前がかるアルバレス

 試合前から気合を前面に出しているのがアルバレスだ。5月下旬に試合開催が正式発表された後、複数の場所で実施された記者会見では敵意をむき出しにし、過激な発言を繰り返した。ゴロフキンについて「彼はいつも人前ではいい人ぶっているけど、本当はろくでもない人間だ」と人格までをも攻撃。ボクシングでは相手の動揺を誘ったり、注目度を高めたりする狙いを込め、戦前に相手をののしる〝トラッシュトーク〟が見受けられるが、いつも以上にかみついている。ゴロフキンは紳士的として知られている。4月の一戦でも、健闘をたたえて試合後に自身のガウンを村田に贈ったり、相手の体を心配するコメントを連発したりとジェントルマンぶりを発揮。日本のファンからすれば余計にアルバレスの挑発に前がかり感を抱く。

 理由は想像できる。アルバレスは5月、スーパーミドル級より1階級重いライトヘビー級で試合に挑み、ドミトリー・ビボル(ロシア)にいいところなく判定負けし、9年ぶりの黒星を喫した。戦績は61戦57勝(39KO)2敗2分け。ライトヘビー級はかつて世界タイトルを獲得して4階級制覇を成し遂げた階級だが、この2敗目によりPFPトップの座から転落した。それゆえに今回で名誉挽回を狙い、ライバル視される相手に勝つことで敗戦のイメージを払拭し、強さを誇示する必要がある。それも闘う前から自らを大きく見せるべく、ゴロフキンをこき下ろしているように映る。

 これまでの2戦はミドル級で実施されてアルバレスの1勝1分けだが、ゴロフキンの1勝1分けと見る向きも少なくない。引き分けた2017年の初戦はゴロフキン勝利の声が根強く、アルバレスのドーピング違反によって一度延期された後に実施された2018年の再戦は2―0(ジャッジ3人のうち1人はドロー、2人が115―113)と僅差の判定。ゴロフキンにとってはプロ初黒星となった。ともに会場がヒスパニック系のファンが多いラスベガスで、アルバレス有利の判定が出やすいとされることも物議を醸した要因。これまでゴロフキン側から第3戦を避けていると指摘されてきたこともあり、アルバレスは「彼の現役生活を終わらせることが目標だ」と息巻いている。

最高傑作

 古代ギリシャ演劇に始まり、現代では音楽、小説、映画、ミュージカル、はたまた落語など、さまざまな分野で「三部作」と呼ばれるものに特別な響きがある。例えば小説では夏目漱石の「三四郎」「それから」「門」の前期三部作、映画では「時をかける少女」など大林宣彦監督の「尾道三部作」などが有名だ。ボクシングの世界で同じ相手と3度拳を交えることは、最終決着を期待される意味合いが濃いだけに、注目度も飛躍的にアップする傾向にある。過去にはヘビー級のムハマド・アリとジョー・フレージャー(ともに米国)の名勝負などがある。ヘビー級に負けず劣らず世界的に人気のあるミドル級及びスーパーミドル級では、アルバレスとゴロフキンの「trilogy」は最高傑作と言っても過言ではない。

 世界から集める関心の高さに比例するかのように、両者が手にする金銭も大きく増えそうだ。海外メディアによると、第2戦のアルバレスのファイトマネーは基本が500万㌦で視聴ごとに課金のペイ・パー・ビュー(PPV)から発生する報酬が4千万㌦で合わせて4500万㌦と試算された。それが今回、基本が1千万㌦でPPV分が5500万㌦の合計6500万㌦(約93億円)にはね上がるともいわれる。ゴロフキンの取り分は基本800万㌦、PPV分3500万㌦の合計4300万㌦。ちなみに日本を含め、世界の多くの国・地域では有料映像配信サービスのDAZN(ダゾーン)で観戦できる。

 そんな両雄だけに、試合前の告知やプロモーションからスペシャルな雰囲気に満ちている。象徴的だったのが6月下旬。記者会見も実施したニューヨークで、米大リーグのヤンキースの本拠地、ヤンキースタジアムに2人そろって登場し、始球式に臨んだ。自分たちの試合期日にちなみ「9」と「17」の背番号入りのユニホーム姿で無事に白球を投げ込んだ後、何とホームベース付近で顔を至近距離まで近づけてにらみ合う「フェースオフ」を敢行。野球場での異様な光景に歓声やどよめきが起きた。高い知名度を誇るこの2人だからこそ許されたイベントだろう。

村田の言葉

 ゴロフキンにとっては待ちに待った一戦だ。4年前に自身が8年以上も王座を守ってきた階級で納得のいかない負けとなったため、アルバレスとの3度目の顔合わせをずっと望んできた。今年ようやく話がまとまったが、交渉の主導権は相手側にあり、勝敗の予想ではアルバレス優位が大勢を占めている。理由にはまず体重が挙げられる。今回はアルバレスがチャンピオンに座り「自分のベストの階級だ」と豪語しているスーパーミドル級(76・20㌔以下)での試合。ミドル級(72・57㌔以下)が主戦場のゴロフキンにとっては未知の世界となる。

 年齢的にも32歳のアルバレスに対して、ゴロフキンは40歳。かつてPFP1位に君臨し、ミドル級で17連続KOでの世界タイトル防衛と歴代屈指の強さを誇っていたとしても、陰りが出てきて不思議ではない。事実、村田戦では序盤にボディーを打たれて嫌がる反応を示した。本人は「年齢は大きな問題ではない。階級を上げて闘うことはみんなやっているし、自分にとってもいい経験になる。相手がいいボディーショットを持っているのは分かっている。ただ自分は今、とてもいいコンディションだ」と言ってのけるものの、ボクシングは相手あってのものだけに不安は拭えない。

 しかも会場は三たび、ラスベガスのTモバイル・アリーナ。判定にもつれ込めば不利ということを織り込んでも実現にこぎ着けたのは執念ともいえるが、現実的に明らかに差をつけないとアルバレスにポイントが流れることを覚悟しなければならない。
また、ゴロフキンといえば350戦をこなしたアマチュア時代を含め、一度もダウンを喫していないことでも知られており、この神話が続くのかにも注目だ。救いとなる言葉がある。4月に闘った後の村田の発言だ。いわく「右ストレートが強く当たる距離で打っているけど、いなされてずれる。右の感覚が合わなかった」。ゴロフキンの防御能力の高さを言い当てている。実際に相対した選手にしか分からない卓越した技術も生かし、プロで44戦42勝(37KO)1敗1分け。ここまで一度もダウンせず、確固たる地位を築いた由縁でもある。

 三部作はゴロフキンの〝悲劇〟で終わってしまうのか。それとも、どんでん返しのハッピーエンドが待っているのか。物語の最終章は、世界のミドル級及びスーパーミドル級戦線にとって一つの節目になるのはもちろん、両者にとっては人生最大のファイトの一つになる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事