現代ならではの改善策

 衝撃的な光景が飛び込んできたのが、8月25日に行われた1次リーグ初戦のドイツ戦だった。チケットの売れ行きが好調との前評判とは裏腹に、スタンドの一部には空きが目についた。主催する国際バスケットボール連盟(FIBA)によると、当該エリアは一般販売されておらず、複数の法人が購入していた。スポンサーには外国企業も名を連ねていた。何らかの事情で、こぞって来場しなかったという。

 日本が格上のドイツに黒星を喫した試合後、すかさず声が上がったのは現場の日本代表からだった。トム・ホーバス監督は記者会見で「何で。試合の前に満席と聞いたんですけど、あれは満席じゃない」と率直に指摘した。選手たちもSNSで反応。X(旧ツイッター)に、馬場雄大は空席の目立つ写真を投稿し、渡邊雄太(サンズ)は「チケット欲しくても手に入らなかったって人たくさんいるって聞いてるのに、ベンチ前の席ガラガラだったの意味がわからなすぎる」と意見を記した。

 ネット上などで広く知れ渡った現状を無視できず、FIBAは速やかに打開策に着手した。一部の座席を保有法人から返却してもらい、一般向けに再販売し始めた。この結果、8月27日の2戦目でフィンランドを撃破して欧州勢から歴史的な初勝利を挙げた試合は、ドイツ戦から約千人増えて7374人の観客が詰めかけ、その後の躍進につながった。今回は現場からの声が即座に世間の知るところとなり、事態が改善された。誰しもが情報の発信者になるという現代の特性がいい方に作用した。

過去の事例に見る応援の存在感

 盛り上がり必至の状況なのにスタンドには空席がポッカリ―。日本のスポーツシーンにおいて、デジャビュがあった。2015年のラグビー・トップリーグ(リーグワンの前身)開幕戦。同年の9月から10月に開催されたW杯で、日本代表が1次リーグで強敵の南アフリカを終了間際に逆転して破るなど3勝の大活躍。決勝トーナメント進出はならなかったが、南アフリカ戦は世界中で〝史上最大の番狂わせ〟と称されて大きな関心を集め、日本国内でもラグビーへの注目度が大幅にアップした。

 しかし11月13日、東京・秩父宮のパナソニック―サントリーでは来場者が満員の約半数にとどまり、ゴール裏などに誰も座っていない一部エリアが目立った。日本協会の当時の説明によると、一般販売されたチケット約5千枚は完売したものの、両チームに売ったチケットのうち、シーズン中にいつでも使える〝日付なし券〟での来場者見込みを過大に読み違えた。試合に勝ったパナソニックの田中史朗も「満員と聞いていましたが、正直寂しかったですね」と漏らした。今回のバスケットボールW杯とは事情は異なるが、選手たちの落胆ぶりに触れると、スポーツにおける応援の存在感が如実に示された。

 ただ反対に、同じラグビーで追い風になった事象があった。2019年のW杯日本大会。日本は地の利を生かして1次リーグで強豪のアイルランド、スコットランドを撃破。列島を巻き込んでのバックアップをフルに生かして、史上初のベスト8入りを果たした。そうした意味では、9月8日開幕のW杯フランス大会で日本がどこまで勝ち進めるか。底力を占う試金石となりそうだ。

ソーシャルメディアの傾向

 FIBAによると、今回のバスケットボールW杯は世界の190カ国以上で放映権契約が結ばれた。日本国内の地上波では主に日本テレビ系、テレビ朝日系と民放2局による中継。しかもゴールデンタイムだった。例えば、世界陸上ならTBS、世界水泳ならテレビ朝日とイメージが固まっている。今回は二つにまたがり、それぞれの局で宣伝されたことによってPRに広がりが見られた。日本が五輪出場を決めた9月2日の順位決定リーグ最終戦のカボベルデ戦はテレビ朝日系で生中継され、関東地区の平均世帯視聴率(午後8時11分~9時54分)は22・9%の高い数字をマーク(ビデオリサーチ調べ)した。

 初戦の空席問題が結果的に注目度向上に寄与したことが想定される。しきりにネット上などで取り上げられたからだ。「情報戦争を生き抜く」(津田大介著)にはソーシャルメディアについて「利用者のアテンションを獲得するためのアルゴリズムは、人間の負の感情を喚起するコンテンツを選択する傾向にあるという」との記述がある。怒りなどを想起させるニュースは読まれやすく、バスケットボールコート外の出来事も例外ではなかった。

 最終的には日本全体のムーブメントになった。五輪切符を獲得できた大きなポイントとなったのが、順位決定リーグの初戦で当たった8月31日のベネズエラ戦。格上を相手に劣勢を強いられていたが終盤に劇的に逆転した。試合後、観客の声援に言及した渡邊のコメントが象徴的だった。「ずっと相手のペースでした。自分たちがどんなに悪い状況でも、(ファンの)皆さんがずっと声を出してくれました。皆さんのおかげで勝ち切れました」。選手たちの頑張りに周囲の応援。大会前の想像を超えたエピローグが待っていた。

公益財団法人 日本バスケットボール協会公式サイトより

VictorySportsNews編集部