開幕節はリヴァプール祭り

 8月11日のリーグ開幕戦アル・アハリ対アル・ハズムでは、リヴァプールからアル・アハリに移籍した元ブラジル代表FWロベルト・フィルミーノが早速ハットトリックの活躍を見せ、3対1で勝利に貢献した。

 この試合のアル・アハリには、2021年のFIFA年間最優秀GKに選ばれているセネガル代表GKエドゥアール・メンディ(チェルシーから加入)、イングランド・プレミアリーグで史上8クラブ目のトレブル達成に貢献したアルジェリア代表MFリヤド・マフレズ(マンチェスター・シティから加入)、同じくプレミアリーグで独特なリズムのドリブルを披露し注目を浴びたアラン・サン=マクシマン(ニューカッスルから加入)、さらにはコートジボワール代表MFフランク・ケシエ(FCバルセロナから加入)ら、錚々たるメンバーが揃って先発出場し、活躍している。

 リヴァプール対決ということで開幕節の最大の注目カードだったのが、8月15日(日本時間)のアル・ナスル対アル・イテファク。長年リヴァプールに在籍しチャンピオンズリーグ優勝にも貢献した、アル・ナスルのセネガル代表FWサディオ・マネが先制点を決めるも、同じく昨シーズンまでリヴァプールのキャプテンとして中盤に君臨したイングランド代表MFジョーダン・ヘンダーソン擁するアル・イテファクが粘り強い戦いを見せ、2対1で逆転勝利を飾った。アル・イテファクは、リヴァプールのレジェンドであるスティーブン・ジェラード新監督が、試合中は現役時代を彷彿とさせるかの様に選手たちを鼓舞し続けた。さらに、キャプテンマークを巻いたヘンダーソンは、試合途中に起きた小競り合いの際には間に入って審判とコミュニケーションを取るなど、早速存在感を発揮していた。

 アル・ナスルは8月13日(日本時間)に行われたアラブ・クラブ・チャンピオンズカップで、アル・ヒラルと決勝を戦い、クリスティアーノ・ロナウドの2ゴールで優勝していたが、それから2日後の試合ということもあって、ロナウドら主力メンバーはリーグ開幕節での出場はなかった。

(C)「Al-Nassr JAPAN TOUR 2023」実行委員会

日本ツアーで健在ぶり見せつけたロナウド

 そのアル・ナスルは、SPL2023-24シーズン開幕前の7月下旬に日本ツアーを実施し、シーズン開幕前の最終調整を行なっていた。フランスのパリ・サンジェルマン(PSG)、イタリアのインテル・ミラノと対戦し、それぞれ0-0、1-1と、欧州の強豪相手に引き分けに持ち込んでいた。ロナウドはオーバーヘッドキックで相手ゴールに襲い掛かるなど、38歳とは思えない身体能力や圧巻のプレーを見せて日本のファンを喜ばせていた。日本ツアーに参加したアル・ナスルのメンバーには、移籍が発表されて間もなかった、クロアチア代表MFマルセロ・ブロゾヴィッチ(インテル・ミラノより加入)や、ブラジル代表DFアレックス・テレス(マンチェスター・Uより加入)、コートジボワール代表MFセコ・フォファナ(RCランスより加入)も参加し、大阪での試合に出場。PSGやインテル・ミラノを相手に、3選手とも実力通りのプレーで違いを見せていた。

 インテル戦後に報道陣の取材を受けたフォファナは、サウジアラビアに有力選手が集まっていることについて聞かれると、「多くの選手が来ているので、サウジアラビアのサッカー界は成長していくだろう。今後さらにサウジアラビアのサッカーのレベルは上がっていくと思う」と答えていた。一方、ロナウドは会見やミックスゾーンでの取材対応は一切なかったが、7月26日には自身が広告塔を務めるSIXPAD(シックスパッド)のイベントに登場し、子供たちからの質問に答えたり、腹筋を見せて欲しいという子供からの無茶振りにも笑顔で応えたりするなど、会場を沸かせた。

SIXPADのイベントに登場したロナウド

止まらぬサウジの爆買い

 サウジアラビアへの大物選手の移籍自体は過去にも数多くあるが、現在のサウジブームはちょっと趣が異なる。今年1月、ポルトガル代表のエース、クリスティアーノ・ロナウドが、アル・ナスルと2年半契約の総額2億ユーロ(約280億円)という破格契約を結び、世界を驚かせた。これを皮切りに、欧州主要リーグが終了してオフシーズンに入った今年5月頃から、続々と大物選手がサウジ入りしている。

