ベスト8の前に立ちはだかる“壁”は、またしても越えられなかった。日本代表はクロアチアと延長前後半を戦って1-1で引き分け、PK戦の末に敗退した。16強での敗退は、これで4度目。監督として2010年南アフリカ大会で同じくパラグアイにPK戦で敗れた経験のある岡田武史氏は、テレビ中継の解説で「確実に進歩したことを見せてくれた」と森保ジャパンを称えたながら「しかし、まだ足りないんです。われわれは」と無念の思いを表した。

 一体、何が「まだ足りない」のか。PK戦の経験、技術、戦術の幅、メンタル、運…。さまざまな要素が考えられるが、「組織」で対抗する日本に大きなプラスを加えるとしたら、それはやはり突出した「個の力」だろう。森保一監督も、クロアチア戦から一夜明けた12月6日の記者会見で「今回、選手たちが見せてくれた団結力、一体感は本当に素晴らしい。そこを忘れることなく“個の力”を磨いてほしい」と振り返った。

 「個の力」というと、常に日本の課題として挙げられ、お題目のように唱えられるが、実は8強に進出したチームを見てみると、ある事実が浮かび上がってくる。それはメンバーの大半が欧州5大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス)のクラブに所属しているということ。優勝候補のチームが決勝に向けてピーキングすることもあって紛れが多くなる1次リーグとは異なり、一発勝負のノックアウトステージでは番狂わせは起こりにくい。だからこそ“8強の壁”と言われるわけだが、それは今大会でも明確な傾向として表れた。

【8強進出チームの5大リーグ所属選手数】※()内は対戦国

フランス 26 (ポーランド17)
ブラジル 22 (韓国6)
アルゼンチン 25 (オーストラリア7)
オランダ 11 (米国14)
イングランド 26 (セネガル23)
ポルトガル 19 (スイス17)
クロアチア 15 (日本16)
モロッコ 18 (スペイン26)


 この中で5大リーグ所属選手が少ない側が勝ったのは、オランダ、クロアチア、モロッコの3チーム。ただ、オランダはデータ分析サイト「the KA Football Leagues Global Rating」のランキングで、1-5位の5大リーグ、6位のポルトガル、7位のロシアに続く8位に位置する自国リーグ(エールディビジ)に12選手が在籍し、欧州サッカー連盟(UEFA)のクラブランキング(直近5シーズンのチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグの成績に基づき、UEFAが主催する大会の組み合わせ抽選のポットを決めるために使用されているランキング)で10位につけるアヤックス所属が7選手いるチームで、トップリーグやトップクラブでプレーするチームの方が圧倒的に優位であることが分かる。

※UEFAクラブランキング・トップ20
1.マンチェスター・シティ(イングランド)
2.バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
3.リバプール(イングランド)
4.チェルシー(イングランド)
5.レアル・マドリード(スペイン)
6.パリ・サンジェルマン(フランス)
7.バルセロナ(スペイン)
8.マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
9.ユベントス(イタリア)
10.アヤックス(オランダ)
11.アトレティコ・マドリード(スペイン)
12.ビジャレアル(スペイン)
13.ローマ(イタリア)
14.ドルトムント(ドイツ)
15.インテル(イタリア)
16.セビージャ(スペイン)
17.ライプツィヒ(ドイツ)
18.トッテナム(イングランド)
19.ポルト(ポルトガル)
20.ナポリ(イタリア)


 スペインにPK戦の末に勝利するなど、大会の台風の目となったモロッコも、日本やクロアチアより5大リーグでプレーする選手は多く、5選手(セビージャ2、バイエルン1、チェルシー1、パリ・サンジェルマン1)がUEFAのランキングで20位以内のクラブに所属するなど、アフリカ屈指のスター軍団といえる。実は、トップリーグ、トップクラブでプレーする選手が少ないチームではない。

 それらを考慮しても日本にとって5大リーグ所属選手数で拮抗していたクロアチアとの対戦は、初のベスト8進出へ大きなチャンスだったといえる。ただ、クロアチアにしてもトップ20のクラブでプレーする選手が7人(レアル・マドリード1、アトレティコ・マドリード1、チェルシー1、トッテナム1、ライプツィヒ1、インテル1、バイエルン・ミュンヘン1)もおり、鎌田のフランクフルトが21位とチームトップで、続くのが23位アーセナルの冨安という日本とは雲泥の差がある。UEFAネーションズリーグの最上位ディビジョン「リーグA」にいる強豪国との激突を“ラッキー”とまで言うメディア、評論家が戦前に多かったのは、やや楽観的過ぎたといえるだろう。

