相手も脱帽の強さ

 ライト級のリミットよりやや重い契約体重で実施されたガルシア戦。ファン垂涎のビッグマッチで、試合前にお互いを挑発するトラッシュトークがいつも以上に白熱した中、鮮烈な勝ち方だった。長身の相手に下がる場面もあったが的確に距離を測り、2回に早くも得意の左アッパーでダウンを奪った。その後も動きを見切りながら的確にパンチを当て、7回にまたもや左でボディーブロー。後ずさったガルシアをひざまずかせ、テンカウントが響き渡った。戦績は29戦全勝(27KO)と驚異的なKO率がまた伸びた。

 試合後の両者はこれまでのわだかまりが嘘のように笑顔で記念撮影に納まった。暴力ざたでの逮捕などトラブルメーカーでもあるデービス。発言は過激でいつも試合前には相手と激しくののしり合う。ただ、昨年5月に全勝同士でぶつかったローランド・ロメロ(米国)戦や一昨年12月に判定勝ちしたイサック・クルス(メキシコ)戦のように、試合後は相手とたたえ合ったり、仲良く会話したりする場面が目につく。スポーツマンシップに加え、相手がデービスの強さを体感して脱帽する雰囲気も漂う。今回もガルシアは「すごいパンチをもらった。偉大なファイターと同じリングに立てて光栄だ」と認めざるを得なかった。

 13日後。デービスは2020年11月に地元ボルティモアで引き起こした4人負傷の交通事故の裁判で90日間の自宅謹慎、3年間の保護観察、200時間の社会奉仕活動を言い渡された。免許取り消し中のデービスがランボルギーニで赤信号を無視して他の車にぶつかり、その場から逃走。人身事故の現場から立ち去ることや報告義務違反、信号無視などに問われ、2月に罪を認めていた。現地メディアによると、最長で50カ月刑務所に入れられる可能性もあっただけに〝収監逃れ〟との見出しが躍り、軽く済んだとの見方が多い。

ビジネスの成功ささえるKO劇

 若手のハードパンチャー同士の激突はビジネス面でも成功裏に終わった。日本では23日の昼頃の中継となり、WOWOWオンデマンドで生配信された。米メディアによると、PPVのセールスは全米で約120万件にも上ったという。価格は84・99㌦(約1万1500円)。ガルシアの人気も見逃せないが、事前予想では45万~75万件と見通されていただけに、破格の関心度だったといえる。有料チャンネルのショータイムが番組を制作。ガルシアのプロモーターと関係の深い有料映像配信サービスDAZNにも分配され、北米やオーストラリアの他、英国やアイルランドなど欧州各国でも流された。世界中のファンのためにコラボが実現し、特別な態勢が敷かれた。

 デービスが28歳、ガルシアは24歳と、年齢的に衰えのない両選手の対戦だった。当日はチケットが完売し、2万842人の観衆で会場が埋まった。入場券の売り上げは2280万㌦(約31億円)と目覚ましい成果を上げた。これは格闘技イベントの盛んなラスベガスを抱えるネバダ州で、歴代5番目の売上高となった。トップは「世紀の対決」と称された2015年のフロイド・メイウェザー(米国)―マニー・パッキャオ(フィリピン)戦で、7220万㌦を記録した。ミドル級で昨年4月に村田諒太の現役最後の相手となったゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)がサウル・アルバレス(メキシコ)と闘った2017、2018年の2試合もそれぞれ2700万㌦、2440万㌦をマークした。

 今回、それらに次ぐ歴史的セールスを達成した要因は、KO劇はボクシングの華で、人々の興味を引くということとも無関係ではないだろう。試合後のインタビューで、デービスは「勝つのは俺と決まっていた。俺がボクシング界の顔だ」と豪語した。権威のある専門誌「リング」による全階級を通じた最強ランキング、パウンド・フォー・パウンド(PFP)で、ついに10位にランクインを果たした。

業界の顔は遠い?

 ただ、デービスが最強とはならないところがライト級の面白いところだ。20日にはもう一つのビッグカード、デビン・ヘイニー(米国)―ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)がラスベガスで実施される。24歳のヘイニーはWBAでデービスより格上のスーパー王者の扱い。これを含めて世界主要4団体統一王者で、戦績は29戦全勝(15KO)を誇る。対するロマチェンコは元3団体統一王者で、PFPのトップ10に長期的に君臨。プロ3戦目で世界王座に就いた35歳の実力者で19戦17勝(11KO)2敗の戦績を残す。

 ボクシングの別名は「スイートサイエンス」。頭脳を使った科学的な闘いが重要であることを示している。スピードあふれる両者は身をもってサイエンスぶりを象徴し、極めて高レベルの攻防が期待される。ヘイニーはいまひとつ華やかさに欠けるイメージだけにロマチェンコを倒せばはくがつく。ロマチェンコにとっては若いヘイニーを破れば健在ぶりをアピールできる。双方にとって、キャリアの節目の一つになるファイトに位置付けられる。他方、この一戦の勝者と強打のデービスとの対戦を望む声が早くも高まっている。

 実現性の観点でも、デービスが収監を逃れた影響はライト級戦線を占う上で小さくない。デービスの才能を見いだし、ガルシア戦に付き添っていたメイウェザー氏は現役時代に暴行罪で2カ月ほど刑務所に入っていた時期があった。ブランクを乗り越えて50戦全勝で終えたが、これは同氏の才能もあり、他の選手に当てはめるには厳しい面がある。

 4月に世界ボクシング評議会(WBC)ライト級世界王座挑戦者決定戦で吉野修一郎(三迫)を6回TKOで下した20戦全勝(10KO)のシャクル・スティーブンソン(米国)の存在も忘れてはならない。デービスがボクシング界の顔になるには私生活を律する必要があり、同時に倒すべきライバルがまだまだいる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事