「マッチポイントでエースを取った時には、すごく感動と嬉しさを感じた。一瞬、信じられなかった」(柴原)

 日本女子選手によるローランギャロスでのミックスダブルス優勝は、1997年大会の平木理化以来で、グランドスラム全体では、1999年USオープンでの杉山愛以来の快挙だ。日本テニス史に残る歴史的な出来事に、日本テニス協会の山西健一郎会長と福井烈専務理事は、祝いの言葉を柴原に送った。

「全仏オープン混合ダブルス初優勝おめでとうございます。コールホフ選手とのコンビネーションのみならず、男子選手の強力なサーブとストロークにひるむことなく立ち向かい、攻め続ける姿勢が何より素晴らしかったと思います。さらなる高みを目指す柴原選手の挑戦をこれからも応援していきます」(山西会長)

「柴原選手、全仏オープン混合ダブルス優勝おめでとうございます。日本テニス界にとって待望のビッグニュースとなりました。困難な状況の中、目標に向かって練習、トレーニングに励み、結果をつかみ取る姿に感動し、感服しています。今後ますますの活躍を期待しています」(福井専務理事)

 7歳からテニスを始めた柴原は、アメリカ・カリフォルニアで生まれ育ち、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のテニス部に所属して腕を磨き、ジュニア時代には、2016年USオープン女子ダブルス・ジュニアの部で優勝した。その後、大学を休学して2019年1月にプロへ転向。祖父母に自分が東京オリンピックでプレーする姿を見せたいという思いから、2019年7月に日本国籍を選んだ。

 そして、当時からすでにWTAツアーのダブルスで活躍しており、日本でダブルス第一人者の青山修子にダブルスパートナーになってほしいと懇願し、2019年の夏から一緒にプレーするようになった。

 特に、2021年シーズンでの青山/柴原組の活躍は目覚ましかった。目標にしていた東京オリンピックでは1回戦敗退だったものの、ツアー優勝5回、ウィンブルドンで初のベスト4、ツアー最終戦・WTAファイナルズにも初出場を果たしベスト4に進出した。結局、青山と組んで柴原は、ツアー優勝8回、2022年3月にはWTAダブルスランキング自己最高4位を記録した。

 柴原は身長173cmで、手足の長さを活かしてパワフルなショットを打つことができ、フォアハンドストロークやサーブはスケールの大きさを感じさせるほど強力だ。柴原が、ダブルス後衛から強力なショットを打ち込むと、味方前衛のネットプレーを引き出すチャンスを演出でき、ポイントにつなげやすい。さらに、柴原は、ダブルス前衛での動きも、青山とチームを組んでいる時からどんどん上達していき、機敏な動きでボレーやポーチができるようになり、今回のローランギャロスでのミックスダブルスでも自らがポイントゲッターになる場面が多く見られた。

 最近ではシングルスにもトライしている柴原は、サーブを打つ場面が増えたことを受けて、トレーニングに力を入れフィジカル強化に努めてきたが、それが今回のミックスダブルス優勝という大きな成果につながった。決勝のマッチポイントでは、柴原が、時速154kmのセンターへのサービスエースを決めて、初優勝を勝ち取ったのだった。

 また、ツアーやグランドスラムでの戦いでは、コーチとして父・義康氏、兄・翔平氏、トレーナーとして兄・瑞樹氏の協力が得られたことも大きかった。

柴原の初優勝の価値を適切に伝えられないジレンマ。日本で、「ユニバーサルアクセス権」は確保できないのか

 柴原のローランギャロス・ミックスダブルスでのグランドスラム初制覇から一夜明け、おそらく多くの日本のテニスファンは、「おや!?」と首をかしげたのではないだろうか。柴原関連のニュースが少ない、あまり目につかない、と。

 テレビ朝日が、オンラインによる柴原のインタビューを行いニュースとして扱っていたが、その他は特集を組むのではなく、他のニュースと同列の扱いで伝えられる形だった。また、一般新聞は無理にしても、せめてスポーツ新聞ではという期待ははかなくも裏切られ、一面に掲載されることもなかった。

