PGAも熱視線

 世界最高峰と称される米男子のPGAツアーの公式サイト上に今年4月、1本の動画がアップされた。題名は「ライジングサン」にちなみ「Rising Sons」。2021年にメジャーのマスターズ・トーナメントを制した松山を軸に据え、年下の金谷拓実、中島啓太らのインタビューも交えながら、各選手の成長の礎となったNT、特に男子を紹介する13分程の特集だった。飛躍の立役者となったオーストラリア在住のガレス・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)によるオンライン指導や合宿の様子を紹介。データに基づいた科学的解析などで選手に適したプログラムを用いる傍ら、「先輩後輩」の文化によって年上の背中を追って下の世代も成長していく日本特有の事情があると称賛している。

 関係者によると、動画はPGAツアーのスタッフが制作。日本ゴルフツアー機構の青木功会長やJGAスタッフの取材を敢行する熱の入れようだった。英語のナレーションには「日本の才能ある選手たちが次々と誕生していきます」と入っており、まるで蟬川の快挙を予言するかのようだった。ここまで来るには、JGA職員で長くNTに携わっている内田愛次郎氏を中心に、過去数十年にわたって各国の強化体制のリサーチをして試行錯誤を重ねたり、自前で日本のアマチュアランキングのシステムを立ち上げたり、米国の施設を研究に行ったりと、表には出てきにくいスタッフの努力の積み重ねがあった。

 現在の女子の第一人者、畑岡奈紗もNT出身。2016年には女子ナンバーワンを争う日本女子オープン選手権をアマチュアとして初めて制した。翌年から主戦場を米女子ツアーに移し、今年4月の優勝を含めて早くも通算6勝を重ねているが、現在でもNTへのコミットを続ける。実は今年も5月、シーズン中に一時帰国し、宮崎県で実施されたNTの合宿に参加。自身の調整に励むとともに後輩たちに経験も伝授した。10月に日本ツアーへ参戦した際「男女ともに世界で通用する選手がどんどん出てきている。中島くんとか金谷くんとか蟬川くんも。下の子たちが育ってきているのはうれしい」とNTとしての一体感を口にした。

多彩な企業支援

 選手の躍進とともに、経済的なバックアップも加速度的に整ってきている。NTのスポンサーにはゴルフ用具メーカーはもちろん、他にも多彩な企業が名を連ねている。どれもが競技力向上を重視している狙いが明確となっている。

 例えばオーラルケア製品などのメーカー「サンスター」。スポーツ選手は競技中に力を出すときに歯を食いしばるため、口腔状態のメンテナンスは大切とされる。同社によると、姿勢を安定させて集中を求められるゴルフの選手は、一般人に比べて約3倍もかむ力が強く、健康な歯は不可欠。NTでは歯科検診をしたり講習したりしている。

 青果物の生産、加工、販売などを手がけ、バナナなどでおなじみの「ドール」とは昨年から3年契約を結んだ。1ラウンドに通常4~5時間要するゴルフでは、プレー中の栄養や水分摂取も必要で、果物を口にするプレーヤーも少なくない。ジョーンズHCは「プレー時間が長いゴルフというスポーツで、選手たちが最高のパフォーマンスを見せるためには、適切なタイミングで効果的な栄養補給が不可欠です。ご提供いただく商品が、選手たちの支えになってくれることは間違いなく、サポートに感謝いたします」とコメントした。

 最近では今年7月に寝具メーカー「エアウィーヴ」との契約が発表された。睡眠の重要性は社会的にも広く見直されている。同社の高岡本州会長兼社長は談話で「JGAナショナルチームの皆さまの睡眠をサポートできますことを、大変光栄に思います。自分の体形に合った寝具を使っていただくことで選手の皆さまの睡眠の質が上がり、更なるパフォーマンスの向上に貢献できましたら幸甚に存じます」と提携を喜んでいた。

 プロ転向前に中島が挑んだ今年のマスターズ・トーナメントに、調理師を含めてスタッフが同行してJGAがサポートハウスを用意する新機軸も実現。資金面でもNT関連への注力が増していることがうかがえる。今後、巣立った人材を含めてNT選手がさらに好成績を残していけば組織のPRにつながり、スポンサーとの〝ウィンウィン〟の関係構築に追い風が吹くことが予想される。

世界基準

 プロの試合でアマチュアが優勝した場合、賞金は2位のプロ選手に行き渡ることとなっている。蟬川はアマチュアとしてレギュラーツアーで初めて2勝の偉業も成し遂げた。9月のパナソニック・オープンの優勝賞金2千万円、日本オープンが4200万円で合計6200万円稼げたことになる。半面、得たものも大きい。プロ転向したことで、日本オープン優勝で獲得した5年シードを行使し、2027年までの日本ツアー出場資格を確保した。これにより、海外への参戦を含め、より柔軟性を持ったスケジューリングが可能になった。

 NTでは男女の世界アマチュア選手権はじめとする国際試合参戦や英会話の講習などを通じ世界で戦う姿勢が育まれる。蟬川の名前はタイガー・ウッズ(米国)に由来しており、まさに申し子。将来の目標に「メジャー大会を全て制覇すること」を掲げている。蟬川と同学年で、やはりアマ時代にプロツアー制覇の実績を持つ中島も同様だ。関係者によると、競技人生に役立つ勉強もできるようにと日体大に進み、トレーニングにも熱心。これがアマチュア世界一に贈られる「マコーマックメダル」の2年連続受賞という初の快挙につながった。ウッズと同じ海外のマネジメント会社と契約し、ワールドワイドの活躍を期している。

 女子では12月の米ツアー最終予選会に挑戦する一人にNT経験者の西村優菜がいる。蟬川とは同学年で同じ関西出身ということもあり「小学生の時から知っている。本当にすごいですよね」と飛躍ぶりに刺激を受けている。身長150㌢と小柄ながら正確なプレーが持ち味で昨季の日本ツアー賞金ランキング5位。JGA関係者によると、NT在籍時からプレーする上での〝頭脳〟が光っており、現在もトーナメント時にヤーデージブックにデータを書き込む姿が目立つ。大会が進んでいくごとに情報が蓄積され、最終ラウンドの好スコアへの流れができやすいといえる。8月14日終了の全米女子アマチュア選手権で日本勢37年ぶりの制覇を遂げた馬場咲希は8月1日付で追加選考され、現在はNTの一員だ。各選手がNTで長所を伸ばして世界に羽ばたき、後に人気面でも還元―。日本ゴルフ界活性化のために存在意義が極めて大きな集団となった。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事