スタートダッシュ
3年前の東京大会では、男子66キロ級の阿部一二三(パーク24)、女子52キロ級の阿部詩(当時日体大、現パーク24)が兄妹同日優勝という偉業を達成したのをはじめ、男子で5個、女子で4個の金メダルを量産した。今回のパリ大会では開会式翌日の27日に男子60キロ級の永山竜樹、女子48キロ級で昨年まで世界選手権3連覇の角田夏実(ともにSBC湘南美容クリニック)が出場する軽量級からスタートし、個人は男女各7階級ずつが8月2日まで実施される。阿部兄妹の他、男子81キロ級の永瀬貴規(旭化成)と同100キロ級のウルフ・アロン、女子78キロ超級の素根輝(ともにパーク24)に2連覇が懸かる布陣だ。
海外開催の五輪では史上最多人数となった日本選手団。日本オリンピック委員会(JOC)は金メダル数の目標を海外での最多の20個に置いた。数字について、日本選手団の尾県貢団長は「今までのデータに基づいているので、妥当なところだと思う」と説明。大会序盤の競技でのスタートダッシュは極めて重要になる。
代表選考において、全日本柔道連盟は前回大会で採用した早期内定制度を今回も継続した。明らかな力の差を認められる階級では早めに内定を出すことによって、腰を据えての計画的な強化が可能になり、代表レースの長期化で五輪本番まで疲労が抜けない事態を避けることもできる。東京五輪では躍進の要因の一つに挙げられた。しかも今回は、最初に内定を出したタイミングが、新型コロナウイルス禍で1年延期になる前の東京五輪の時より早かった。阿部兄妹らは実にパリ五輪の1年以上前となる昨年6月に内定を得た。兄の一二三は前向きにこう語っていた。「1年以上もらえたので、しっかり準備して、圧倒的に勝つ柔道を見せたい」。手応え十分のたたずまいだ。
気がかり
ただ、スポーツデータの分析や提供を行う米国の専門会社、グレースノートによる事前予想では意外にも、日本の個人の金メダルは男子の阿部のみだった。メディアは五輪前にこぞって取り上げる同社のデータ。さすがに、無観客開催とはいえ地の利のあった東京大会に匹敵するメダル数とまではいかないかもしれないが、やや気になる分析ではある。
心配なアクシデントもあった。1984年ロサンゼルス五輪男子無差別級覇者でJOCの山下泰裕会長が昨年10月に転倒し、頸椎を損傷。手術を受けて入院した。203連勝のまま現役引退をした後は全日本柔道連盟会長を務め、2019年からはJOC会長と、「日本スポーツ界の顔」といった役回りを果たしてきた。今も療養中で公務に復帰しておらず、パリ五輪に出席できない。大御所に吉報を届けるためにも、選手たちの奮闘が期待される。
特別なお国柄
今回の五輪開催地がパリということも特別な意味を持つ。フランスはかなり競技熱が高いとされ、人気も相当なもの。試合会場は地元選手への声援に包まれることは容易に想像できる。その点で関心を集めそうなのが、柔道最終日の8月3日に行われる男女混合の団体戦。初採用された前回の東京五輪で、日本は決勝でフランスに敗れて2位に甘んじた。競技発祥国としては屈辱とも言える結果。今回、フランスと再び相まみえれば、アウェー感満載の状況での闘いが必至で、リベンジへの道は簡単ではなさそうだ。ちなみにグレースノートは日本の優勝を予想している。
最強の象徴とされる男子最重量級の争いも熱い。男子100キロ超級には五輪2度制覇をはじめ、長く王者の名をほしいままにしている地元フランスのテディ・リネールが立ちはだかる。日本の代表は22歳の斉藤立(JESグループ)。男子95キロ超級で五輪2連覇を果たした故・斉藤仁さんの息子で、金メダリストのDNAを受け継ぐ。春先のグランドスラム・アンタルヤ大会では決勝で激突し、斉藤立は35歳のリネールに惜しくも敗れた。それでもポジティブに受け止めた。「負けた試合で自信がついたのは初めて」。若さも味方に付けて頂点に立つとすれば、新時代の幕開けとして国内外に与えるインパクトは計り知れない。
2000年シドニー五輪の男子100キロ超級決勝で篠原信一が〝世紀の誤審〟で敗れて銀メダルに終わった試合の相手、ダビド・ドイエはフランスの選手だった。何かと日本との因縁を感じさせるお国柄だ。競技人口の減少に悩む日本柔道界。子どもたちへの普及の起爆剤になる可能性という観点からも、日本代表が「花の都」で大きな闘いを迎える。