 ここまで短期間のうちに欧州主要リーグで活躍した大物選手の加入が集中したのは初めてだろう。新加入選手の中には、まだまだ欧州のトップシーンで活躍できるであろう20代での移籍も目立つ。そして、移籍金や年俸も軒並み破格の金額である。こうしたこともあってか、連日メディアでの報道が止まることはなく、世界のサッカーファンが注目せざるを得ない状態となっている。

 欧州主要リーグのオフシーズンであった6〜7月においては、サウジアラビアが移籍市場の中心だったが、8月に入ってもサウジの猛威は止まらない。まず8月1日、アル・ナスルの日本ツアー終了直後に、セネガル代表FWサディオ・マネをバイエルン・ミュンヘンから4年契約で獲得し、年俸はなんと約62億円以上とも言われている。

 SPL開幕戦に出場したケシエは、欧州主要リーグの開幕直前の8月10日に、アル・アハリと移籍金約20億円の3年契約を結んでいる。ケシエはバルセロナでは思った様な活躍はできなかったものの、かつてACミランでは実に11年ぶりとなるセリエA優勝に主力として貢献していた。まだ欧州トップシーンで活躍できる年齢(26歳)での決断には驚かされる。

 そして、なんといってもネイマールだ。PSGからの移籍の噂はずっとくすぶっていたが、急転直下でアル・ヒラル入りが決まった。移籍金は約127億円、年俸の総額は約254億円の2年契約という。

ベンゼマ、カンテ、ヘンダーソン、ネイマール・・・

 その他、チームごとに今夏のオフシーズンでサウジ入りした選手たちを見てみる。昨シーズンのSPL王者アル・イテハドは、ベンゼマの加入を皮切りに、フランス代表MFエンゴロ・カンテ(チェルシーから加入)、ブラジル代表MFファビーニョ(リヴァプールから加入)、さらには、セルティックで日本代表FW古橋亨梧と抜群のコンビネーションを魅せ、今後ビッグクラブにステップアップすると思われていたポルトガルの新星、ジョアン・フィリペもわずか24歳という若さで加入している。

 前文でも触れたアル・イテファクにおいては、リヴァプールのスティーブン・ジェラードが新監督に就任すると、ジェラードの後継者としてリヴァプールのキャプテンを務めたイングランド代表MFジョーダン・ヘンダーソンの加入も発表されるなど、ファン胸熱の共闘がサウジで見られることとなった。ジェラード監督は年俸20億円以上、ヘンダーソンは移籍金約21億円、週給約1億2500万円との報道が出ており、これまた破格の待遇となっている。

 アジアチャンピオンズリーグ(ACL)で最多4度の優勝回数を誇り、日本のサッカーファンにも馴染み深いアル・ヒラルには、前出のネイマールに加え、ポルトガル代表MFルベン・ネヴェス(ウルヴァーハンプトンから加入)が移籍金約85億円で加入し、セルビア代表MFセルゲイ・ミリンコヴィッチ=サヴィッチ(ラツィオから加入)が移籍金約63億円、年俸約31億円で加入している。

 SPLに関しては、以前インテル・マイアミ加入決定前のリオネル・メッシにも高額オファーをしていたとして話題を呼んでおり、PSGのフランス代表FWキリアン・エムバペにも1シーズンのみの限定オファーを出したとも言われている。PSGからは、さらにイタリア代表MFマルコ・ヴェラッティも現在交渉中とされている。

 なお、移籍が実現することはなかったものの、クロアチア代表MFルカ・モドリッチ(レアル・マドリー)、エジプト代表FWモハメド・サラー(リヴァプール)といった大物選手にも、SPLの各チームからオファーが届いていた模様だ。

移籍マーケットのデッドラインの差に懸念の声も…

 また、SPLの移籍マーケットの期限が9月20日と、欧州主要リーグの9月1日よりもさらに長いことが議論を呼んでいる。欧州クラブにとっては、9月1日を過ぎてもサウジアラビアからの巨額オファーで主力選手が引き抜かれる可能性があるからだ。チーム編成をする側からすると、リーグが開幕して1カ月以上経って主力選手がいなくなる上に、新たな選手補強ができなくなると、さすがにリーグ戦を戦い抜く上で困難になる。

