インファンティーノ会長を巡っては、昨年の10月頃からカタールに移住しているという“スキャンダル”をスイス紙ブリックがスクープ。FIFA前会長のジョゼフ・ブラッター氏が「理解できない」と批判するなど、FIFA本部のあるチューリヒを不在にし、カタールと近過ぎる関係性を危険視する声も多く上がった。

 ところが、インファンティーノ会長はどこ吹く風。新型コロナウイルス禍以降、初めて規制なしで開催された大規模スポーツイベントであることを強調し「史上最高の大会」と胸を張る。また、来年3月に実施予定のFIFA会長選ではただ一人の立候補者となっており、3期目の再任も確実と、その地位は揺るぎない。

 さまざまな問題を指摘され、批判を受けながらも、それほどまでに強固な体制を築くインファンティーノ氏とは一体何者なのか。1970年3月23日生まれ、スイス・ヴァレー州出身。偶然にもブラッター前会長と同郷だが、ドイツに出自を持つ前会長と異なり、両親は南イタリア・カラブリア州から移民してきたイタリア人で、スイスとイタリアの二重国籍を持つ。イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語、アラブ語が堪能で、弁護士としてスイスやイタリアのクラブをめぐる訴訟に関わった後、2000年に欧州サッカー連盟(UEFA)に入局した。

 2009年にUEFAの事務局長に就くと、ミシェル・プラティニ会長の右腕としてクラブの赤字体質改善を目指したファイナンシャル・フェアプレー制度(FFP)の導入や欧州選手権(EURO)の参加国拡大、ネーションズリーグ創設など、欧州サッカーの発展に大きく貢献した。欧州チャンピオンズリーグの組み合わせ抽選などで司会を務めたスキンヘッドの人物・・・といえば、膝を打つサッカーファンも多いだろう。

 そんなインファンティーノ氏にとって転機となったのがFIFAの汚職問題、いわゆる「FIFAゲート」だ。2015年に米国司法当局がFIFAの巨額汚職事件の捜査を行い、複数のFIFA副会長らが組織的な不正などで次々と起訴された。不正資金の総額は2億ドル(当時のレートで約245億円)ともいわれ、2018、22年のW杯開催国決定を巡る過程についても捜査が進んだ。混乱の中、ブラッター氏は会長選で5期目の当選を果たした4日後に辞任。その後、不透明な金銭授受を理由に前会長は8年間の活動停止処分(のちに6年に短縮)となり、2016年2月の臨時総会で新会長に選任されたのがインファンティーノ氏だった。財政の透明化を公約に掲げ、バーレーンのシェイク・サルマン氏、ヨルダンのアリ王子との選挙で、最終的に“守旧派”といわれたサルマン氏を27票上回る115票を獲得して当選。現場での実務経験が豊富な“改革派”として欧州を中心に票を集めた。

 選挙運動ではアレックス・ファーガソン氏、ジョゼ・モウリーニョ氏、ファビオ・カペッロ氏、ルイス・フィーゴ氏、ジャンルイジ・ブッフォン氏らレジェンドがインファンティーノ氏支持を打ち出して協力するなど、それまでの不透明で政治的といわれたFIFAの在り方とは異なる景色が見られたのは特徴的だった。現場での実務を重視してきたからこそ得られたコネクションを最大限に活用しているといえる。

 W杯開催中の12月12日にはカタールの首都ドーハの試合会場で往年の名選手とカタールに住む外国人労働者による交流試合を企画。ここにも元イタリア代表FWアレッサンドロ・デルピエロ氏や元ブラジル代表DFロベルト・カルロス氏、元イングランド代表DFジョン・テリー氏ら錚々たる面々が参加し、インファンティーノ会長がレフェリーを務めて盛り上げるなど、“共生社会”をアピールした。

評価されるそのビジネス手腕。一方で”拡大路線”に批判の声も

 また、何より評価が高いのはUEFAで大きな実績を上げたビジネス手腕だ。EUROでは2016年大会から参加国を16から24に拡大。ネーションズリーグという新たな概念も打ち出し、放映権の拡大や各国協会への収益還元の仕組みを生み出した。この手法をFIFAでも踏襲。2026年のカナダ・米国・メキシコの共催となるW杯では出場国の拡大(32→48)を実現し、FIFA加盟国の23%が本大会に出場できる形とした。

 大きな市場を持つ中国やインドなどの本大会出場への後押しになり、枠拡大によるFIFAの収益増は800億円以上ともいわれる。試合レベルの低下や選手の負担増など懸念は多いが、各国への分配金が増え、その対象も広がることで、世界のサッカーの発展につながるというのがFIFA、インファンティーノ氏の主張だ。

 W杯に出場する代表チームに選手を送り出したクラブには、FIFAから1人当たり1日約1万ドル(約136万円)が支給されており、カタール大会では総額2億900万ドル(約285億円)に上った。これは2014年ブラジル大会から3倍の数字となる。男女W杯の隔年開催構想も浮上しており、これが実現すれば各加盟協会への分配金が現在の600万ドル(約8億円)から最大2500万ドル(約34億円)になると試算されている。

 「私の仕事は、みんなと協力してサッカー界にとって何が良いかを考えることだ」というインファンティーノ会長に対し、その“拡大路線”を「拝金主義」と批判する声もある。W杯開幕前の記者会見では、カタール開催への批判について「一方的な道徳観は、ただの偽善」と断じ、「恥ずべきスピーチ」(英紙デーリー・メール)、「スキャンダル」(ドイツ紙ビルト)など猛烈な批判を浴びた。

 一方で、ウクライナ侵攻でロシアマネーが失墜した今、カタール資本のフランス・リーグの強豪パリ・サンジェルマンをはじめ、世界のサッカー界において中東諸国は確実に存在感を増している。多くの問題や矛盾を抱えながら、いざ開幕すれば今回もW杯は世界の約50億人が視聴し、熱狂を生み出している。

 結果的に、サッカー界全体が潤う仕組みを構築するインファンティーノ氏への支持は拡大の一途。3期目の選挙を前に、211のFIFA加盟協会のうち200協会から任期延長を後押しされているという。成功の裏には、多くの課題があるのは確かだ。ただ、賛否両論飛び交う中でも、よほどのスキャンダルがない限り、少なくとも次のW杯まで現体制に“レッドカード”が突き付けられることはなさそうだ。


VictorySportsNews編集部