舌禍問題とダイエット

 LIVゴルフは人権侵害などを問題視されるサウジのオイルマネーで成り立っていることにより、欧米を中心に批判が噴出している。札束にものをいわせて選手を引き抜くことでも既存のPGAツアーや欧州ツアーと対立。ミケルソンは大御所としてLIVの旗振り役を担い、普段のPGAツアーからは締め出されるという代償を払っている。

 毎年、米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで開催されるマスターズでは2004年、2006年、2010年と3度制覇した経験を持つ。昨年はLIVも絡む事態で舌禍問題を起こし、オーガスタでプレーできなかった。PGAツアーについて「不快なぐらいの欲深さ。選手を搾取している」と発言したのが不適切な言葉として激しい反発を受け、しばらく公の場から姿を消して休養を余儀なくされた。

 2年ぶりの出場となった今年は、まず見た目で周囲を驚かせた。ダイエットで11キロほど体重を絞り、スリムになって登場した。確かに以前はお腹が出ていた時期もあっただけに、大会への本気度がうかがえた。本人が「体が引き締まってスイングスピードが増した。思ったようなショットを打てる」と効果を口にしたように、健在ぶりを披露した。20位から臨んだ最終ラウンドで8バーディー、1ボギーの65をマーク。昨年出られなかったうっぷんを晴らすかのような会心のプレーだった。

 50歳だった2年前の全米プロ選手権を制してメジャー最年長優勝を果たすなど、勝負強さを持ち合わせるミケルソン。マスターズにLIV勢が18人参加したことにも触れ「われわれがメジャーでプレーできることに大変感謝している。ささいなことは脇に置いて、世界のベストプレーヤーたちが集うこの大会はとても素晴らしい」と謝意を表した。

オーガスタ特有の事情

 優勝争いはPGAとLIVの〝代理戦争〟のような様相を呈していた。第3ラウンドを終えてトップだったのがLIV組のブルックス・ケプカ(米国)。最終ラウンドはケプカとラームが2人1組となって最終組で回った。結果的にはPGAツアーでプレーするラームが逆転優勝を飾り、賞金324万ドル(約4億3千万円)を獲得した。

 PGAツアーとは異なり、メジャー4大会はLIV勢を排除していない。LIVの特徴は48人が出場する3日間大会で団体戦も行う。予選落ちがない上に高額な報酬が約束されている。100人を超えるゴルファーが参加して予選カットも実施されるPGAと比べて競技力が落ちるとの指摘は絶えない。LIVからの8億ドル(約1070億円)の出場オファーを断ったとされるタイガー・ウッズ(米国)も「保証された金銭のためにプレーするのであれば、練習するモチベーションはどうやって生まれるのか」と疑問を呈していた。

 今回のマスターズでケプカ、ミケルソンの他にもパトリック・リード(米国)が4位に入るなど、LIV勢が上位に食い込んだ。ケプカは「LIVの選手たちがもう十分に戦うことができないという論調は間違っている」と反論した。

 ただマスターズならではの事情を考慮に入れる必要がありそうだ。男子のメジャーで唯一、毎年同じコースで開催されている点だ。ガラスと形容される高速グリーンをはじめ、オーガスタのコース攻略には経験値がことさらものをいう。昨年の開幕以降、LIVから出場した選手がメジャー制覇したことはない。他の全米プロ選手権、全米オープン選手権、全英オープン選手権はいずれも会場が毎年変更される。その状況下でLIV勢として誰が初のメジャーチャンピオンになるのかという話題が、今後付いて回ることは必至だ。

生涯グランドスラムに高視聴率

 候補の一人、ミケルソンにとっては6月の全米オープン(ロサンゼルスCC)は是が非でもほしいタイトル。もし勝てば、メジャー全制覇の「生涯グランドスラム」を達成するからだ。過去にウッズやジャック・ニクラウス(米国)ら5人しかいない。強豪ロリー・マキロイ(英国)はマスターズを残すのみで今年は予選落ち。あと一つの難しさは現実に横たわる。

 ミケルソンはこれまで全米オープンのタイトルに何度か近づいたことがあるが、象徴的だったのがニューヨーク州ウイングドフットGCで開催された2006年。最終ラウンドの最終ホールを単独トップで迎えながら、元来の強引さも災いしてダブルボギーをたたき、目前で栄冠がすり抜けた。全米オープンは招待試合のマスターズとは違い、読んで字のごとく「オープン」な大会で広く門戸が開かれている。主催する米国ゴルフ協会によると、今年は史上最多となる1万187人が予選会に申し込んでおり、最高の舞台が整いつつある。

 ミケルソンは、LIV勢の代表格としてPGAの選手とメジャーで争うことに「プレー自体と、異なる競技方式の中でいかに自分のキャリアを過ごすかという点は、全く別ものだ」と、両団体の激突という構図をかわす。しかし観戦する方からすれば、PGAの選手とLIV組という背景は興味をかき立てられる面がある。米国内のテレビ中継を担ったCBSによると、今年のマスターズ最終ラウンドはここ5年で視聴率が一番高かった。平均視聴者数は昨年より19%も向上。ラームが最後のパットを沈めた場面で瞬間最高の視聴率をマークし1500万人以上がテレビ画面で見届けた。

 訴訟問題に発展するなど、団体同士の対立は収束の気配を見せない。しかしメジャー大会における選手間の競い合いに目を移すと、ゴルフ界に新たな視点を持ち込み、いみじくも面白さ拡張に寄与しているといえる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事