 ドイツの移籍情報専門サイト「トランスファーマルクト」が算出する市場価値にも、同様の傾向が見て取れる。

【W杯カタール大会出場国・合計市場価値ランキング】

1.イングランド 12億6000万ユーロ(約1793億円、最高額選手フィル・フォーデン=1.1億ユーロ)
2.ブラジル 11億4000万ユーロ(約1622億円、ビシニウス・ジュニオール=1.2億ユーロ)
3.フランス 10億3000万ユーロ(約1465億円、キリアン・エムバペ=1.6億ユーロ)
4.ポルトガル 9億3700万ユーロ(約1333億円、ラファエル・レオン=8500万ユーロ)
5.ドイツ 8億8850万ユーロ(約1264億円、ジャマル・ムシアラ=1億ユーロ)
6.スペイン 8億7700万ユーロ(約1248億円、ペドリ=1億ユーロ)
7.アルゼンチン 6億4520万ユーロ(約918億円、ラウタロ・マルティネ=7500万ユーロ)
8.オランダ 5億8725万ユーロ(約836億円、マタイス・デリフト=7000万ユーロ)
9.ベルギー 5億6320万ユーロ(約801億円、ケビン・デブライネ=8000万ユーロ)
10.ウルグアイ 4億4970万ユーロ(約640億円、フェデリコ・バルベルデ=1億ユーロ)
11.クロアチア 3億7700万ユーロ(約536億円、ヨシュコ・クバルディオル=6000万ユーロ)
12.セルビア 3億5950万ユーロ(約511億円、ドゥシャン・ブラホビッチ=8000万ユーロ)
13.デンマーク 3億5300万ユーロ(約502億円、ピエール・エミール・ホイビュルク=4500万ユーロ)
14.スイス 2億8100万ユーロ(約400億円、マヌエル・アカンジ=3000万ユーロ)
15.米国 2億7740万ユーロ(約395億円、クリスチャン・プリシッチ=3800万ユーロ)
16.ポーランド 2億5560万ユーロ(約364億円、ロベルト・レバンドフスキ=4500万ユーロ)
17.モロッコ 2億4110万ユーロ(約343億円、アクラフ・ハミキ=6500万ユーロ)
18.セネガル 2億2950万ユーロ(約327億円、カリドゥ・クリバリ=3880万ユーロ)
19.ガーナ 2億1690万ユーロ(約309億円、トーマス・パルティ=3800万ユーロ)
20.カナダ 1億8730万ユーロ(約266億円、アルフォンソ・デービス=7000万ユーロ)
21.メキシコ 1億7610万ユーロ(約251億円、エドソン・アルバレス=3000万ユーロ)
22.韓国 1億6448万ユーロ(約234億円、ソン・フンミン=7000万ユーロ)
23.ウェールズ 1億6015万ユーロ(約228億円、ベン・デービスほか=2000万ユーロ)
24.カメルーン 1億5500万ユーロ(約221億円、アンドレ・フランク・ザンボ・アンギサ=3800万ユーロ)
25.日本 1億5450万ユーロ(約220億円、鎌田大地=3000万ユーロ)
26.エクアドル 1億4650万ユーロ(約208億円、モイセス・カイセド=3800万ユーロ)
27.チュニジア 6240万ユーロ(約89億円、エリス・スキリ=500万ユーロ)
28.イラン 5953万ユーロ(約85億円、メフディ・タレミ=500万ユーロ)
29.オーストラリア 3730万ユーロ(約54億円、マシュー・ライアン=500万ユーロ)
30.サウジアラビア 2520万ユーロ(約36億円、スルタン・アルガナム=250万ユーロ)
31.コスタリカ 1875万ユーロ(約27億円、ケイロル・ナバス=500万ユーロ)
32.カタール 1490万ユーロ(約21億円、アクラム・アフィフ=400万ユーロ)
※データはW杯開幕時のもの

 同サイトは将来性やクラブでの活躍、年齢、広告価値など、さまざまなデータから各選手の市場価値を算出しており、移籍金と同意ではないが、世界でも重視されているメディアの数字の一つだ。そして、ここでも、やはり8強に残った中で目立つのは17位のモロッコくらい。25位の日本の220億円に対し、11位のクロアチアは倍以上の536億円と、世界の視点では個々の選手の評価に、まだまだこれだけの大きな差があるわけだ。

 過去最多のアジア勢3チームが1次リーグを突破するなど、「新興勢力」の台頭が注目された今大会だが、8強に進出できた「新興勢力」はモロッコのみ。そのモロッコも、右サイドバック・ハキミの驚異的な運動量など、やはり「個の力」が際立っている。ドイツ、スペインを破って1次リーグを1位突破した日本の戦いぶりは称賛されてしかるべきだが、油断や隙なく強豪国が臨んでくるノックアウトステージで“番狂わせ”は起こりにくい。PK戦での敗退に“あと一歩”の思いがどうしても出てくるが、ベスト8、さらにそれ以上を常にうかがうチームをつくる上では、やはりまだまだ「個の力」で差があるということが、客観的なデータからも見えてくる。

 中田英寿、中村俊輔ら“欧州組”が特別だった時代から様変わりし、26人中17人が欧州でプレーする選手で構成された今大会の日本。ただ、ここからもう一歩先に進むには、さらなる「個の力」が必要となる。そして、選手の大半が欧州チャンピオンズリーグで優勝を争うようなクラブでプレーしているか、そうしたクラブと日常的に対戦する5大リーグに所属している。そんな意外とシンプルな部分に“8強の壁”を越えるための一つの牽引力があるのかもしれない。


VictorySportsNews編集部