監督交代は受け止めた、ただ永井氏の参画は…

 開幕からなかなか勝てない試合が続いていた。こういう事態に陥れば、監督の首のすげ替えが起こるというのが神戸の歴史。だから、なんとなく…そろそろ…と想定の範囲内だったのか。フロント時代からチームを支え、昨季は3位までチームを押し上げた功労者の途中退場も、ヴィッセルサポーターにとって大きなサプライズでなく、比較的冷静に受け止められていた。

 それよりも永井氏のフロント入りの方に反発が起きている。東京V監督時代のパワハラ行為が日本サッカー協会(JFA)に認定され、3月10日にJリーグの指揮を執ることができる公認S級コーチライセンスの1年間資格停止処分を受けたばかり。早すぎる現場復帰に昨年プロ野球で物議を醸したトレード劇がフラッシュバックした。

 昨夏の東京五輪中断期間中、日本ハムに所属していた中田翔内野手が同僚に暴力行為をふるったとして、球団から無期限出場停止処分を受けた。言語道断の行為で厳しい指弾を受ける中、中田の今後を案じた栗山英樹監督が巨人・原辰徳監督にトレードを持ち掛け、無償トレードが成立。しかし、謝罪会見が移籍先の巨人であったことや、日本ハム球団が問題児を放り出したような形になったことから、プロ野球ファンの猛反発を受けた。贖罪後回しの早すぎるトレードは後味が悪く、球界一の人気球団に移籍した中田はその重圧にも押しつぶされたのか、目立った成績を残せなかった。巨人は後半戦失速して、優勝戦線に絡めなかった。

ルール上は問題ないが、資格停止中でも入閣できるスポーツ界の異常さ

 中田が巨人に移籍したことは野球界のルールブックである、野球協約上問題がなかったように、JFAに指導者ライセンスを停止されている永井氏がJリーグクラブのフロントに入閣することを拒むルールは存在していない。そもそもスポーツダイレクターとはどういった職務なのだろうか。育成のアカデミー部門からトップチームまでを俯瞰し、新人発掘、補強、外国人獲得など、クラブの哲学に沿ってチーム強化にとってのベストを常にさぐり、手を打ち、クラブとすり合わせていく重要な仕事で、ゼネラルマネジャー(GM)のように監督より上の立場といえる。クラブの顔としての対外的な業務もあり、より多くの人間を従え、組織を束ねなければいけない重要なポジションだ。指導者資格が停止中の人間を組織の要諦に据えるという人事は、いくら肝が据わっているヴィッセルサポーターであっても、目を疑う出来事だったといえる。重大事故を起こして免停中のドライバーが自動車教習学校の主任教官として招かれるようなもので、そんな話あるの? と違和感を抱くのは、ごく普通の人間の感覚といっていい。お膝元の兵庫県サッカー協会内でも疑問視する声が出始めているという話も漏れ伝わってくる。地方のサッカー協会は指導現場のパワハラ撲滅に汗を搔いているから、無関心ではいられない。

今回の人事は、コンプライアンス意識の欠如を証明している?

 令和の世の中になり、ハラスメントは細分化されている。よく聞くセクハラ、パワハラにとどまらず、アルハラ(お酒を強要するアルコールハラスメント)アカハラ(大学教授が学生に対するアカデミックハラスメント)、メルハラ(複数が共有する文書やチャットでミスを公開指摘するメールハラスメント)という言葉が生まれたほど。上位者が優先的立場を利用して部下に圧力をかけることに対して厳しい視線が注がれるようになった。それは上位者にその意図がまったくなくても、下位者の受け取り方だけで認定される場合もある。管理職は部下への言い方ひとつ、頼み方ひとつ間違えれば、ハラスメントとして訴えられないかと、常にビクビク。人事部はそういう管理職を作らないように神経質になり、過分なほどのハラスメント研修を実施している。それほどセンシティブな問題である。

 もちろんセカンドチャンスが与えられる世の中であってほしいし、そうあるべきだ。だが、何事もタイミングというものがある。ヴィッセル神戸は現在クラブのトップである楽天グループの総帥、三木谷浩史氏が財政難の神戸市から懇願され、救いの手を差し伸べて、存続した経緯がある。豊富な資金力でイニエスタらを獲得し、サポーターだけでなく、日本のサッカーファンに夢を見せたことに疑いの余地はない。三木谷氏あっての神戸であるが、サポーターのものでもあることも間違いない事実だ。クラブは三木谷氏の推薦もあり、将来的な永井氏の招へい構想を温めていたが、チームの不振で三浦監督を更迭することになり、永井氏の入閣が冷却期間を置けずに大幅に前倒しになった-というところが真相だろうか。楽天グループはカリスマが率いる若者に人気の巨大IT企業でありながら、実は体育会的でトップダウン指令のちゃぶ台返しが日常茶飯事で起こるなんて話もよく聞く。おそらく天の声として降りてきたであろうこの永井氏の入閣話。すんなりとサポーターに受け入れられないのは、コンプライアンス意識の欠如を証明しているということにならないか。中田翔は苦難に満ちたシーズンを終え、騒動から時間が経過したことで、ようやく巨人でプレーすることをファンに受け入れられ始めている。風を読むことは、非常に大切なことである。

セカンドチャンスはあって良い、ただタイミングとプロセスは重要だ

 好例を挙げて話を締めくくりたい。12年ぶりにJ1に昇格した京都の曺貴裁(チョウ・キジェ)監督だ。湘南時代に指導の一部がパワハラと認定され、退団。永井氏のように指導者資格を1年間停止された。研修の一環として大学サッカー部のコーチを務め、学生を相手に指導者としての心構えをリセット。故郷の京都から出直し、J2を1年で勝ち抜き、晴れ舞台に帰ってきた。起こしたことは戻って取り返すことはできないが、時間をかけて反省し、学び直し、再び指揮を執ることになった。長くJ1から遠ざかっていた京都を立て直した曺監督のパワハラ過去を、いまさら持ち出す人はいない。日本のサッカー界はセカンドチャンスを与える寛容なフィールドである。要はそのプロセスが大切ということだろう。近く永井氏による会見を開くかどうか、調整中だという。永井氏の主張にも耳を傾けたい。

 クラブはサポーターがあってのもの。大物選手を多く抱え、アジア・チャンピオンズリーグ制覇を本気で狙い、これだけのビッグクラブになった神戸である。サポーターをモヤモヤさせず、その立ち振る舞いを常にリスペクトされる存在であってほしい。


VictorySportsNews編集部