救世主とは

 今場所は横綱と大関が1人ずつしかいない。1898年1月の春場所以来125年ぶりの珍事となった。「看板力士」が2人だけというのも寂しい。その代わりに〝予備軍〟ともいえる三役は人材が多く、関脇と小結が4人ずつ。これは1962年夏場所以来となった。前回に名を連ねていた8人のうち、栃ノ海や豊山ら3人はのちに大関以上に昇進した。2022年は年6場所で優勝力士がすべて異なる群雄割拠の状態。今場所の関脇、小結陣から将来的に大関以上に出世する力士が出てくる可能性も十分にある。

 今回の8人の顔触れは時代の流れを感じさせる。高校を含めて学生相撲出身者が過半数を占めていることだ。横綱照ノ富士、大関貴景勝にしても高校の相撲部から入門しており、この傾向は今後高まっていくことが予想される。角界に入ってくるタイミングは〝中卒たたき上げ〟よりも遅いため、昇進の年齢は全体的に以前より遅くなりがちなことは否めない。またアマチュア時代に取り口のスタイルがある程度完成している場合があり、癖がなかなか抜けない要素もある。そんな状況下でも、若い人材の伸長が業界の活性化につながるのが世の常。関脇豊昇龍らにかかる期待は大きい。

 大関経験者の朝乃山が再十両となり、関取に復帰した。早速、朝稽古では白まわし姿を披露し「関取で15日間相撲を取れる」と張り切っている。新型コロナウイルス対策のガイドライン違反で6場所の出場停止処分を受けた。大関から三段目まで転落し、昨年名古屋場所で本場所に復活。所要3場所で返り咲いた。順調に地力を発揮していけば今年中には幕内上位、もしくは三役にまで番付を上げることが考えられる。立派な体格でスケールの大きな四つ相撲が得意なだけに、突出した存在のいない現在の角界では大関返り咲きはおろか、最高位まで望む声もある。

 ただ、朝乃山に対して救世主のように期待をかけすぎることには賛否が分かれる。簡単に大関へ復帰させるのでは、他の力士の存在感が問われる部分がある。相撲協会幹部は「朝乃山が三役に戻ってくる頃には誰かが新たに大関になるくらいでないと情けない。朝乃山の復活もいいが、いつまでもそれに頼るのではなく、他の若手が意地を見せる必要がある」と活性化を熱望。新春の土俵は今年を占う場所となる。

黒字化元年

 日本相撲協会にとっては、2023年は黒字化を目指す元年といえる。2020年から本格化した新型コロナウイルス感染拡大は他のスポーツ同様、相撲界にも甚大な影響をもたらした。本場所の1場所中止や地方巡業の取りやめを経験。また、本場所を開催できても観客数を制限したり、力士たちに支度部屋でマスクの着用を義務付けたりと風景を一変させた。

 相撲協会の財政事情も大打撃をこうむり、連続の赤字を余儀なくされた。2020年度が約50億円、翌2021年度は約32億円、そして2022年度も赤字を見込むなど3年で合計すると約100億円もの赤字となる見通し。一時は約380億円あった正味財産は一気に目減りした。それでも、協会関係者が「この100億円の赤字は仕方ない。ただ、それ以上は切り崩してはならない」と話すように、2020年度以降の3年分の赤字は既に織り込んでいる。

 関係者によると、逸した約100億円を今後5年程度で取り戻すプランがある。入場料収入に頼りすぎないモデルへの移行を進めており、角界全体のファンクラブをつくったり、両国国技館内にVIP席のようなプレミアムシートを用意したりした。はたまたオフィシャルパートナー制度を導入して企業からの支援の輪を広げたり、国技館に隣接するビルを購入して家賃収入を確保したりと、バランスシート改善を目指しての新しい施策を次々に打ち出した。これらが定着し、本当に数字となって表れて収益構造立て直しに寄与するかどうかは今年以降に試される。

 忘れてはならないのが、大相撲の根幹をなすのは「土俵の充実」ということだ。力士たちの熱い闘いが何よりも人々を魅了。伝統的な雰囲気を含め、実際に会場へ足を運んで見てみたいと思わせるような力士を輩出することが入場料収入につながるだけではなく、日本社会における相撲界の存在価値向上へ結び付く。メディア露出や企業パートナーの増加、ファン開拓などあらゆる面に影響してくることは必至。この観点からも、今場所の三役8人の出世レースは活気づかせる原動力の一つになり得る。

不祥事が教えるもの

 コロナ禍からの再上昇に向けてマイナス要因となるのが不祥事で、昨年末に表面化した。幕内逸ノ城が新型コロナウイルス対策のガイドラインに反し、モンゴル料理店で2度飲食したことが発覚して1場所出場停止。伊勢ケ浜部屋では幕下以下の2力士が他の力士を殴打するなどして、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が責任を取る形で理事を辞任し、加害者側の1人は引退の流れとなった。

 一連の案件で改めて浮き彫りとなったのが師匠の存在の大切さ。逸ノ城の場合、師匠夫人であるおかみさんに暴力を振るったと週刊誌等を賑わせ、関心の的となった。調査した協会のコンプライアンス委員会では、5年以上前の出来事で、悪意はなくおかみさんにも処分感情がないことなどからこの点について処分対象とはならなかった。

 逸ノ城は弁護士を通してしか師匠とコンタクトを取らなくなったといい、希薄な師弟関係を物語る。逸ノ城はモンゴル出身。生まれ育った文化が異なる人材を育成していくのは難しさをはらむが、鶴竜親方(元横綱)や優勝2度の幕内玉鷲に象徴されるように、真面目に相撲に取り組み、人柄もいい力士になっている例も多い。それだけに着目されるのが指導力。逸ノ城の師匠である湊親方(元幕内湊富士)について、ある同年代の部屋持ち親方は「自分の妻が暴力を受けたと知ったら普通、怒りが湧いてくるもの。即刻その弟子を辞めさせてもおかしくはないが、湊親方の態度は煮え切らず、よく分からない」と指摘。別のベテラン親方は「師匠さえしっかりしていれば、こんな事態には陥っていない」と断じた。伊勢ケ浜親方についてもしかりで、横綱日馬富士による事件に続き、またしても弟子の暴力を防ぐことができなかった。

 近年、元横綱白鵬の宮城野親方や元横綱稀勢の里の二所ノ関親方が部屋を構え、熱意を持って指導に当たっている。元大関豪栄道の武隈親方や元関脇豪風の押尾川親方、元関脇安美錦の安治川親方も立て続けに部屋を創設した。若手師匠が育てる弟子たちの出世も今後の関心を呼ぶが、各部屋でどのような指導をしているかに目を向ければ、違った視点から大相撲を堪能できる。


VictorySportsNews編集部