ベンフィカ(ポルトガル) VS リバプール(イングランド)
欧州最西端の国、ポルトガルのクラブであるベンフィカは1960-61、61-62年シーズンの2度、欧州CLを制した古豪だ。同国史上最高の選手とされるエウゼビオをはじめ、ルイ・コスタら多くの名選手を輩出しており、昨年10月には前任者のルイス・フェリペ・ビエイラ氏が背任などの容疑で逮捕されたことを受け、レジェンドであるルイ・コスタ氏が新会長に就任し、話題を呼んだ。
この会長選を主導したのがファンクラブ会員である「ソシオ」の存在だ。ベンフィカは、全世界に最大20万人のソシオを抱え、その数はギネス・ワールドレコーズに認定されているほど。ポルトガルの人口約1000万人のうち600万人が同クラブのファンとされる。
入場料収入、オンラインカジノを運営するベタノ、アラブ首長国連邦の航空会社エミレーツなどのスポンサー収入が大きいのも、人気クラブであるが故の恩恵だが、そうはいってもポルトガルは人口1000万人の国。日本の10分の1以下の規模にも関わらず、欧州のビッグクラブと互角に渡り合えているのは、その安定した経営に大きな要因がある。
2018-19年に収入が3億ユーロ(約390億円)の大台を初めて突破。コロナ禍の影響が出る前の19-20年シーズンに4170万ユーロ(約54億円)の収益を計上するまで7年連続で黒字となるなど、欧州でも有数の健全経営を実現するクラブとして名を馳せている。
その収益に大きく貢献しているのが、選手の売却益だ。最近では、20年9月にマンチェスター・シティに移籍した際のポルトガル代表DFルベン・ディアスの移籍金が6800万ユーロ(約88億円)。19年7月にアトレティコ・マドリードに移ったポルトガル代表FWジョアン・フェリックスは史上3位の1億2600万ユーロ(約163億円)。現在もウルグアイ代表FWダルウィン・ヌニェスを複数のビッグクラブが狙っており、交渉がまとまれば100億円以上の額になるのは間違いないと欧州各国のメディアで報じられている。
ビエイラ前会長が米経済誌フォーブスに「トレーディングがビジネスの根幹にある」と話しているように、ベンフィカの経営を語る上で、これは無視できない要素となっている。そして、それを可能にしているのが、毎年1000万ユーロ(約13億円)もの大金を投じている充実した育成組織にある。フェリックス、ディアスはともに下部組織出身の生え抜き。下部組織には、ポルトガル各地でスカウティングした有望株を抱え、タレント育成に力を注いでいる。選手の売却益で得た収入を育成につぎ込むことで、両輪を巧みにまわしているわけだ。
一方、リバプールは、米大リーグ、レッドソックスのオーナーであるジョン・ヘンリー氏率いる「フェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)」が10年に買収した“米富豪系”のクラブだ。その経営手法も、米国らしいスポーツエンターテインメントビジネス色が濃いものとなっている。
07年にクラブを買収したトム・ヒックス、ジョージ・ジレットの共同オーナーは経営に失敗。2億3700万ポンドの負債を抱え、破綻寸前にまで追い込まれていた。これを全てFSGが肩代わり。経営再建に乗り出した。
レッドソックスが本拠地フェンウェイパークでしたのと同じように、本拠地アンフィールドを移転・改築ではなく8500席を増設する形でリニューアル。放映権、スポンサー、チケッティングの専門家を集め、分業制を敷くことで各分野の売り上げを大幅に増やした。その結果、10年に1億8450万ポンド(約240億円)だった年間収入は、コロナ禍前の19年に5億3300万ポンド(約692億円)まで増加している。
また、ユルゲン・クロップ監督の招聘にも、データの専門家による分析があったといわれ、補強についてはFSG、マイケル・エドワーズ・スポーツディレクター、クロップ監督の三者協議を絶対としている部分に特徴がある。往年の欧州サッカー界に多かった“全権監督”から一線を画し、GM制が一般的なMLBなどの米スポーツ的手法による経営・運営がチームを常勝軍団に変えている側面もある。その結果が、18-19年の欧州CL制覇、30シーズンぶりとなる19-20年のプレミアリーグ優勝につながっているわけだ。
監査法人デロイトが公表した21-22年版のサッカークラブ長者番付「フットボール・マネー・リーグ」では7位にリバプールが550万4000ユーロ(約716億円)で入っているのに対して、ベンフィカは公表された30位にも入っていない。これは選手の売却益などを除く放映権や入場料などクラブの事業収入が対象になるものであることが大きな要因となっている。
伝統的な「ソシオ」を基盤に選手のやり繰りで戦うベンフィカと、米国流のエンターテインメントビジネスを導入して軌道に乗るリバプール。ちなみに、選手の市場価値(選手市場価値の合計=独移籍情報サイトTransfermarkt参照)で見ると、8強に進出したクラブの8位(全体の35位)がベンフィカで2億6600万ユーロ(約346億円)、リバプールは2位(全体の3位)で8億8900万ユーロ(約1156億円)と3倍以上の差がついている。
『“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「ベンフィカVSリバプール」編』・<了>
第2弾「マンチェスター・シティ VS アトレティコ・マドリード」編へ続く
“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「マンチェスター・シティ VS アトレティコ・マドリード」編
UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など、いずれも経営面に特色を持つチームとあって、今回は“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析する。第2弾は4月5日(日本時間6日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同13日(同14日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「マンチェスター・シティ - アトレティコ・マドリード」の2クラブを取り上げる。