メダルラッシュが期待される中でも最も注目が集まるのは、初優勝を狙う宇野昌磨(トヨタ自動車)だろう。圧倒的な実力と人気で一時代を築いた羽生結弦さんがプロに転向し、北京冬季五輪王者のネーサン・チェン(米国)は学業に集中するために今季休養。3月の世界選手権を初制覇し、新時代の旗手としての活躍が期待される立場となった。本人も「若い選手たちのお手本になっていきたい」と気概は十分。ファイナルの前哨戦となった11月18~19日のGPシリーズ第5戦、NHK杯では第一人者としての風格をにじませた。

 「(ジャンプが)思い通りにいかないもどかしさといら立ちが全面的に出ていた」。開幕前日の17日、公式練習を終えた宇野は報道陣の前で珍しく不満をあらわにした。10月下旬のスケートカナダ優勝後に整備し直した靴が合わず、得点源であるフリップなどの4回転ジャンプが「毎日違う跳び方になっている」。これまでの膨大な練習量で培ってきた技術を総動員し、修正を試みるも一向に改善されない現状が続き「練習していても意味がない。面白くない」とさえ口にするほどだった。

 教え子の危機に立ち上がったのが、自身も世界選手権王者の経験があるステファン・ランビエール氏だ。取材を終えた宇野に対して「時間はある?ちょっと話をしよう」とレストランに誘った。通訳を交えたたった10分間の話し合い。しかし、そこに金言があった。「完璧というのは一つひとつやった先に待っているもので、決して目指すものではないよ」。

 その一言で落ち着きを取り戻せた宇野は「こういうときにコーチがいてくれてよかったと思える」と恩師への感謝を口にした。ショートプログラム(SP)は序盤の4回転―3回転の連続3回転ジャンプでミスがあったが、取り乱すことはなかった。トリプルアクセル(3回転半)を鮮やかに決めると、美しい姿勢のスピン、洗練されたステップ、磨き上げた表現力で巻き返し、ほぼ完璧に演じた1位の山本草太(中京大)と4・83点差の2位につけた。

 真価を発揮したのが翌日のフリー。クラシックの名曲「G線上のアリア」のバイオリンの音色に乗せ、冒頭の4回転ループは出来栄え加点で3・45点、続く4回転サルコーは2・08点という高い評価を受ける跳躍で決めると、演技後半の2度のトーループと合わせて計4本の4回転を成功させた。演技直前まで左足のエッジ(刃)の位置を微調整するという万全に程遠い状態でも演技をまとめ上げ「何とか乗り切った。あれ以上はできなかった」。同じ愛知県のリンクでジュニア時代から練習を共にすることもあった山本の挑戦を真っ向から受けて立ち、終わってみれば約22点差の圧勝で面目を保った。

 宇野の精神面の成長を感じたのはこの1、2年のことだ。18年平昌五輪後、宇野はたびたび“シルバーコレクター”と呼ばれるようになった。15年シーズンからシニアに転向し、瞬く間に国際大会の常連になったが、GPファイナルや世界選手権では2位止まり。羽生やチェン不在の大会でもタイトルを逃すことがあった。素質は一流だが「1位を狙って争ってなかった。2位でいる自分に満足していた」と語ったこともあるほど、貪欲さに欠けていたところがあった。殻を破らせてくれたのが、鍵山優真(オリエンタルバイオ・中京大)の存在。憧れのまなざしで助言を求めてきて、急成長する後輩の姿にかつての自分を重ね「もっと誇れるような、彼に恥じない存在でいなければならない」と奮起した。

 冬季五輪2連覇の羽生結弦さんが今年7月にプロ転向を発表した際には「ゆづ君が切り開いてくれた道を後輩や次の世代につないでいく」と誓った。「ゆづ君が引退したことでいろいろと考えさせられ、自分もみんなを引っ張っていける存在にならなきゃいけないと思った。 僕はそういうのが一番苦手で、無理だって思っていたけど、先輩たちが僕たちの世代までずっとつないできてくれたこのスケート界の人気なども含め、僕が責任としてそれをちゃんと引き継ぐ。 先輩たちがやってきてくれたからこそ、やらなきゃいけないこと」。そのために結果が問われることは十二分に理解している。

 GPファイナルでは、今季世界初成功させたクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)を武器に台頭する18歳の新鋭、イリア・マリニン(米国)を筆頭に、山本、三浦佳生(オリエンタルバイオ・目黒日大高)、佐藤駿(明大)といった伸び盛りの若手スケーターに胸を貸す。心技体と充実してきた王者は、一体どんな舞を見せてくれるだろうか。


VictorySportsNews編集部