の大会とし、翌年1月からは米フロリダ州を拠点にマリナ・ズエワ・コーチの下で後々「全くの別競技だった」と振り返るアイスダンスの技術を一から身につけていく決意を示した。ただ、同時期に新型コロナウイルスが全世界にまん延。ズエワ氏からのレッスンを満足いく形で受けることができず、アイスダンサーとしての体作りもままならなかった1季目の演技を見る限り、小松原組との差は大きく、北京五輪代表争いは夢物語に映った。
超進化
それだけに今季の姿はまさに「超進化」だった。ソーラン節や琴の音色が流れる「和」の演目を使ったRDでは衣装から出た筋骨隆々とした上腕が示すようにダイナミックなリフトをこなし、昨季目立ったふらつきはなかった。アイスダンス転向後に続けてきた週3回の厳しい筋力トレーニングの成果がようやく形になり、高橋は「普段の練習でのパフォーマンスが上がってきた。昨季は体力が追いついてなく、自分は駄目なんじゃないかなと思っていた部分が、今季は練習中、やれることも増えてきた」。リフトで体を預ける村元も「安心して体を預けられるようになった」と成長を口にする。
昨季後はオフから米国に渡り、ズエワ氏の下でみっちりとレッスンを受けられたことも大きかった。フリーは昨季と同じバレエ「ラ・バヤデール」を使うが、リフトの難度を上げただけでなく、2人同時に連続でターンするツイズルは手足の動きがシンクロし、アイスダンスの肝となる2人のスケーティングの距離もより近くなった。急カーブを描く2人の成長曲線については「昨シーズンと今シーズンを比べると、自分の中でもあまり考えずに演技できる時が増えてきた。だいぶ2人の世界観というものはつかんでこられた」との高橋の言葉からもうかがうことができた。
五輪は紙一重のところで届かなかったが、初の主要国際大会となった四大陸選手権でいきなりの大仕事をやってのけた。日本勢過去最高の2位。高橋にとっては、過去4度シングルスケーターとして立った表彰台に村元と10年ぶりに上がり「やっとこう世界と戦えるようになったと感じることができた。(昨年11月の)NHK杯でアイスダンサーとしてやっていけるんだと思えるようになって、四大陸でメダルを取るまであっという間だった。シングルの時の表彰台を狙う緊張感を懐かしく思い出しながら、アイスダンサーとしては違った緊張感で戦った。昨季から考えると、表彰台は想像も付かなかった」との言葉に実感がこもった。ただ、満足に浸っているわけではない。続けてこう言葉をつないだ。「シルバーメダリストになったうれしさの反面、100%の演技ができなかった悔しさがすごくあった。そんな自分にびっくりしている自分もいた」。村元も「日本最高成績で2位というのはすごくうれしい。でもまだまだ自分たちができるというのが悔しいという気持ちがまだあるので、自分が思っている以上に世界ともっと上を戦いたいのかなと感じている」とさらなる闘争心をたぎらせた。
だからこそ、シーズンを締めくくる今回の世界選手権は楽しみだ。伸びしろたっぷりの2人が、この2カ月でどんな「超進化」を遂げているのか。その結果は、アイスダンスの後進育成にもつながる。高橋の挑戦をきっかけにアイスダンスへの注目度は一気に増し、国内でも挑戦を志すジュニア世代の選手たちもできていると聞く。競技人口の拡大は2人の夢でもある。「自分自身をきっかけにこんな種目があると知ってもらったんじゃないのかなというものある。五輪選考でどっちにいくんだということでメディアが注目してくれたおかげで、興味を持ってくれる人が増えてくるんじゃないかな」と期待を寄せる。
高橋はアイスダンスの魅力をこう語る。「何も考えずに2人で滑ったときの一体感の気持ち良さはシングルではなかなか体感できない。そこでうまく表現できたりとか、素直に喜ぶ瞬間、分かち合う部分だったり、言い出せばきりがないが、この世界は楽しい」。今月16日に36歳となった。今後については「世界選手権まで精いっぱい頑張って、その後は2人で話し合って、先を考えていきたい。まだ話し合ってないので。落ち着いて決めていきたい」と語り、1年1年が勝負となる年齢だ。だからこそ、貴重な世界選手権という場で、稀代のスケーターが感じた魅力をもう一度届けてもらいたい。