文=和田悟志

記録ラッシュだった東京マラソン

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 今年から新コースとなった東京マラソンは、終盤のアップダウンがなくなり、よりフラットなコースに変わったこともあって、好記録に沸いた。

 男子は、元世界記録保持者のウィリアム・キプサング(ケニア)が2時間3分58秒で優勝。これまでの日本国内のレースでマークされた最高タイムは、2009年の福岡国際マラソンでツェガエ・ケベデ(エチオピア)が出した2時間5分18秒だったが、その記録を一気に1分以上更新し、34歳になっても衰えない、圧倒的な強さを発揮した。

 また、女子もサラ・チェプチルチル(ケニア)が、日本国内のレースで初めて2時間20分の壁を破る2時間19分47秒の好記録をマーク。これまた、2003年に野口みずきが大阪国際女子マラソンでマークした日本国内レースでの最高記録を更新した。チェプチルチルは現在32歳だが、本格的に競技に取り組んだのは2008年からと競技歴が浅く、マラソンを走るのはこれが3本目だった。走る度に約5分ずつ記録を伸ばしている。

 また、男子のレースは、今夏の世界選手権ロンドン大会の日本代表選考レースにもなっており、日本人選手の争いにも注目が集まった。そのなかで社会人2年目の井上大仁(MHPS)が、10㎞までハイペースで突っ込むもレースをきっちりまとめ上げ、2時間8分22秒で日本人トップとなる8位に入り、有力候補に名乗り出た。リオデジャネイロ・オリンピック10000m代表の設楽悠太(HONDA)は、初マラソンながら、前半のハーフを1時間1分55秒と海外招待選手にひけをとらないハイペースで入った。結局日本人3位の11位だったが、チャレンジングな走りは評価に価するものだった。マラソン2回目の服部勇馬(トヨタ自動車)も2時間9分台。リオの男子代表は全員が30代だったが、今回の東京マラソンでは20代前半の若手選手の活躍が目立った。

女子マラソンの10代日本最高記録

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 これほど話題が多い東京マラソンにあって、失礼な言い方になるが、毎年地味な印象を受けるのが日本女子勢だ。だが、オリンピックや世界選手権の選考レースになっているわけではないので、有力選手がこの大会に出場しないのも納得のいくこと。それに、ケニアやエチオピアからの海外招待勢のパフォーマンスの前ではどうしても霞んでしまうのも無理がない。

 そんななか、今回、ひそかに偉業を成し遂げた選手がいた。それが、日本人トップの4位に入った藤本彩夏(京セラ)だ。社会人1年目、1997年7月8日生まれの19歳がマークしたタイムは2時間27分08秒。これは、岩出玲亜(ノーリツ)が2014年の横浜国際女子マラソンでマークした従来の記録を13秒上回る、女子マラソンの10代日本最高記録だった。

 ちなみにこの記録は、世界選手権ロンドン大会の女子日本代表の選考レースだった昨夏の北海道マラソン、昨年11月のさいたま国際マラソンの日本人1位のタイムを5分以上も上回っている。マラソンはコースや気象など外的条件に大きく左右されるので単純比較はできないが、これが選考レースだったらもっと大きなトピックになっていたのは間違いない。もっとも、選考レースという重圧がなかったことも、好タイムの要因の一つかもしれないが……。

「1㎞3分半ペースで押して行って、ネガティブスプリット(前半のハーフよりも後半のほうが速いこと)になればいいと、監督と話していました。自分なりに楽しむ気持ちと、失うものがないので挑戦する気持ちを持って臨みました」

 と藤本が言うように、前半のハーフは1時間13分43秒、後半は1時間13分25秒とネガティブスプリットをマークし、ペースダウンした海外勢や男子選手を次々と拾って、後半に順位を上げ4位でフィニッシュした。ちなみに、女子4位の賞金は100万円だ。

無名の高校生が京セラで才能を開花させる

 藤本は、陸上の名門・市立船橋高(千葉)出身で、高校3年時には長距離主将も務めているが、インターハイ路線は1500mで千葉県8位どまりで、全国どころか関東大会出場もかなわなかった。駅伝では、高校3年生のときに全国大会に出場したが、9位に終わり入賞を逃している。つまり、高校時代は全国的に知られた存在ではなかった。

 それが、北京オリンピック男子マラソン代表の佐藤敦之監督の勧誘を受け、京セラに進みその才能が一気に開花。特に長い距離に適性を見出し、2016年12月の山陽女子ロードレースのハーフマラソンで3位、今年2月12日の全日本実業団ハーフでも3位に入り、ハーフマラソンの自己記録を1時間11分00秒まで伸ばした。そして、その2週間後の東京マラソンの活躍につなげた。

 実は、藤本がマラソンを走るのはこの東京マラソンが2回目。初マラソンは、まだ高校生だった2016年2月に、父親と参加したおきなわマラソンだった。市民ランナーを主とした大会だが、結果は2時間47分31秒で優勝と、長い距離への適性を覗かせた。

 実業団の京セラへ進んだのも、もちろんマラソンでの世界挑戦を見据えてのことだ。
「高校時代にそんなに結果を残していないのに、監督から声をかけていただいた。監督は世界で戦ってきた方。私が目指すものが(監督の方針と)一緒で、ここで強くなれるなと感じました」
と、世界選手権6位の実績があり、マラソン日本歴代4位の2時間7分13秒の記録をもつ佐藤監督の指導を仰いでいる。

 全国的に無名だった選手が成し遂げた快挙は、低迷が続く日本女子マラソン界にとって明るい話題となった。長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダーも「東京オリンピックの(有力候補の)仲間入りをしたかなと思います」と藤本の走りを高く評価した。
「今回いいタイムは出せたが、この先レベルアップしていかないと世界で戦えない。満足することなく、トラックでスピードをつけて、またマラソンに挑みたい。マラソンで世界と戦うのが一つの目標なので、そこに向けてまた頑張っていきたい。私は走るのが好きで、走るのが苦にならない。どこまでも走っていけるという自信があります」

 藤本が手にした自信は大きいが、世界のトップとの差がまだまだ大きいことは自覚している。それに、本質を問われるのは次のマラソンだろう。2020年、“本命”と言われるために、“新星”は飽くなき探求を続ける。

和田悟志

著者プロフィール 和田悟志

1980年生まれ。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDOスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。