今季のマンチェスターCは開幕5連勝と好発進したアーセナルを追う展開が序盤から続いたが、終盤に12連勝を飾るなど勝負強さを発揮。その大きな原動力となったのが決定力不足を解消するべくドルトムント(ドイツ)から6000万ユーロ(約90億円)の移籍金で獲得したノルウェー代表FWハーランドだった。35試合に出場し36ゴール。これはプレミアのシーズン最多ゴール記録(これまでの記録はA・コールとシアラーの34ゴール)だ。プレミアで歴代23位の移籍金額ではあったが、まだ22歳と若いストライカーの価値は、最低でも7500万ユーロ(約113億円)ともいわれていただけに、「格安」とも評されたが、マンチェスターCの投資が的確だったことを結果が表している。

 ここで今季のプレミアを、その投資額と結果から振り返ってみる。今季のスカッド全員にかかった移籍金総額と勝利数などの数値から算出した各クラブの“コスパ”(データは移籍情報サイト「Transfermarkt」による)に焦点を当てると、その投資の巧拙がハッキリと浮かび上がってくる。

出典元:移籍情報サイト「Transfermarkt」22-23年シーズンプレミアリーグ 順位

 マンチェスターCの今季メンバーの移籍金総額はプレミアで2番目に多い9億6790万ユーロ(約1461億円)。1勝当たりの投資額(Costs per victory=CPV)は7番目に高い3457万ユーロ(約52億1800万円)と、そこそこのコストがかかった計算になる。これを見ると、アラブ首長国連邦(UAE)の王族が運営するシティ・フットボール・クラブの潤沢な資金力が大きな効果を発揮していることが分かる。

 一方で、2位に躍進し、復活への一歩を刻んだアーセナルは移籍金総額5億3156万ユーロ(約802億円=5位)で、CPVは6番目に少ない2044万ユーロ(約31億円)と、マンチェスターCと比較して、明らかにコストパフォーマンスが高い。

 4月1日の第29節・リーズ戦を終えた時点では、1試合消化が多かったものの2位・マンチェスターCに勝ち点8差をつけていたが、その後に3試合連続ドロー、同21日のマンチェスターCとの直接対決に1-4で完敗するなど大きく失速して19年ぶりのVを逃した。とはいえ、19年夏に移籍金3000万ユーロ(約45億円)でサンテティエンヌ(フランス)から獲得したフランス代表DFサリバや、21年夏に1860万ユーロ(約28億円)でボローニャから加入した日本代表DF冨安と、守備陣に離脱者が出た影響が大きく、原因は明確だ。

 NFLのラムズ、NBAのナゲッツも所有するオーナーの米国人富豪、スタン・クロエンケ氏は1兆円近いともいわれる総資産を持ちながら、補強に積極的でないとして批判を浴びることも多かった。それは、裏を返せば“堅実”ともいえる。実際、昨夏に移籍金4500万ポンド(約78億円)で獲得したブラジル代表FWジェズス、3000万ポンド(約52億円)で獲得したウクライナ代表MFジンチェンコは、アルテタ監督がアシスタントコーチを務めていたマンチェスターCからの補強。低い位置からショートパスをつなぐ指揮官の高度な戦術に対応できる素地を持っており、こうした確実、堅実な補強が、クラブの上昇曲線につながっているといえる。さらに、今夏はウェストハムのイングランド代表MFライスの獲得に向けて、クラブ史上最高額の移籍金9000万ポンド(約156億円)を用意しているとも報道されており、悲願達成へいよいよ“本気度”も高めている。

 また、前出の表で目立つのは、チェルシーとブライトンの対照的な結果だ。

 今季のスカッドを実現する上で、最も多額の移籍金を費やしたのがチェルシーで、その額は実に9億9679万ユーロ(約1505億円)。1勝を挙げるために費やしたコストは9062万ユーロ(約137億円)と19位のサウサンプトンに対しても2倍近い数字となっている。

 ナポリ(イタリア)から移籍金3800万ユーロ(約57億円)でセネガル代表DFクリバリを、ブライトンから6530万ユーロ(約99億円)でスペイン代表DFククレジャを、マンチェスターCから5800万ユーロ(約88億円)でイングランド代表FWスターリングを獲得したが、いずれも本領発揮とはいかず。巻き返しを期した冬の移籍市場でも派手な動きを見せ、夏と冬で総額1000億円以上を費やした。しかし、最後まで低空飛行が続き、12位でフィニッシュ。10位だった15-16年以来、7年ぶりに2桁順位の屈辱を味わうこととなった。ロシアのウクライナ侵攻により、ロシア人富豪、ロマン・アブラモビッチ氏から米大リーグ、ドジャースの共同オーナーとして知られる米国人富豪のトッド・ベイリー氏にオーナーが交代。新時代の幕開けとなったチェルシーだが、混乱もあった中で、資金力をチーム力の強化にはつなげられていない状況が続く。

 ただ、冬の移籍市場で“未来への投資”が目立ったところは、注目すべき点だろう。ベンフィカ(ポルトガル)からアルゼンチン代表MFエンソ・フェルナンデスをプレミア史上最高額の移籍金1億2100万ユーロ(約183億円)で獲得。他にもアーセナルと争奪戦を繰り広げたシャフタル(ウクライナ)のウクライナ代表MFムドリクや、モナコ(フランス)のフランス代表DFバジアシーレ、PSV(オランダ)のイングランド代表FWマドゥエケ、モルデ(ノルウェー)のコートジボワール代表FWフォファナら23歳以下の俊英を総額500億円以上使って次々と獲得。来季以降の強豪復活へ、種は蒔かれている。

 そして、今季の“コスパ王”と呼べるのが日本代表FW三笘を擁するブライトンだろう。今季のスカッドに要した移籍金はプレミア最少額の1億1116万ユーロ(約168億円)と、チェルシーの実に10分の1ほど。それでいて、18勝8分け12敗で勝ち点62を稼ぎ、UEFAヨーロッパリーグ出場圏の6位と躍進を遂げた。1勝当たりの投資額は断トツに少ない618万ユーロ(約9億3282万円)。限られた予算規模で、潤沢な資金力を誇るビッグ6(マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、アーセナル、リバプール、トッテナム)に堂々と渡り合ったブライトンの健闘ぶりは、今季のプレミアで特筆すべきものだったといえる。

 優勝に向けて“本腰”を入れるアーセナルや、未来への投資にも貪欲なチェルシー、三笘ら主力の去就が注目されるブライトンなど、来季への注目ポイントも多いプレミアリーグ。マンチェスターCの牙城を崩すのは、どのクラブか。夏の移籍市場の動きから目が離せない。


VictorySportsNews編集部