一方、この会見で興味深かったのがNSN。サッカーファンなら聞き覚えのある会社名かもしれない。今年7月にヴィッセル神戸を退団し、現在はアラブ首長国連邦(UAE〉のエミレーツ・クラブでプレーする元スペイン代表アンドレス・イニエスタが共同創業した、スポーツビジネスを中心とした会社だからだ。

サッカー選手のエージェント会社がなぜボクシングに?

 同社はスペイン語圏のサッカー選手を中心とした代理人業務を行っている。同社のホームページを見ると、有名選手からユース世代の選手まで幅広く手がけているのがわかる。過去には、イニエスタ以外にも、セルジ・サンペール(今年7月に神戸を退団)、ボージャン・クルキッチ(昨年12月で神戸と契約満了、その後引退)といった元バルセロナのスペイン人選手たちの代理人としてヴィッセル神戸で関わっている。また、日本人選手では、2年前にヴィッセル神戸からスコットランドのセルティックに移籍した日本代表FW古橋亨梧、現ヴィッセル神戸・大崎玲央の代理人を請け負っている。こういった背景もあり、NSNを知る日本人サッカーファンの間では、ヴィッセル神戸がらみの代理人業を営む会社という印象が強かったのではないか。

 ただ、共同創業者であるイニエスタは日本を去り、サンペールもボージャンもヴィッセル神戸から離れている。NSNが日本で行うビジネス、業務が縮小していった印象もあっただけに、日本のボクシング界への参入発表は、いくつもの疑問符が頭に浮かんだ。なぜ日本でボクシング興行に参入するのか?なぜ日本でビジネスを継続なのか?

 その問いに対して、NSNのジョエル・ボラス創設者兼社長は、経緯を踏まえてこう答えた。

「日本でボクシングを通じて何かできないかと梅本氏(楽天チケット・梅本悦郎社長)に相談したところ、ぜひやろうと快諾された。弊社はボクシングの専門家ではないので、ボクシングのイベントを開催するにはどこのパートナーが一番なのかと考え、matchroomにお願いするという経緯になった。梅本氏経由で話を通してもらい、6カ月前くらいから進めた。フランク氏とフランク氏のチームと話し合って、幸いなことに賛同を得てパートナーシップ締結となった。我々はmatchroomの様々なオーガナイゼーションをサポートするという形で今回のパートナーシップを締結した。向こう3年間、願わくはもっと長い期間イベントを開催して、日本の若いボクサーたちに様々な形でチャンスを提供したい。興行という意味でも、エンターテインメント性をもたらしたいし、日本市場に新しい価値をもたらしたい」

 NSNはこれまでボクシングの興行に関わった実績はない。上記の回答からは、ボクシングを選ぶ理由がハッキリと見えてこなかったが、NSNがエンターテインメントのイベント業に力を入れたいのは、発言の一端、そして会見の際に流れたNSNの紹介映像からも伝わってきた。

 梅本社長の「世界有数のグローバルなイベントを日本に招致するというのがmatchroomとのパートナー締結の根源」という発言からも、NSNが日本で大きなエンターテインメントイベントを行いたいというのは理解できた。

 また、日本のボクシング市場で飛び交う金額の大きさにも着目したのではと推察する。近年のボクシングのタイトルマッチの配信には、DAZNやAmazon Prime Videoといったネット配信サービスが続々と参入し、日本のボクシング界にも資金が流れ込んできている。さらに、日本にはご存知の様に、今や世界的なボクサーの一人である井上尚弥(WBC、WBO世界スーパーバンタム級2団体統一王者)がおり、日本で興行を行っても、1戦で億を超えるファイトマネーを稼ぎだしている。こういった点でも、日本でボクシング興行に関わることが魅力的に映ったのかもしれない。

日本市場にコミットするNSN

 イニエスタが日本を去った今もなお、NSNが日本でビジネスを継続する理由については、ボラス社長自身が既に日本での生活にコミットしている面もあるようだ。

「日本が重要な戦略的な市場と考えていて、さらなるポテンシャルがあると考えている。ご指摘の通り、確かに我々が日本に進出したきっかけは、イニエスタ選手の日本への移籍だった。(すでにイニエスタは移籍したものの)今後も日本で様々な事業を展開していきたい。日本法人には12名の社員がいて、8名が日本人。日本人社員の割合が高い。今後も我々はもっと日本に投資していきたいと考えている。日本には大きなチャンスがあるので、様々なイベントを展開していきたい。日本の様々なパートナー企業とも組んで、あらゆる形で事業を展開していきたい。私の家族も日本に住んでいて、子供も日本の学校に通っているので、個人的にも長く日本に住んで事業ができたらいいと思っている」

