各国NBA選手がいることが当たり前に

 1992年とは、マイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンら、NBAのスーパースターからなるアメリカ代表の『ドリームチーム』がバルセロナ五輪に出場し、別次元の強さで世界を圧倒したときのことだ。アメリカが世界に圧倒的な差をつけて勝てる時代、勝って当たり前の時代ではないということだ。

 今回のアメリカ代表は、大会参加国中で唯一、ロスターの12人全員がNBA選手からなるチームで、優勝候補のひとつにあげられていた。31年前と違うことはいくつもあるが、そのひとつが他国にもNBA選手がいるのが当たり前になったこと。今大会には史上最多55人のNBA選手が出場し、参加32チーム中27チームに少なくとも1人の現役NBA選手、またはNBA経験者かNBAにドラフト指名された選手がいた。現役NBA選手、渡邊雄太を擁した日本代表も、そのひとつだ。

 準決勝でアメリカが敗れた相手、ドイツは現役NBA選手が4人、NBA経験者が1人いるチームだった。3位決定戦では延長戦の激戦の末、カナダに敗れたのだが、このカナダには現役NBA選手が7人、NBA経験者が1人いた。二次ラウンドでのリトアニア戦を含め、大会の最後の4試合のうち3試合に敗れたアメリカは、こうしてメダルを取れずに大会を終えた。過去5回の最多タイ優勝回数を誇っているものの、前回、2019年のワールドカップでも7位に終わっており、2大会連続でメダルを逃したことになる。

 今回のアメリカ代表の敗因はいくつかある。中でもサイズ不足とディフェンス崩壊が顕著だった。最近のNBAではオールスターやMVPに選ばれるようなセンターは海外出身の選手が多く、アメリカ国内には、そういった才能あるビッグマンに対抗できる選手が不足している。サイズ不足を補うためにスピードとシュート力を活かしたスモールボールで戦ったのだが、スイッチディフェンスによるミスマッチを突かれて、簡単に得点を決められてしまった。負けた3試合は、いずれも110点以上失点している。テンポ速く、高得点をあげるアメリカだが、それにしても40分間の試合でこの失点数は多すぎる。個々にはディフェンス力がある選手をそろえていたが、チームとしての熟成度が低く、相手のほうが一枚上手だった。

 「私たちはFIBAバスケットボールとアメリカ代表の歴史について詳しく研究して、勝ったときの理由、負けたときの理由を調べてきた。そのおかげで、大会で準決勝まで勝ち進むことができたと思う」とカーHCは言った。

「でも、最後は相手を十分に止めることができなかった。ドイツやカナダ相手に、十分なディフェンスをすることができなかった。それが敗因だ」

選手の負担を考慮した戦い方とは

 もともと、アメリカはワールドカップに弱い。1992年以降でみると8大会で優勝は3回のみ。それでも他のどの国より多いのだが、オリンピックでは1992年以降の8大会中7大会で金メダルを取っていることを考えると、違いは歴然だ。

 アメリカのバスケットボール界では、それぐらいワールドカップよりオリンピックに価値を見出す人が多い。選手たちも、どちらかを選ぶならオリンピック出場を希望する選手が大半で、今回のワールドカップにも、レブロン・ジェームズ、ケビン・デュラント、ステフィン・カリーら、実績あるスーパースター選手たちは出ていない。出場した中には若い、将来のスター選手候補もいて、国際大会対策を考えられたいいチーム構成ではあったものの、あと一歩のところで優勝には届かなかった。

 アメリカが世界大会で敗れた後に、解決策としていつも上がるのは、レブロンやデュラント級の選手たちの参加だ。もちろん、彼らのような選手が出れば、優勝できる可能性は上がるのだが、トッププレイヤーにだけ毎回、負担を強いるようなチーム作りをすることは難しい。

 かつて2005年にアメリカ代表の総責任者として改革に乗り出したジェリー・コランジェロは、参加選手に3年の代表コミットメントを求めるやり方を取っていた。オリンピックに出るためには、その直前のワールドカップにも出場することを求めたのだ。これによって作られたチームの継続性が、アメリカ代表の復活につながった。しかし、東京五輪後にコランジェロの後任としてアメリカ代表の新たな総責任者に就いたグラント・ヒルは、この3年のコミットメントルールを撤廃した。

