パートナーシップの軌跡

──まずはパートナーシップの歴史についてお聞きします。どのような経緯でアシックスは東京マラソンとの関わりが始まったのでしょうか?

廣田 私がアシックスに入社する前ですから、早野さんの方がよくご存知だと思います。アシックス側の記録を読みますと、会社にとっては非常に大きなチャンスでした。海外ではロンドン、ニューヨークシティなどで都市型のマラソン大会が開催されていたわけですが、いよいよ日本に来たか、と。アシックスとしてもぜひサポートしたい! と決断して、仲間に入れていただいたと聞いています。

早野 会長がおっしゃられたように東京でシティ型のマラソンをやりたい! という思いを持っていた方がたくさんいらっしゃったと思うんですよ。当時は私が米国・ボウルダーに住んでいた頃で、日本でもニューヨークシティマラソンのようなレースができたらいいなと思っていた一人でした。実は私がアシックスの社員だった2001年か2002年に、東京シティマラソンの企画書を書いたことがあったんですよ。東京マラソンには多くの方の夢が詰まっている。2007年の第1回大会から「パートナー」になっていただいたアシックスさんも、そういう思いの〝一人〟だったと思っています。しかも継続してサポートしていただき、2027年で第20回大会を迎えますが、これもアシックスさんのお陰です。この場を借りて、お礼を申し上げます。

廣田 こちらこそ、ありがとうございます。私はマラソンに何度も出場していますが、走り始めたのは東京マラソンの第1回大会を観たのがキッカケだったんです。5~6時間台の方でも楽しそうに走っているのを観て、これなら私もできるんじゃないかと思ったのがランニング人生の始まりでした。

──これまでの大会で印象に残っているエピソードなどありましたら教えてください。

廣田 とにかく大会を重ねる毎に成長していますよ。EXPOの規模もどんどん大きくなっています。また完走者には防寒用としてフィニッシャーローブをプレゼントするなど、参加ランナーに対してサポートの仕方も変わってきました。アシックスの社員もランナーとして参加するだけでなく、ボランティアもずっとさせていただいて、延べ1000人になろうとしています。第1回大会からの積み重ねが非常に大きいなと思っています。

早野 東京マラソンは2007年に始まりましたが、最初の3年間は「コピー&ペースト」で海外マラソンのいいとこ取りでやってきたような部分があったんです。まずは真似して、それを改良していく。カオスのような時代で、本当に手探りでした。そしてボランティアも日本に根付いていない時代からやってきました。東京マラソン財団はボランティアとエンターテイナーを混ぜた「VOLUNTAINER(ボランテイナー)」という言葉を作り、組織化して現在は約3万2000人もの会員がいます。そのなかで1万人しか参加できないんですよ。またチャリティも2011年の導入時は1000名の定員に対して約700名の参加でしたが、現在は定員5000名、約11億7000万円を集めるものになりました。社会にコミットしてきた。それが東京マラソンの歴史かなと感じています。

廣田 個人的な話ですが、アシックスに入社する前に何回か東京マラソンを走らせていただきましたが、ぜんぶチャリティランナーですね。毎回、妻に「今年が最後だから」と言いながら出場しました。

早野 大変ありがたいですね。

「東京マラソン2025」開催記念シューズ

長期サポートでウィン・ウィンの関係に

──長年にわたるパートナーシップを通じて、アシックスとしてはどんなメリットがあったとお考えでしょうか?

廣田 東京マラソンが始まって、全国津々浦々で大きなレースが開かれるようになりました。それだけランニング人口が増えたということです。それは我々にとって大きなビジネスチャンスです。また海外の人を含めてたくさんの人が東京マラソンに注目することで、パートナーシップを結んでいるアシックスのブランドに触れていただく、見ていただく、知っていただく機会になります。東京マラソンが我々のブランド価値を上げることに寄与していると感じていますね。

早野 我々は協賛企業のことを「スポンサー」と言っていた時代が長かったんですけど、ちょっとタニマチ風であまり好きじゃなく、一緒に作っていく仲間として「パートナー」という名称を使わせていただいています。大変失礼ながら私がちょっと関わっていた頃のアシックスは、スポンサーして終わりみたいな時代がずいぶん長かったんです。今は単なるプロモーションだけじゃなくて、様々なご意見やアイディアをいただいて、一緒に取り組める環境になっています。

──アシックス社内の反応、大会を支える立場からの想いについてはいかがでしょうか?