 ボラス社長のInstagramからも、日本の生活を満喫している様子がうかがえる。

 改めてNSNについて振り返ると、2018年に「Sports&Life」社として起業し、当初はイニエスタなどサッカー選手のエージェント業を中心に行っていた。同時に、日本国内においてサッカースクール「イニエスタアカデミー」を展開していった。本格的にビジネスが多角化し始めたのは2022年。まさに現在の社名に変更を行った頃からだ。例えば、スポーツブランド「CAPITTEN(キャピテン)」を日本で立ち上げたり、スペイン国内では大型音楽イベントを実施している。また、サッカー選手以外のスポーツ選手の代理人業務も行っている。日本においてはバスケットボール選手の代理人も行っており、アルバルク東京に所属するスペイン代表セバスチャン・サイズはNSN所属選手だ。サイズ曰く「恐らくNSN唯一のバスケ選手だと思う」とのこと。

 NSNの拠点は現在、スペインのバルセロナやマドリッド、日本の神戸、韓国のソウル、メキシコのメキシコシティー、イスラエルのテルアビブと、世界中に拠点を構えている。

 会見後に改めてボラス社長に話を伺うと、「私は日本を愛している」と強調した。そして、ボクシング以外にもエンターテインメントイベントとして、音楽イベントの実施を考えていることを明かした。「既にスペインで実施したことがあり、日本でも行われているULTRA(野外音楽フェス)の様なものを行いたい」(ボラス社長)

 日本だけにこだわっているというわけではなく、こういったイベントを拠点のある都市を含めて展開していきたいとのことだった。ただ、ボラス社長が籍を置く日本が、既にパイプのある楽天などの関係を生かしてビジネスを進めやすかったのだろう。

 今後のビジネス面のことを考えると、日本の拠点を他のエリアに移すのかとボラス社長に問うと「神戸から東京の六本木にオフィスを移すことを検討している」と答え、日本においては、よりサッカーからエンターテインメントイベントにメインビジネスを移行するのは間違いない。

 ちなみに、普段からイニエスタの各種SNSを追っている人は気づいているかもしれないが、イニエスタ自身、サッカー選手であると同時に、実業家としての面も強い。ファンに一番知られているのはワインビジネスだろう。家族経営しているスペインワインを「ボデガ・イニエスタ」として、日本国内で販売されている。また、スペインではシューズブランド「Mikakus(ミカクス)」を立ち上げている。他にも健康に関するセミナーを行うなど、イニエスタは様々なビジネスに関わっている。

一方で粗さの目立つビジネス手腕

 これまで述べてきたように、日本をメイン拠点とする手広いビジネス展開は目を見張るものがある。その一方で、NSNのビジネスにおいては、粗さや強引な側面が気になっている。

 サッカーファンなら記憶に新しい、今年6月6日に東京・国立競技場で行われた「ヴィッセル神戸対FCバルセロナ」。NSNが企画制作を担当した。この試合、5月25日に退団を発表したイニエスタが、自身の古巣であるバルセロナと対戦することもあって大きな注目を浴びた。

 しかし、開催地が神戸ではなく東京。そしてチケット価格が高額。また、天皇杯の日程を直前に変更しての開催だった。さらには、ヴィッセル神戸がホームページ上で「本試合はヴィッセル神戸の主催試合ではございません」と何カ所も注釈を入れるなど、結果的にヴィッセル神戸サポーターから反発を受けたり、一般のサッカーファンからも疑問視される羽目になった。この試合を企画制作したNSNにも、疑問の目が向けられた。試合当日に取材現場にいたNSN社員らに声をかけて、なぜこの日程で強引に進めたのかを尋ねても、「イニエスタがそう望んだから」といった返答だった。「(イニエスタ最後の試合とも噂されたこの試合をなぜ東京で?)でも7月1日の札幌戦がありますよね」と、温度差を感じた。

 また、昨年スタートしたイニエスタの有料ファンクラブがわずか5カ月で停止となり(現在も停止中)、運営を請け負った会社とNSNの間で互いに訴訟を起こし合っているという報道が週刊誌から出た。また、今年7月にはスペインの現地メディア発で、6月にスペインで開かれたラ・リーガの音楽フェス「Oh My Gol! (OMG)」の支払い不履行と、NSNの担当者がそれを否定する報道が出ている。

 実際のところは知る由もない。ただ、日本社会は信用を重視し、それはビジネス面でも同様。また、日本企業は大企業ほど、石橋を叩いても渡ってこないくらい慎重な判断を下すことが多い。NSNがもし日本市場でビジネスを拡大したいのであれば、もう少し慎重かつ丁寧に行った方が良い様には思える。


大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。