 そのことについて、今年3月のオンライン会見で、ヒルはこう答えている。

「コミットメントが過去の成功をもたらしたことは間違いありません。でも、今回、私たちはそれを変える必要があると判断しました」

 皮肉なことに、アメリカに勝ったドイツとカナダは、過去のアメリカのやり方を真似して、選手たちに3年のコミットメントを求めたチームだった。たとえばドイツは、去年のユーロバスケットに出場しなかったNBA選手のマキシ・クリーバーが、今大会のロスターから外れている。

 NBA選手が多いチームにとって、選手たちから複数年のコミットメントを取り付け、チームに継続性を持たせることはFIBAの大会で成功するために必要なやり方であることは間違いない。NBAのルールで、NBA選手たちが各国の代表活動に参加できるのは大会28日前以降と決められていて、大会前の練習期間が限られるため、1回の大会が終わったら解散し、次の大会ではまったく新しいチーム構成だと、他国に比べてチームの熟成が足りないのだ。

 それがわかっていながら、アメリカはワールドカップとオリンピックの継続コミットメントを求めることをやめた。その理由のひとつには、ワールドカップの開催年が変わったことがあげられる。2014年まではオリンピックの2年前に行われていたのだが、オリンピック前年に開催されるようになった。選手にとって、2大会続けて出場すると2年連続でオフシーズンの大半がつぶれることになる。ふだんNBAで各チームの大黒柱として長時間出場し、負担が大きいスーパースター選手、特にベテラン選手たちにとって、2夏連続でオフシーズンを代表活動に使うことは、身体への負担が大きすぎる。

 カーHCも、チームの継続性について聞かれ、「毎夏、同じ10人にプレーするように求めることはまったく現実的ではない」とはっきり言っている。

 ある意味、ヒル&カー体制下では常勝チームを保つことを捨て、ワールドカップはオリンピックへの出場枠を勝ち取ることが最大の目的の大会だと割り切ったとも言える。その点、今回の代表はアメリカ大陸の中で2位に入り、パリ五輪出場権を獲得したのだから、目的は達成している。

パリ五輪で雪辱を狙う

 来年のパリ五輪では、まったく違うアメリカ代表が見られるはずだ。すでにレブロン・ジェームズが出場に興味を示していると報じられ、さらにはレブロン自ら、カリー、デュラント、アンソニー・デイビス、ジェイソン・テイタム、ドレイモンド・グリーンらに声をかけているという。それ以外にも、デビン・ブッカー、デイミアン・リラード、ディアロン・フォックス、カイリー・アービングも出場に前向きだと伝えられている。スーパースターであるだけでなく、すでに国際大会の経験がある選手ばかりで、全員が揃わず、たとえば上に名前をあげたうち半数の選手だけだったとしても、パリでの優勝候補筆頭となることは間違いない。

 もうひとり、アメリカ代表にとって鍵となりそうな選手がいる。ジョエル・エンビードだ。カメルーン出身のエンビードは、フランスとアメリカの国籍も持っており、どちらか選んだほうの国代表として帰化枠で出場することができる。アメリカにとっては、喉から手が出るほどほしいMVPセンターだ。実現したら、レブロン、カリー、デュラント、デイビス、エンビードという、オールスターでも実現しなかったような夢のラインナップが見られるかもしれない。

 確かに、今はもう1992年ではない。アメリカがどれだけ現代版ドリームチームを作ろうと、あのときのように世界を圧倒することはできない。一方で、他国も本気でアメリカを倒そうとしているからこそ、よりエキサイティングな試合が見られる。パリ五輪でのそんな熱い戦いが、今から楽しみだ。


宮地陽子

東京都出身。スポーツライター。ロサンゼルスを拠点に、NBAやアメリカで活動する日本人バスケットボール選手、バスケットボールの国際大会等を取材し、スポーツグラフィック・ナンバー他、複数の媒体に寄稿。著書に「The Man 〜 マイケル・ジョーダン・ストーリー完結編」(日本文化出版)、「スラムダンク奨学生インタビュー その先の世界へ」(集英社)、編書に田臥勇太著「Never Too Late 今からでも遅くない」(日本文化出版)