廣田 東京マラソンはアシックス社員にとって一大イベントになっています。直接的に東京マラソンに携わっている人はもちろん、社員全員が東京マラソンに注目しています。ここで我々がどういう商品を出すのか。そして、どれだけの多くのランナーが私たちのシューズを履いてくれるのか。アシックスに対する驚き・感動を大会やEXPOなどを通じて発信できるように、社内一同取り組んでいます。

早野 アシックスさんとは複数年のパートナーシップを結ばせていただいており、第一回大会からずっと東京マラソンを支えていただいて、本当に頭が下がる思いです。

廣田 複数年契約でやらせていただいていますが、単年度ですと、次のことしか考えません。今回の反省を経て、翌年以降のことも考えていく。長期に携わらせていただくことが、東京マラソンのバリューを上げる意味でも非常に重要だと思います。

理念の共鳴

──アシックスは創業哲学の「健全な身体に健全な精神があれかし」を表すブランド・スローガンとして「Sound Mind, Sound Body」を掲げていますが、どのような思いが込められているんですか?

廣田 アシックスの社名の由来は古代ローマの風刺作家ユベナリスの「Anima Sana In Corpore Sano」という言葉の頭文字です。その意味は「(もし神に祈るならば)健全な身体に健全な精神があれかしと祈る(べきだ)」。これを英語にすると、「Sound Mind, Sound Body」になります。スポーツを通じて一生涯、健康でいられる社会を作りたい、という思いで取り組んできました。これを実際に実現できる場が東京マラソンなんですよ。アシックス東京オフィスからも多くの方が走っているのが見えるんですけど、東京マラソンの人気の上昇率と皇居まわりを走る人の数の多さは大体比例しているんじゃないでしょうか。

──東京マラソン財団も「走る楽しさで、未来を変えていく。」というミッションを掲げています。

早野 昔は宿題を忘れたらグラウンド1周みたいな、学校教育のなかでランニングが罰ゲームにされてしまうような時代がありました。だから、「走るのは楽しいよ」と言われても、そう思わない方は少なくありません。まずはランニングに対する認識、イメージを変えるのが最初に取り組んだミッションでした。健康のために走るというよりは、楽しく走っているうちに、記録が伸びて、達成感を味わい、心身とも健康になっていく。それが理想かなと思っています。

廣田 おっしゃる通りですね。ランニングが文化になる。東京マラソンはそれを体験できる場じゃないでしょうか。沿道で応援が途切れないマラソン大会は稀有だと思います。ランナーは楽しさを実感できますし、観ている側もワクワクするんですから。そして大歓声のなかでフィニッシュする瞬間は本当に感動しますね。スタートからスター気分を味わうことができますし、私は東京マラソンを10回走っていますが、毎回、感動があります。

早野 脚が痛くなって、やめようかな、というときもあったんじゃないですか?

廣田 ありますよ。レース後半は私の自宅の近くを通るんですよ。そのまま帰ろうかな、と(笑)。それでも気持ちを奮い立たせて、フィニッシュを目指すんです。沿道の声援が力になりますし、フィニッシュすると、最後まで頑張って良かったと思うんですよ。最近は「応援navi」というランナーを追跡できる応援アプリがあるので、ペースが落ちているぞ、と思われるのも嫌なので頑張っちゃいますね。

早野 ボストンマラソンは129回もの伝統がありますが、東京マラソンは海外のメジャーレースとちょっと異なる始まり方と進化をしています。そのなかで東京マラソンは「東京がひとつになる日。」を合言葉に開催を続けてきました。ランナーの皆さんは、順位に関係なく、自分がスターだ! という気持ちでフィニッシュされていると思うんですよ。そういう方たちが3万8000人もいらっしゃる。参加者それぞれのストーリーを大切にしたいという思いで、「SHOW YOUR STORY.」というテーマも打ち出しています。大会ロゴはランナーだけでなく、ボランティア、観衆の一人ひとりのストーリーを表す幾本もの線が折り重なったタペストリーのような柄になっています。それが「東京がひとつになる日。」という結びになっているんです。そして東京マラソンはまだまだ進化していくと思います。

後編:アシックスの廣田会長&東京マラソン財団の早野理事長 東京マラソンを一緒に作り上げてきた両者のWell-beingと〝世界一〟への挑戦

 東京マラソンを大会初年度から現在に至るまで、「パートナー」として支えてきたのがアシックスだ。2007年にスタートした都市型マラソンと日本が誇るスポーツメーカーはどのように進化してきたのか。株式会社アシックス代表取締役会長CEOの廣田康人氏と昨年まで東京マラソンのレースディレクターを務め、現在は一般財団法人東京マラソン財団の理事長/CEOの職に就いている早野忠昭氏による対談企画。

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2007年にスタートした東京マラソンは、単なるスポーツイベントの枠を超え、社会全体に大きな影響を与えてきた。そして2027年、記念すべき第20回大会を迎えるにあたり、その軌跡と未来をたどる連載企画がスタートする。第1回目は、フリーアナウンサーの宇賀なつみさんが東京マラソン財団の早野忠昭理事長にインタビュー。大会運営の秘話や日本のスポーツ文化に与えた変革など、〝これまで〟の東京マラソンと〝これから〟に迫っていく

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酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。