 フィルミーノ、マネ、ヘンダーソンを今オフに失ったリヴァプールのユルゲン・クロップ監督は、現地の報道によるとシーズン前に「サウジアラビアの影響力は大きい。最悪なのはサウジアラビアの移籍市場が約3週間長いこと。UEFA(欧州サッカー連盟)やFIFA(国際サッカー連盟)は解決策を見つけなければいけない。この対処しないといけない」と嘆いていた。

 一方で、イタリア人の名将クラウディオ・ラニエリ(カリアリ監督)は「私は前向きに見ていて、サッカーの進化と捉えている。こうすることで新しい文化を取り入れ観光業を動かしている。サウジアラビアが大金を持っていることは不思議なことではないし、彼らがお金を持っていて使うことができる。中国のように短命に終わらないことを願っている」という声もあるが、今シーズン再昇格したばかりのクラブで、それほど引き抜かれる恐れが無いゆえの考えとも言えるだろう。

OTTや各国のテレビ局で続々と放映が決定

 これだけ多くのスター選手が集まることもあって、さすがにスポーツの試合を配信するOTTサービスやテレビ局も権利獲得に動いていった。SPL側も積極的に放映権・配信権を営業している模様で、早速主要エリアでのリーグ放映・配信が決まっている。海外の報道によると、SPOTVが日本を含む東アジアと東南アジアでの放映権を獲得し、DAZN(ダゾーン)が英国、ドイツ、オーストリア、ベルギー、カナダでの配信契約を結び、米国ではFOXスポーツが契約を締結。さらに、フランスでは「Canal+」、ポルトガルでは「Sport TV」、イタリアでは「La 7」、スペインでは「Marca.com」での放映が決定しているという。日本では、SPOTVが権利を獲得したことにより、先日8月11日の開幕戦から「SPOTV NOW」で視聴することができる。

SPOTV NOW公式サイトより引用

 SPLへの注目度はうなぎ登りで、SNSのフォロワー数では、8月14日時点でInstagramが「128万人」、X(旧Twitter)が「198万人」と、Jリーグの公式Instagram「56.7万人」、X「104.8万人」を大きく上回っている。(※参考:北米のメジャーリーグサッカー(MLS)はInstagramが362万人、Xが349万人、イングランド・プレミアリーグはInstagramが約6986万人、Xが4192.6万人)

サウジサッカー界を支える政府系ファンド

 サウジアラビアのサッカークラブがオイルマネーを背景に大金で選手獲得をしてきたことは過去にも数多くあったが、今回はこれまで以上に動きが激しい。背景にはサウジアラビアの政府系ファンド「公共投資基金(PIF)」の存在がある。PIFといえば、スポーツに限らず投資を積極的に行っており、8月6日に公表した数値によると、2022年の運用資産額は約85兆5150億円とも言われている。日本関連の投資であれば、任天堂、カプコンなど日本のゲーム会社の株式を取得したり、株の買い増しをしたりと、過去にも何度か話題になっている。

 PIFがスポーツへの投資で注目を浴び始めたのは2021年。サッカーでは、イングランド・プレミアリーグの古豪ニューカッスルを、PIFが主体となっていくつかのファンドと共同で経営権を握った。(金額は当時のレートで約450億円にのぼる)また、LIVゴルフを設立し、破格のツアー賞金額やPGAツアーから選手たちを引き抜き、ゴルフ界を二分したことで大混乱に陥れた(今年6月にPGAツアーと統合)。

 そして、PIFは今年6月にSPLの強豪4チーム(アル・アハリ、アル・イテハド、アル・ヒラル、アル・ナスル)の株式75%を取得した。そして、PIFはサッカー界への投資を進めていき、サウジアラビアの4チームはPIFの資金力を活かして、短期間で一気にスター選手たちを獲得していった。

 一方で、スポーツに積極的に投資することは、問題から目をそらすための「スポーツウォッシング」と批判的に見られていることも事実だ。国際社会から度々指摘されているサウジアラビアの人権問題や、PIFを率いるサウジアラビア現国王の息子であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が、自身に批判的だったジャーナリストの暗殺に関与したとされ、米国政府から追及されてきた。こういった背景もあり、SPLやサウジに移籍した選手たちへの批判も多い。

 いずれにしろ、しばらくの間はサウジアラビアから目が離せない。

アルヒラル公式HPより引用

大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。