 テレビ関係者によれば、ニュース映像の使用料が高いという話も耳に入って来るが、そこはケチるところではないでしょうと突っ込みを入れたくもなる。

 だが、ここ数十年にわたって、スポーツコンテンツの権利金の高騰は続き、地上波テレビも衛星放送も、高い放映権料が、番組の製作にあたって大きな問題になり続けていると言われている。BS波の衛星放送であるWOWOWが、ローランギャロスをカバーし連日試合を届けていたが、地上波テレビでのニュースの取り扱いが少ないと、一般視聴者への大会開催の認知度を上げられず、どうしても盛り上がりに欠けてしまう部分が生じてしまう。

 スポーツは誰もが自由に楽しめるものであるべきで、特定の金を払った人だけが楽しめるのは不平等だ、という考え方があり、「ユニバーサルアクセス権」といわれ、視聴者の誰もが保有すべきものだと考えられている。過去にはイギリスやオーストラリアでは、有料放送による人気スポーツの独占放送を禁止する法律が作られたこともあった。

 近年では、「ユニバーサルアクセス権」がないがしろにされ、依然としてスポーツコンテンツの放映権料の高騰は続き、放送局による争奪戦も過酷になり、本当にスポーツを見たい視聴者が置いてきぼりにされてしまっている部分があることは否めない。最近では、ワールドカップサッカー予選で、日本代表のアウェーの試合が、インターネット動画配信サービスのDAZN独占となり、地上波テレビで視聴できなくなってしまい話題にもなった。日本では人気の男子サッカーであるのにもかかわらず、偶発的にスポーツを見るチャンスが減り、本当にこれでいいのかと考えさせられる出来事となった。「ユニバーサルアクセス権」を確保するために、日本でも21世紀に見合った法整備を国主導ですべきなのかもしれない。

 テニスをニュースにするかどうかは、各地上波テレビ放送局の判断に委ねられるが、ジャーナリズムの観点から言えば、柴原のグランドスラム初優勝は適切に報道されるべき話題であったと考える。だが、残念なことに日本で、柴原の初優勝の価値が適切に伝えられたとはどうしても思えなかった。

 ローランギャロスで優勝することは、フランスや日本だけでなく、全世界のテニス史に名を残したことを意味し、実に価値が高く評価されるべきことだ。これまでスポーツ界において、世界の歴史に名を刻んだ日本人がどれだけいただろうか。

 2010年代に、錦織圭や大坂なおみが、日本選手前人未到であったワールドプロテニスのトップレベルで活躍したおかげで、日本でもテニスにスポットライトが当たるようにはなったが、依然としてテニスが、日本国内ではまだまだマイナーなスポーツであることを再認識させられる形になってしまった。

 大谷翔平が打った、打たないと、毎日ご丁寧に地上波テレビでは、メジャーリーグ野球の試合をニュースにしているが、2022年になっても、いまだに野球なら誰もが関心あるでしょうという時代錯誤あるいは多様化時代に対応できていない、押し売りのような伝え方には辟易とさせられる。テレビ各局が、まるで申し合わせたかのように同じネタ、同じスポーツニュースを扱い、差別化ができていないことにも疑問を感じる。

 ハードは加速度的に進歩しているのにもかかわらず、見たいソフトが思うように見られないという矛盾が起こるようになってきた21世紀。大会や企業の商業主義に基づいた利潤追求が幅を利かせ、ジャーナリズムは死に絶える寒い時代になってしまうのだろうか。「見たい」と「見せたい」の完全なる需給の一致を、21世紀における日本のメディアが実現することはもうあり得ないのだろうか―。

 「今日の優勝はとてもスペシャルなので、今後、ダブルスでもシングルスでも、この経験のおかげですごく自信を持ちたいと思います」と柴原は、今後ミックスダブルスだけではなく、女子ダブルスでもグランドスラム優勝ができる可能性を秘めている。もし、再び柴原が、グランドスラム制覇を成し遂げる時は、彼女の偉業とグランドスラム優勝の価値を、より適切に日本のメディアが国民に伝えられる時代になっていてほしいと切に願う。

神仁司

著者プロフィール 神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。