井上は昨年12月にバンタム級の4王座——WBC、WBO、WBA(世界ボクシング協会)、IBF(国際ボクシング連盟)——の統一に成功。真のバンタム級チャンピオンの証明を果たすとこのクラスを卒業し、今後は階級を1つ上げることになった。その初戦が今回のフルトン戦である。本来なら5月の開催だったが、拳を痛めた井上が万全を期すために2ヵ月半ほど延期された。

 試合のムードは7月に入っていよいよ高まってきた。フルトンは本番の2週間も前に来日し、うだるような暑さの日本で最終調整を行っている。ホームのフィラデルフィアから一度ロサンゼルスに移り調整を重ねてくるなど、かなり念入りな様子。14日に行われた公開練習は1ラウンド(3分間)にも満たずに終わらせた。井上陣営やメディアに「見せたくない」ということで、手の内を徹底して隠した。

王者フルトンとは

 29歳のフルトンはフィラデルフィアのタフなエリアの出身。ボクシングを始めたのは父親のシニアが長い刑務所生活を終えて出てきてからだ。

 アマチュアでも2013年のナショナル・ゴールデングローブで優勝するなどトップレベルで活躍した。通算75勝15敗の戦績を残し、2014年に20歳でプロデビュー。世界初挑戦はプロ19戦目の2021年1月のこと。アンジェロ・レオ(アメリカ)を圧倒して文句のない12回判定勝ちを飾り、無敗のままWBOスーパーバンタム級王座に就いた。

 「王座統一」という近年のトレンドにならい、フルトンもタイトルを獲るや「ブランドン・フィゲロアやルイス・ネリと戦いたい」と即座にライバルの名前をあげ、アンディスピューテッド・チャンピオンの座に意欲を見せている。

 そして、すでにこの時フルトンは井上尚弥の名前も将来の対戦者リストに入れていた。バンタム級王者だった井上が遠からずスーパーバンタム級に上げてくることを意識していたということだ。当時から井上はPFPファイターとして近辺のライバルたちから注目される存在だったのだ。

 フルトンはその後の2年半の間に2試合しかしていない。それでも初防衛戦がいきなりWBC王者フィゲロアとの2団体統一戦となるなど、プロモーター(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)も売り出しをバックアップ。フルトンは首尾よくフィゲロアを下して統一チャンピオンの称号を手に入れた。

 このフィゲロア戦はフルトンの21戦のプロキャリアでも最もハードな戦いだった。猛プレッシャー型のフィゲロアに対し、スキルと的確さで2−0の判定で競り勝った。フィゲロアとはフェザー級でリマッチを行うのが既定路線とみられたが、今年に入って急転、それを先延ばしにしてでも優先させたのが井上との試合だったのだ。

戦いで得られる評価とマネー

 フルトンのボクシングスタイルは、広くとったスタンスとステップ、上体の動きを駆使して距離をつくりつつポイントをピックアップするのが必勝パターン。勝ちに徹したアウトボクシングだと言えても、パワー重視とは正反対で決して人気の出るスタイルではない。

 そのため、本人が望むほどの評価を得られていないのも事実だろう。この階級(スーパーバンタム)ではナンバーワンに位置づけられることも多いが、絶対的な存在ではない。下の階級からまさにモンスターが上がってくるタイミングであるからなおさらである。

 勝利してボクサーとしての評価を手にする——それが井上の挑戦に応じた大きな理由であるのは間違いない。もちろん報酬もチャンピオンをわざわざ敵地に赴かせる気にさせるだけの金額であるのだが…。

 今回の試合は、井上にとっては久しぶりに「挑戦者」の立場になって臨むリング。同様に、自身のジャイアント・ステップをこの井上戦にかけるフルトンにしてもある意味「挑戦」の一戦であるのかもしれない。

 欧米のブックメーカーによると、だいたい「3−1」あたりで井上優位とのことである。試合はドコモが今年4月にリニューアルした動画配信サービスのLeminoで無料ライブ配信される。


VictorySportsNews編集部